微かな疑惑を探りに ー2ー
一年生の寮部屋が並ぶ廊下を歩きながら、ルナのことを思い出す。そういえば、彼女は何処にいるのだろうか。
(いや、そうか……多分彼女は救護棟にいるのか)
セレナから彼女の容態が悪いことは聞いていた。
救護棟に忍び込むのは恐らく無理だろう。
そうこう考えながら、マルリーの部屋の前までくる。
部屋の中は驚くほど静かだった。
ノックをして、小さな声でマルリーに声をかける。
すると中から、ガタッと音がして扉が勢いよく開かれた。
「ミラ……ッ!」
「マルリッ……ぐ!」
ドンっとお腹に強い衝撃を感じて、一瞬だけ息が止まった。
まさかあのマルリーが私に抱きついてくるとは考えられなかった。一体何がぶつかったのかと困惑し、そしてマルリーが抱きついてきたと理解して、それにも困惑した。
でも、一瞬だけ見えた彼女の顔がその行動の意味を伝える。
「ミラ……、本当に無事で良かった……」
「はい、ご心配をおかけしました」
マルリーは私の胸に顔を押し付けたまま、離れようとしなかった。息を押し殺すように静かに泣いていて、多分だけれどすぐに顔を上げられないのだろう。
マルリーの気持ちが落ち着くまでじっとしていたいが、流石に部屋の扉を開けた状態でこうしているわけにもいかない。せめて、私の体を全部彼女の部屋の中に入れさせてもらおう。
そう思って口を開こうとしたとき、彼女の体が震える。
「ミラ、あのね……アルノーお兄様が苦しんでいるのに、私は何もできないの……。私は、どうしたらいいの?カルゼインお兄様がいなくなって、アルノーお兄様までいなくなってしまったら……、私は……」
小さく吐き出されたその言葉から、彼女が感じている不安が垣間見えた。ペーシュから話は聞いていたけど、本当にギリギリの状態で過ごしていたんだろう。
何とかマルリーを部屋の中に誘導し、彼女が泣き止むまで待った。その間に私が彼女へ掛けられる言葉はなく、ただ黙ってマルリーの背中をさすることしかできなかった。
やがて、いくらか落ち着いた彼女は顔を上げるとそっぽを向き、「後ろを向いていなさい」と言う。発言の意図がわかった私はすぐにそれに従った。
「…………もういいわよ」
少しだけ鼻声の彼女から、振り向いていいと許可が下りた。
マルリーの顔はまだ赤いけれど、いつもの彼女と同じような表情だ。先ほどの暗い顔より、いくらかスッキリしているように見える。
「ちょっと、取り乱していたわ……」
「私も前にそんな姿をマルリーに見せていたので、これでお揃いですね」
「あ、あそこまで泣いていないわ!」
ワッと反論するその姿に、いつものマルリーが帰ってきたと安堵する。
「それで?一体何をしに来たのかしら?」
「ペーシュから話を聞いて、マルリーの様子を見に来たんです」
「あの子ったら……また部屋を抜け出していたのね。この前も見つかったら大変よって言ったのに」
まるで子を心配する母親のようなセリフに、思わず笑ってしまう。それを見逃さなかったマルリーは、キッと私に鋭い眼光を飛ばしてくる。
「何を笑っているの?大体、あなただってこんな所にいてはいけないのよ!」
「私の体はもう平気ですから」
「そんなわけないじゃない!気を失っていたからわからなかったとは思うけど、あの時のあなたは……ほ、ほんとに……っ!」
彼女の声が詰まり、そしてまた目が充血していく。
「…………すみません」
「全く、あなたは一度反省しなさい!一度どころか、今までのこと全部反省しなさい!私たちに心配かけすぎなのよ!——って、何笑っているのよ!?」
「まさかこんなにも心配してくれるなんて、思っていなかったので」
「あ、あなた私のこと一体なんだと、」
「マルリーたちに出会うまで、こんな風に誰かから気にかけられることなんて、なかったので」
「!」
マルリーは口を閉ざした。
そのかわり、目で何かを訴えかけているようだったけれど、鈍い私には彼女が何を伝えたいのかわからなかった。
もう少し話していたいけれど、もうそろそろ本題に行こう。
「マルリー様にお聞きしたいことがあります」
「な、何……?」
「アルノー様のお部屋の場所を教えて下さい。」
「!、お兄様に会いに行くのね!それなら私も一緒に行くわ!」
マルリーは先ほどの様子とは打って変わり、前のめりになった。
アルノーに会いたがっていた彼女なら、絶対にそう言うと思っていた。けど、マルリーを連れて行けばアルノーは私と会ってくれないかもしれない。体に不調をきたすその原因がはっきりとわからない以上、病である可能性を捨てきれないからアルノーは妹を自身から遠ざけている。
もちろん私にも会ってくれない可能性がある。だから“これは病ではないかもしれない”と彼の前で言うつもりだった。もしマルリーが私の隣にいてその発言を聞いたとき、彼女は希望を抱いてしまうかもしれない。反対に、別の不安にも駆られるかもしれない。どちらにしても、私の発言で彼女の精神が大きく揺れてしまう可能性がある。
でも、絶対に彼女は連れて行かないと決めていたわけでもなかった。マルリーは紫魔法の使い手だから、ハルメートと同じく何かわかることがあるかもしれない。
アルノーには、だいぶ負担をかけてしまう。
彼からしたら、体調が悪くて辛いのに話を聞こうと私が押しかけようとしている。友人や妹を気遣い、あえて遠ざけているのに結局はその気遣いを無視されているから。
私の意思を優先するか、彼の意思を尊重するか……。
「何もぐずぐずしているの?早く行くわよ!言っておくけど、私は口頭では説明しないわ!あなたが私についてくるのよ!」
絶対に私を置いて行かせないという、強い意思を感じる。
(やっぱり、マルリーには敵わないな……)
「それより、ペーシュには叱っていたけどマルリー様も部屋を抜け出すんですね」
「あの子は頻度が問題なのよ!ほぼ毎日私の部屋に来てたんだから!それと、あなただって私のこと言えないのよ!」




