エアリス・ベイリーの取り巻き (モブ視点)
今回のお話は、タイトル通りとある取り巻きのお話です。
カツカツカツカツ――
エアリス様が足早に廊下を歩いていく音だ。
私はその後を必死に追いかけた。
ときおり、止まって呼吸を整えたいと思うのだが、そうすると彼女に置いて行かれてしまうので、必死に堪えた。
バッバッバッバッ――
エアリス様が、扇子を乱雑に仰いでいる音だ。
この二つの音を聞いているだけで、エアリス様の機嫌が最高潮に悪いということがわかってしまう。彼女と交友して、もう3年目になる。そんな中で一番初めに私が身につけた能力が、彼女の機嫌をいち早く察することだった。
多分、他の子たちだってそうだったと思う。
「ちょっと!遅いわよ!いつまでもたもた歩いているの?!」
エアリス様が立ち止まり、私の方を向きながら叫んでいる。
今の私は彼女の機嫌を察することができても、ご機嫌取りをできる状態ではない。
「も、申し訳……ありません……」
「あぁもう、イライラするわね……」
ようやく彼女に追いつき、私はそこで呼吸を整えた。
……本当は深呼吸を何回かして大きく息を吸い込みたかったけど、今のエアリス様の隣でやったらまた何か言われるかもしれないので、できるだけ静かに息を吸う。
「あの平民……ほんっと使えないわね。ようやく目障りな落ちこぼれをこの学園から追放できるかと思ったのに……」
エアリス様は怒りに満ちた顔でそう呟く。
先ほど、この学園内で騒ぎがあった。平民のルナが、公爵令嬢のミラ・スカーレットレイクを自身の嫌がらせの犯人と考えて糾弾するというものだ。
ルナの憶測は全くの的外れであったけれど、エアリス様はそれに大きく胸を高鳴らせていた。
だって、上手くいけばスカーレットレイク嬢が学園からいなくなるだろうと思っていただろうから。彼女にとって、平民と落ちこぼれはどちらも気に食わない相手だ。けど、どちらがより気に食わないかと聞かれれば、それは落ちこぼれのほうだろう。
なぜならミラは、話題の留学生の関心を一心に受けているから。自分でも何故かはわからないが、ミラは皆が注目する男性からアプローチを受けているのだ。
留学生に魅了された女子生徒たちは、そんなミラが許せない。もちろん、エアリス様もその一人だった。
しかし、私としてはエアリス様があの男性に夢中になるのは意外であった。もちろん、彼女が留学生に対して想いを寄せてるなどと公言していたわけではないが――あの人の姿を見かける度に意味ありげに見つめていたのを私は知っている。
エアリス様が何よりも注視するのは権力。留学生は、名も知られぬような田舎にある小さな王国からこの学園に来たと言っていた。確かに彼の容姿は他の人よりも群を抜いて美しいが……それだけで彼女が恋に落ちるだなんて思いもしなかった。
まぁ、結局彼女の思惑は外れて、ルナはあまりにも浅はかな発言を繰り返してスカーレットレイク嬢から反撃されていたから意味はなかったんだけど。
ミラが他の証人を連れてこいと言ったとき、エアリス様は私を連れてそそくさとその場を後にした。その姿があまりにも見苦しくて仕方がなかった。
「あなた……さっきからどうしてそんなに息を切らしているの?」
エアリス様は怪訝そうな表情をしながらそう聞いてきた。
……しまった、考え事をしていたらつい呼吸に集中するのを忘れてた。
しかし、気付かれてしまってはもう仕方がない。こういう時は素直に話さないと面倒なことになる。
「申し訳、ありません……ここ最近、息がしづらくって、そのせいか体も鉛のように重く、」
するとそれを聞いたエアリス様は、開いた扇子を口元にあてて一歩後ろにバッと下がった。
「やだ、風邪なの?!私にうつさないでちょうだい!」
露骨に眉を顰めるエアリス様は、シッシッと手を払って、私に遠くに行くように指図する。
………………そんな露骨に嫌がらなくてもいいじゃない。
私だって、好きで息を切らしているわけじゃない。
それに風邪なわけがない。息詰まるような苦しさが、ただまとわりついているだけだ。
……でも、最近この息苦しさがだんだん辛くなっているような気がする。変な……変な病とかだったらどうしよう……。
「……にしても、なんで最近こんなに暑いのかしら」
彼女はイライラしながらそう言って、扇子を仰いで自分に風を送っている。最近の彼女は、ずっとこんなことばかり言っているが、私としては疑問しかない。
暑い暑いと言っているが、今は11月。気温も季節らしく、肌寒いどころか身体の芯まで冷えるようなときがある。それなのに彼女は、ずっと扇子をパタパタと仰ぎながら暑いと言っているのだ。
もしかして私が悪寒を感じているのかもしれない……と考えたが、普通に過ごしている生徒は多い。
(最近謎の体調不良を訴える人が増えているみたいだから、油断はできないけど……)
エアリス様の取り巻きは、何も私一人だけじゃなかった。
他にも3人いたのだが、全員「首が痛い」とか私と同じように「息苦しい」など言って、最近は全く顔を見せなくなってしまった。
『————————、——!!』
「………………?何だか、騒がしくないですか?」
「知らないわよそんなこと!——あぁ、あついあついあついあついッ……なんなのよこのあつさは?!」
さっきまで自分たちのいた場所から、何か大きな音が聞こえたような気がしてエアリス様にそう問いかけたが、エアリス様は知らないと怒鳴るだけだった。
この状態になったら、もう何を言って無駄ね。
これ以上怒鳴られないように、必死に彼女の後を追う。
けれども息苦しさは増すばかり。
(本当に何なの、この息苦しさは——)




