変化を知る
ずっと互いを抱きしめ合うわけにもいかず、どちらかが離れることで私たちはようやく泣き止んだ。
ペーシュに慰められている間、私は決心した。
全てとはいかずとも、私のことを彼女に話そうって。
でも、外でずっと話しているには流石に寒すぎる。
なので私は寮の自室に彼女を誘い、そこで打ち明けることにしたのだ。
「……話す前に聞きたいんだけど、これのこと……いつ気が付いたの?」
私は自分の手首を軽く振りながら彼女にそう問いた。
「その傷に気がついたのは、本当についさっきです。魔法の練習をしているときに、風で袖口がズレて……それで……」
私は自分の手首を見た。
もうそこには、傷なんてものは一つもない。
「……よく見てるのね。鈍感すぎるけど、私でさえわからなかったのに」
「ミラ様のことは常日頃から見ています。ーー魔法を使って体力を偽っていたとお聞きしてからは、特に」
確かに、この身体が緑魔法によって体力が補われていたと判明してから、ペーシュとマルリーは何かと過保護だった。
でも、あれは私がやろうと思ってやっていたわけじゃないけどね?
「夏休みが終わった後、久しぶりにお会いしたミラ様はなんだかやつれていらして……マルリー様も、ミラ様が魔法を使わなければならないほど衰弱していらしたのは、公爵家で何か不遇な扱いを受けていたからなのではないかと心配されていましたし……」
まぁ……いろいろ酷い目にあったっていうのは間違いでもない。
ミラの生い立ちに関してもそうだし、私が夏休み中に経験した事件も、あの頭のとち狂った元メイド長が原因だし。
「学園祭前にも、ミラ様はとある方から呼び出しを受けたと私たちに言い、その後にはひどく憔悴していました。当日も何かお辛いことがあったと思われるのに、私たちの前ではそのような様子は一切お見せになりませんでした……」
学園祭前の件は、多分塩内さんから初めてループのことを聞いたときのことだろう。塩内さんから聞かされたこの世界の事実にめちゃくちゃ驚いてはいたから、そう見られるのも無理はない、かも……。
学園祭のときに関しては、話を一切聞いてくれなかったルハーニのせいである。
あのとき私結構号泣してたけど……いや、してたからこそ何も言わなかった私のことを心配したのかもしれない。
「ミラ様のご様子から、私たちが踏み込んでいい問題ではないと思っていたのですが……流石に今回のようなお怪我を見つけてはそうも言っていられないと……」
それ関しては完全に私が悪い。
こうして今までの私の行動を第三者から聞かされると、確かに怪しい。怪しいというか、悩みを抱え込んでそれに追い詰められている人だとしか思えない。
3人はそんな私に対してどう接するべきか頭を抱えたに違いない。しかしこうしてペーシュの話を聞いてみると、彼らは私が打ち明けるまで待ってくれようとしていたのだろうなと思う。
「これは私の幼い頃の悪い癖なの。月日が経つうちにしなくなったはずだったんだけど、……無意識にやってしまったのね」
私の自傷行為が、癖になっていることを聞いたペーシュはますます顔を曇らせる。
ぐっ、そんな顔はさせたくないのに……。
しかし私の癖であることは変わらないが、ミラの身体でやったのは初めてだと思う。そもそも彼らに秘密にしていることで一番大きなものは、私が本当のミラではないということだ。
流石にこれを説明するわけにはいかないのだが、しないとなるとそれはそれで他のことを説明するのが難しくなる。
「んー……それで……、その、私が緑魔法を使って体力を誤魔化すようになった理由なんだけど――」
とりあえずペーシュが話していたことから順番に、事情を説明することにした。
なぜ緑魔法を使っていたのか、夏休み中に公爵家で何があったのか――詳しく話せるところまで。
ミラの幼少の頃の記憶は私にはないわけだから憶測も混じるのだが、ミラが栄養失調になった原因は使用人たちの嫌がらせ――もとい元メイド長、ジェラーティ・ヤンカープの陰謀が大きく関わっていたと見て間違いないだろう。
話を進める間に、ペーシュの顔色はだんだんと悪くなり、しまいには眩暈を感じるようで頭を抑え始めた。
その度に私は、「もう話すのやめようか?!」「聞きたくないよね?!」とドキマキしているのだが、ペーシュは頑なに最後まで聞くというのだ。
ミラの生い立ちに関しては私だって同情している。彼女があの薄暗い部屋の中で、どのような生活を送っていたのかを想像して憐れんだこともあった。
けれどもペーシュの反応は私の上をいく。
この子は聖女なのだろうか。
(もしかしたら殺人未遂の話が刺激的だったのかもしれないけど……)
「よく……ご無事で……」
「あはは……運が良かったのかも。こんな話を聞かせてしまって、ごめんなさいね」
「いえ、いえ……そんなことはありません……聞きたいといったのは私なのですから」
ペーシュが落ち着くまで、私は話すのをやめて窓の外をぼんやりと見ていた。
もうそろそろ日が沈みきるな。
「それで、学園祭のときはどうされたのですか?」
「あ、!それね、それ、は……」
このままフェードアウトできるかと思ったのだが、まだペーシュは私の話を聞くみたい。
しかしここから先はどう説明するべきだろうか……。
「……えーっと、その……なんて話したらいいかな。ここから先は私もまだよくわからないことばかりで……上手く説明できるか……」
まずジークという男子生徒になった塩内さんのことでしょ、でも彼は私と同じ転生者で……ってこれは言えないから、彼から聞いた世界のループのことも……言えるわけがない。ルナと話したくて接触を図ったけど、空回りしてルハーニにボコボコにされたって話も……どう説明する?
「うーん………………って、ペーシュ?どうしたの?」
考えこむ私の手を、ペーシュがそっと握る。
「ミラ様。私は、あなたが1人で悩み苦しむことなどあって欲しくないと思っております。……ですが、あなたが話したくないことまで私が無理に聞き出そうとして、その結果あなたを苦しめてしまうのなら、これ以上は何も聞きません」
彼女の瞳は、慈愛で満ち溢れている。
「……ありがとう」
「こんなに大切なこと、お話ししてくださりありがとうございます」
いやもうなんか……あなた本当に16才?
精神が私の比じゃないくらい成熟してない?
なんだかペーシュに後光が差しているような気がする。
「ミラ様?それは一体何をなされているのですか?」
「拝んでるの」
「?」
私の奇行に首を傾げるペーシュに、改めて感謝を伝えた。
よくわかっていなさそうな彼女も、私の言葉に笑みを溢す。
「あのね、ペーシュ……。随分前にあなたは私に“友人と呼べる人と一緒に過ごしてみたかった”って願いを私に打ち明けてくれたわよね。それ、私も一緒なの」
魔法もそうだけど、それと同じくらい憧れていたことがある。こうやって、心の底から信頼できるような人と出会って同じ時間を過ごすこと。
「魔法が使えるようになるってことより、ずっとずっと現実的なことだったのにあり得ないことだって思ってた」
自分が自分のことを好きじゃないのに、他の人には自分のこと好きになって欲しいなんて思うのはあまりにも都合が良すぎる。だから、大人になったときにその夢想は捨てたはずだった。
「……簡単には捨てられないのね」
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「もうこんな時間だったんですね」
ペーシュが席をたつ。
時計の短針は6の数字を超していた。
「こんな時間まで付き合わせちゃったわね……」
「私が望んだことですので、お気になさらないでください!……あら、あれは何ですか?」
ペーシュが部屋から出ようとしたとき、ふとそう言った。
彼女の目線の先には机がある。
はて、ペーシュが気になるようなものを置いていただろうかといくつかの小物に目を向けた。
「あれです。あの小瓶に入っているものです」
「ああ――、あれね?」
ようやく、ペーシュの指しているものがわかった。
私はそれに近づき、パッと手に取りペーシュに渡す。
手のひらサイズの小瓶。
その中に入っているのは、黄色のガラス破片だ。
私が夏休みのときに見つけて失くさないように入れておいた、不思議なカケラ。
「たまたま見つけたものなの……多分、ガラスの破片とかそういう物だと思うんだけど、何だか目が離せなくて拾って集めてその中に入れておいたの」
「確かに小さいですが、とても綺麗ですね」
ペーシュはそっと小瓶を掲げて小瓶の中身を眺めている。その拍子にカランと心地良い音が鳴った。
「――ですがこれ、どのようにしてお入れになったのですか?このサイズだと瓶の口には入らないように見えるのですが……」
「え?そんなはずないわ。だって、どれもとっても小さな破片だったから……」
私が拾った破片は米粒と同じくらいの大きさで、決して瓶の口より大きいなんてことはなかった。それを3個か4個ほどまとめて入れておいたはずなんだけど――。
ペーシュから受け取った小瓶の中に入っていたものは、一つの小ぶりなガラスの破片だった。
それに気が付いた私は、慌てて瓶の蓋を外して逆さまにし、そこの面をぽんぽんと叩いた。けれどもガラス破片は出てくることはなく、私が瓶を叩くたびにカランカランと音を鳴らすだけだった。
「一体、どうなっているの……?」




