私の愚かな過去 ー2ー
ずっと昔……私がまだ幼かった頃。
私は、心の中に存在し続ける孤独感に苛まれていた。
両親は、多分自分の子どもには興味がなかったのだろう。
ネグレクトとかそういうものじゃない。高校まで通わせてもらったし、一緒に暮らしている間、衣食住に困ることは何もなかった。
ただ、“本当に興味がなかった“だけ。
兄妹はいない。もしいたら何か違っていただろうか。
交友関係も人並みには築けていたとは思うけど、広く浅く、学校を卒業すれば二度と会わないようなそんな関係性ばかりだった。
はじめてそれをした理由は、幼くも愚かな私が考えた作戦のためだった。
手の甲をカッターで薄く切ってみようと思った。怪我をしたら、心配してもらえるかなって。
でも、いざやってみようとすると怖かった。
震える手で刃物なんか持っているものだから、ピリッとした痛みが走った途端に驚いてカッターを落としてしまった。
その拍子に親指をざっくりと――。
予想以上に血が流れてしまったので、自分がやったことだというのに大泣きしながら両親の元へと走って行った。
けれども私の怪我を見た二人は、私を心配したり一人で刃物に触れたことを怒ったりすることもせず、無表情のままため息を漏らしただけだった。
とりあえずその場にあったティッシュを数枚渡して、傷に押し付けるように言うだけ。
父は仕事の電話が鳴りその場を後へ。
母はタバコを吸いにその場を後へ。
泣きながら傷口を抑える私のそばには、誰もいなかった。
大人になってからそのときの自分を思い返すと、その行為がどれほど愚かで無意味なことだったかを理解した。自分に関心のない人を振り向かせために自傷してみるなんて、なんて馬鹿なんだろうって。
しかし幼い頃の私は、その両親の態度にひどく傷ついた。
たったそれだけのことだったけど、それだけで全てわかってしまった。彼らにとって私は、いてもいなくても大して変わらない存在だったんだなって。
それから、私は自分が透明人間なのではないかとたびたび考えてしまい、その度に自傷行為をしてしまった。
高校生に上がるころになって、ようやくその行為が無意味であることを理解し、それを意識してやることは無くなった。
ゲームにハマり始めたのはその頃からかもしれない。
初めてプレイしたゲームには、主人公と仲間たちの素晴らしい絆が描かれていた。信頼できる仲間たちと出会える主人公には純粋に羨ましさを感じた。
そして私は、自身をその主人公に度々投影してみた。
仲間から愛されるそんな人物になりきってみる。
そうすることで、少しだけ自分が他者から必要とされているように感じられた。
しかし所詮それは仮初のものであって、自分の悩みが根本的に解消されたわけではないことも薄々わかってはいたのだ。
ゲームの登場人物達が築く絆は、現実世界ではありえない究極の絆である。実在しないものだと思うようになってからは、ゲームで自己投影するのはやめて達成感だけを求めるようになった。
社会人となってからも目の前の不安とそしてよくわからない孤独感に苛まれることがあったけれど、自傷行為に走ることはなかった。そうしようするたびに、自分に無意味だと言い聞かせてきたから。
もちろんゲームだけじゃなく、他の趣味を増やした。
それこそストレス解散に打ってつけのものだったり、リラックスするものだったりいわゆる一般的な方法を自分に合ったスタイルで生活に取り入れた。
そうなった私に満足していた。
自分一人の力で、克服したような気がしたから。
もう一度、手首を見る。
あのときと全く同じ痕。
戻ってしまった。幼い頃の愚かな自分に。
いや、もしかしたら変われていなかったのかも。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
(アルノーにあんなこと言っていたのに、どの口がお説教してるんだか……)
間違いなくペーシュはこの傷を見て、引いただろう。
見ていて気持ちのいいものではないし。
「ごめん、こんなのを見せちゃって」
やばい、思ったより震えた声が出てしまった。
いや、認める前に知らないふりをすればよかったかな?それとも間違えて切っちゃったとか……。
「……………………」
ペーシュは黙っている。
無理か、誤魔化すのは。
「幻滅、って言っていいのかな。それとも引いた?気持ち悪いよね、これ。えっと、別に死にたいとかそんなんじゃなくて、……!」
ペーシュは何も言わず、私の手を優しく包み込む。
そして静かに指を傷口に這わせると、そこから白い光を放った。
ペーシュの魔法だ。
白魔法ってなんだか不思議。
どこまでも澄んだ水が、体内に入って巡っていくような感覚がする。まるで枯れかけた植物が、待ちに待った恵みに歓喜しているみたい。
ペーシュがそっと手を離すと傷痕はなくなっていた。
「あ、ありが」
とにかくお礼を伝えなくてはと思い、口を開いた。
けれど、最後までそれを言う前に私はペーシュに抱きしめられた。
「ペーシュ?」
細い腕で私を抱きしめる彼女の体は震えていた。
「…………泣いてるの?」
返事の代わりに、腕の力を強められた。
やっぱりペーシュって、見かけによらず力が強い。
けれど苦しくない、全く苦しくなかった。
「あなたって、何でそんなに……」
私が望んでいたものを与えてくれるの?
“私”が大声をあげて泣き叫んでる。
ようやく誰かに気づいてもらえたと。
いつかこういう風に誰かに胸の内を打ち明けて、泣き叫びたいと願っていたが、その度に“みっともない”と考えていた。
でも今は、そんなことを考える“私”はどこにもいない。
頭の中で、コツンと音が鳴った気がしたーー。




