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【小噺】3年振りの帰郷 ー1ー (アルノー視点)

 

 夏休み、僕はサラヴァン王国へ帰郷した。

 正直言って、2ヶ月くらい前までは帰るつもりはなかった。どうせ1年足らずで、嫌でもここに帰らなければならないとわかっていたから。

 

 しかしとある事件をきっかけに、自分から手紙を送った。

 父上と母上に今の自分の気持ちをきちんと伝えるために。


 城へ足を踏み入れた瞬間から、少しだけ感じていた緊張感。

 僕だけじゃない。

 多分だけど、城全体にそんな雰囲気があった。


 どことなくみんなソワソワしているような気がする。

 そして、城中がなんだかいつもよりキラキラ輝いているようにも見える。


 そのまま僕とマルリーは謁見室に向かった。

 そこで父上と母上が待っていると話を聞いたからだ。

 身支度をした方がいいかと考えたが、周りの者からすぐにでも王のもとへと向かって欲しいと言われたので、学園服のまま向かうことにした。


 長いこの廊下を歩いていると、兄妹3人で楽しく駆け回っていた頃の記憶がよみがえる。確かそのあとは、3人揃って怒られたっけな。

 懐かしい思い出に少しだけ頬を緩める。

 そして同時に、また不安が浮かんでくる。


 今回の帰省に至るまで、僕は両親からの手紙を見ないようにしていた。返事も碌に書いていなかった息子が突然帰ると言い出して、彼らはどんな風に受け止めただろうか。

 決して後ろめたいことがあって帰るのではないと伝えはしたが、それにしても突然の報せに驚いたことだろう。


 父上と母上は、僕のことをどう思っているのだろうか。


 呆れているのかもしれない。

 何を今更、と思っているかもしれない。

 それとも怒っているのかもしれない。


 帰る旨を知らせた手紙を送ると、絶対に来ないだろうと思っていた返事が返ってきた。学園からサラヴァン王国までは距離があるから、純粋に夏休みに入るまでに返事は間に合わないと思っていたのだ。

 手紙の中には「気をつけて返ってくるように」と簡潔な言葉が並べられていただけだったから、2人の真意はわからない。


 謁見室の前に立つ。

 密かに深呼吸をした。使用人にはバレなかったけれど、マルリーには気付かれてしまったようだ。


 心配そうな視線を感じるが、僕は前を見続ける。

 やがて扉が開かれると、奥の方で玉座に座る父上と母上が見えた。


 僕たちは部屋の中央まで歩いていき、そして頭を下げる。


「ただいま戻りました。お久しぶりでございます、長らく戻らずに申し訳ございません」

「アルノー、久方ぶりであるな。お主の顔が見れて嬉しく思うぞ」

「マルリーも見ない間に随分立派になりましたね」

「ありがとうございます、女王陛下」


 怒っては……いないようだ。

 顔を上げなさいと言われ、それに従う。


「堅苦しい挨拶はこのくらいにして、今は親子として会話しようではないか」

「そうね、積もる話もたくさんあるわ。2人が帰ってくるって聞いて急いで準備したのよ。まずは食事にしましょう!お腹も空いているでしょう?」


 父上は早々に国王としての仮面を脱ぎ捨て、軽快に笑う。

 母上も優しく僕たちを見つめていた。


(あぁ……、僕は本当に幼稚だったな……)

 



―――――――

――――




 皆で食事をとり、談笑をして一日が終わった。

 帰省するのに長旅になったため、特に船旅嫌いのマルリーは疲労も多く、今日は早めに休むと言って退出した。

 僕もはやく休めと両親から言われたが――まだ少しだけここにいると応えた。


 少しだけ沈黙が流れたあと、母上が「学園生活はどうなのかしら」と僕に尋ねる。帰って来てから僕にはまだ振られていなかった話題だった。


「……とても、充実しています。今までの時間を取り戻したいと思うほどに――とても」


 ホッと息が静かに吐かれるような、そんな優しい音が聴こえた。


「あなたの話をずっと聞きたいと思っていたの。どんなふうに過ごしていたのかしら」

「恥ずかしながら、ほんの数ヶ月前までは怠惰に過ごしていました。全てのことにやさぐれで、盲目になって……マルリーにも強くあたってしまうくらいどうしようもなかったのです」


 両親は静かに僕の話を聞いている。

 そういえば、マルリーは僕がルナに心酔していたことを彼らに伝えたりしていたのだろうか。


「そんな中、とある女性に出会いました。こんなどうしようもない僕を叱ってくれて、僕にいろんなことを気付かさせてくれて、僕たちの命まで救ってくれた……恩人です」

「……以前学園からあなた達が魔物の襲撃にあったと報せがあったけれど、もしかしてその時の――」


 コクリと頷く。

 ミラの魔法のことは詳しくは話せないけど、2人には彼女のことを知ってもらいたい。


「そしたらそのご令嬢には、御礼を言わないといけないな」

「そうね、そうね……」


 蝋燭の火が揺れるのに合わせて、母上の瞳も少しだけ潤んで見えた。すでに学園から僕たちが無事に生還したことは聞いていただろうが、今日こうして会うまでずっと心配してくれていたのだろう。


 母上はゆっくり席を立ち上がり、僕のもとへやって来た。

 そして僕の頭をそのまま抱え込み、優しく撫でるのだった。


 僕はそのままゆっくりと目を閉じる。

 こうやって抱きしめられていると、なんだか幼い頃を思い出す。

 

 カルゼインお兄様がいた、あの頃を――。


「僕はずっと、王太子でいるのが嫌でした。みんなが好き勝手言ってくるのが嫌で、カルゼインお兄様が僕に責務を押し付けたような気がして……ずっと、お兄様の心労に気がつけなかった自分が許せなくて」


 不意に、僕を抱きしめる母上の腕の力が強くなった気がした。


「国王になる自信がなかった。僕のせいで多くの国民を苦しめてしまうかもしれない。僕のせいで、サラヴァン王国を滅亡させてしまうかもしれない……そんなことばかり考えていました」


 ずっと、心に秘めていた本音。

 きっとこれを伝えてしまえば、2人は深く傷付くだろうと思い、口を閉じた。

 けれどその時、僕の肩に手のひらが乗せられる。


 温かくて大きな手だ。

 

「……僕は、運命を呪いました。“平民として生まれていればこんな思いはしなくてよかったんじゃないか”と考えることもありました」

 

 そう考えたのは、一回だけじゃない。

 でもこの考えが浮かぶたびに家族のことを考えた。

 カルゼインお兄様が突然姿を消したとき、母上が毎晩のように泣いていたのを知っていた。父上が捜索中止の指示を出した後も、一人で探し続けていたのを知っていたから。


 ……そういえば、マルリーにいたっては僕もいなくなっちゃうんじゃないかって心配して、夜中に何度か部屋まで確認しに来ていたな。


「今も……、そういうふうに考えることはあるかしら?」

「ありません。自信がついたわけではないのですが、自分の役目と向き合ってみたいと、友人達と過ごすようになってから考えるようになりました」

「……立派だな。私がお前くらいのときはそんなこと考えていなかったよ」

「父上が、ですか?」


 僕がそう返すと、父上は頷いた。

 そしてポツリと当時の心境を僕に語ってくれた。

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