無くなって欲しくない今 ー2ー
夏休みの間、あれだけ必死に街探索をしていた成果がようやく現れた。私は、二階にテラス席がある喫茶店にみんなを案内した。
ここの喫茶店は精錬された雰囲気を纏うお店で、店員も物静かで、お嬢様のおしのびとかにはうってつけの場所だと思っている。
学園から少しだけ離れているけど門限までには間に合うような立地で、花火を見る場所にちょうどいいのではないかと考え、みんなを連れてきたのだ。
「とっても素敵な場所ですね!」
「今日は学園祭があるから人はあまりいないみたいだけど、それがかえって好都合ね。私たちだけで落ち着けるわ」
2人の反応は好印象だ。アルノーは何も喋らなかったけれど、店内を見まわして頷いている。多分、大丈夫だと思う。
ドアベルが鳴ったのを聞いて、奥の方から店員が出てきた。店員にテラス席を希望することを伝えると、店員はにこやかに微笑みながら案内してくれた。
やっぱり今日はテラスにも人はいない。
まぁ、この前来たときもお客さんがたくさんいたわけではないんだけど。ここのお店は、知る人ぞ知る、隠れ名店みたいなものだと勝手に思っているのだ。
「見て、ちょうどこの方角から学園が見えるわ」
「こんな素敵なお店があるって、3年以上もこの帝都にいて全然気づかなかった。少しもったいない気持ちになるよ」
店員が運んできてくれた紅茶を飲みながらアルノーがそう呟く。私はその言葉を聞いて心の中でガッツポーズをとった。
花火が上がるまでまだ少し時間があるので。私はアルノーたちの演劇について感想を話した。
「にしてもペーシュが本当に女神様みたいで、思わず見惚れちゃった。本当にぴったりな役でしたね」
「私たちのグループ内で結構推薦が多かったの。私もペーシュが適任だと思ったわ」
「白い光に包まれながら世界の平和を祈る姿が切実で、思わず私も祈らずにはいられなかったくらい!」
私たちの会話に、ペーシュが恥ずかしそうに微笑んでいる。
かわいいな。
「反対に、2人は裏方だったんですね。てっきり、何かの役を演じるのかと思ってたんですけど」
「演技はもちろん、演出にも力を入れてるからね。僕とマルリーは魔法を使った演出に力を入れてたから、役者の役までこなせなかったんだ」
「そういえば、いくつかすごいシーンがありましたね。女神が神々しい光の中から登場したり消えたり……、ラスボスが大きくなったり……」
「私が登場するときに光っていたあの白い光は、オーブで魔力を流して光らせたものなんですよ」
「え、オーブを光らせるといえば、一年生の魔法実技試験で使用されるものと同じものですか?」
「そうだよ。ああいう魔法道具は、僕たちの国では珍しくないんだ」
「敵が大きくなるのは、私たち紫魔法を使える生徒みんなで力を合わせて、観客に幻術を見せていたのよ」
「幻術?!あれ、幻術による演出だったんですか?!」
「ふふん、そうよ。といっても、これも魔法具を使って力を調整したりしてたけどね」
幻術による演出って、聞いただけでドキドキするけど少し危なそうでもある。少しでも気が抜けたら観客を困惑させてしまうだろうし……一体完璧にできるまで、どれだけ練習を重ねたのだろうか。
「幻術による演出が可能なら、最初から最後まで幻術を使うことはできないんですか?」
「流石にそれは無理よ。相手に幻術をかける時はね、使う側が見せたい幻を自分もイメージし続けなくちゃいけないのよ。それにその間も自分の魔力は消費し続けるんだから。だいたい、そんなの演劇でもなんでもないじゃない」
まぁ、それもそうだよね。そんなことできたら、国家転覆とか余裕で狙えそう。
「だから私たち、お互い同じイメージを保ちながら観客たちに幻術を見せたの。どう?なかなかできない技よ」
マルリーが誇らしげに胸を張っている。
テレビなどがない世界だ。伝承には挿絵とかがあったのかもしれないけど、それでも実際に魔王がどのような動きをしていたかなんて人それぞれの想像によって違うだろうに。
きっと、皆んなで同じ魔王像が出来上がるように何度も話し合ったんだろうな。
「当初はよくある童話を題材にしようと思っていたんだ。せっかくの機会だし、僕が一番好きな話を演出したいなって思って『終わりの勇者』を候補に挙げてみたんだ」
「知らない人も多かったけど、その伝承を読んだら皆んながやってみたいって言ったのよ。お兄様が選んだんだもの、当然だけれどね!」
「準備期間中は時間に追われる日々でしたが、とっても充実した日々でした」
「だからあなたも来年は一緒、に……」
マルリーの言葉が不自然に途切れた。そして次の瞬間、悲しげにアルノーの方へ向く。
「来年は、お兄様は学園にはいらっしゃらないのですね……」
その一言に、ペーシュも眉を下げた。
そう、私たちがこうして4人で集まれるのも今年だけ。
アルノーの学年は4年生。来年の春にはこの学園を卒業して、海を渡ったところにある遠い祖国へと帰ってしまう。
「そうだね……。そしたら来年は、僕がみんなの出し物を見に行くよ。そして時間が許す限り、こうしてお茶をしながら語り合おう」
嬉しそうに2人が頷いた。
アルノーはサラヴァン王国の、次期国王。卒業してからすぐに王様になるってわけじゃないと思うけど、それでも今みたいに自由な時間はずっと少なくなるだろう。
この約束も、本当に叶うかわからない。
でも、この約束は卒業してからも私たちの友情が続いていくという証明のようなものだった。
それに今の彼はできないことをできるというような無責任なことを言う人ではない。本当に、この約束を果たしてみせるかもしれない。
でも私は、いまだに気持ちが晴れることはなかった。
アルノーのことを疑っているわけではない。むしろ、自分自身に対しての不安だった。
本来の“鐘“のストーリーではその時期にはもう、ミラは傷害事件を起こしてアメシティーオーズ学園を退学している。公爵家からも縁を切られ国外追放となり、この地を踏むことはない。
私は、傷害事件なんて起こさない。
けれども、今まで不完全ながらも発生した数々のイベントのことを考えると油断はできない。
冤罪でもかけられて、本当に国外追放されてしまうかも。
……もし、私がそんなことになったら、彼らは私のことをなんて思うだろうか。
今まで私と過ごした日々を、恥ずかしい過去として考えるだろうか。私のことを、もう友人だと思ってくれないかもしれない。
――いや、本当はもっと恐れていることがある。
ループによって世界が巻き戻ったとき、彼らと過ごした時間はすべて“なかったこと“になる。私だけこんなに楽しい記憶を残したまま、彼らは私のことを知らない人として認識するのだ。
(そんなの…………)
耐えられるわけがない。
「ミラ様、そろそろ花火大会が始まりますよ」




