無くなって欲しくない今 ー1ー
塩内さんは私を保健室まで運んでくれようとしたが、私はそれを断った。今後の行動は、ルナがこちらに来てくれるかどうかを見てから決めようと話し合い、私たちは別れた。
あんなに思い通りに行かなかったのに、塩内さんはまるで肩の荷が降りたかのように上機嫌で学園の寮へと去っていった。彼にとっては、こんな結果でも良かったのかもしれない。
私はまだ、その場から離れずにいた。
結局のところ今の状況は何も変わっていない。
(そもそも私からしたら、世界がループすること自体わからないし……)
塩内さんのことを疑っているわけじゃないけど、やっぱり現実的にそんなことがあり得るのかと考えてしまう。でもそんなことを言ったら、私たちがゲームの世界に転生したって話もそもそもあり得ない話だし……。
「……うまくいかないなぁ」
「あ、ミラ!こんなところにいたのね」
遠くのほうから凛とした声が私を呼ぶ。
そちらの方を向くと、マルリーとアルノー、そしてペーシュが立っていた。
「まったく、探し回ったわ!どうしてこんな人目につかないところにいたの?」
「もしや……体調がすぐれないのですか?」
「ううん。ちょっと人が多くて酔っちゃったみたいで」
「あなた、襟元どうしたの?何だか乱れてるみたいだけど」
マルリーが私の襟元を指差しながらそう言った。
慌てて手を這わせると、ボタンが無くなっていることに気がついた。
「あ、これは……さっき人と盛大にぶつかっちゃって、それで外れたのかもしれません」
多分ボタンは、あのルハーニとかいう攻略対象に胸ぐらを掴まれた時に飛んでいってしまったのだろう。
けれどそんなことを彼女たちに言うわけにはいかない。
「随分強くぶつかったみたいね?」
マルリーは私の言い分をあまり信じてはいないようで、疑いの目を向けている。
「それなら、これがちょうどいいかもしれないね。さっきメインストリートに並んでいる露店でこれを見つけたんだ。ミラにきっと似合うよ」
後ろで私たちのやりとりを見ていたアルノーが、何かを取り出してそれを私の首に優しく巻き付けた。
突然首周りが暖かくなる。
「マフラーですか?」
「スカーフだよ。うん、よく似合ってる」
自分からはよく見えないが、スカーフをつけた私の姿にアルノーは満足そうに笑った。
とても肌触りの良いスカーフだ。高いのではないだろうか。
「え、これ……私が着けていいんですか?」
「うん。良ければ貰って欲しいな」
「でも……」
「アルノーお兄様がせっかくプレゼントしているのに、なぜ素直に受け取らないの?それに胸元がみっともないことになっているんだから着けておきなさい!」
素直に受け取ろうとしない私の態度を見て、マルリーが責めるような口調でこう言った。多分、私がアルノーの贈り物を受け取りやすくしてくれるために。
「ではミラ様、両手を出してください」
今度はペーシュがニコニコしながら私の前に出た。
私がそっと両手を差し出すと、彼女はシルクでできた綺麗な手袋をふわりとのせた。
唖然としていると、次は頭に何かポンと置かれる。
「え、え?みんなどうしたんですか?」
頭に置かれたものは帽子だった。マルリーがそっぽを向きながら、ふん、と声を出した。
「ミラ様、前にあまり身につけるものを持っていないとおっしゃっていましたよね。なので3人でメインストリートをまわって、ミラ様に似合う物を選んだんです。これから寒くなっていきますし……」
気に入っていただけましたか?と少し照れながら笑うペーシュと、こちらを見て微笑むアルノー、チラチラと私の反応を気にしている様子のマルリー。
そんな3人の姿に、私の涙腺がドカンと衝撃を受けた。
「え?!ミ、ミラ様!?も、もしかして気に入りませんでしたか?」
「ぢ、ぢがうの!う、うれじくで……、ウワーン!!!!!!」
「ちょっと!流石にその反応はみっともなさすぎるわ!もう少し淑女らしく喜びなさい!」
「だっ、だっで……こんな、こんな……こと、はじめてで……」
こんな優しくしてもらえたこと、前の世界も含めて一回もなかった!こんなに優しい世界ってあるんだ!?
ていうか私の友人がいい人達すぎるッ……!
しばらくずびすびと鼻水を啜りながら、涙腺が落ち着くまで待った。その間マルリーが汚いだのみっともないだの小言を言っていたが、ずっと私のそばにいてくれた。
「すいません……、落ち着きました……」
「こんなに喜んでくれたなら、僕たちもプレゼントした甲斐があったよ」
「あなたって、今までどんな扱いを受けていたの?プレゼント一つでそんな反応されるなんて初めてだわ」
「実を言うと、さっきまで落ち込むようなことがあったんです。なのでつい……」
「ふーん、……何があったの?」
「あはは、さっきも言った通り、人にぶつかってしまっただけですよ」
「どうやら、よほど強くぶつかったのね。こんなに泣くくらいなんですもの。まだまだ学園祭は続くというのに、こんな有様でどうするの?し、仕方がないから一緒に回ってあげるわ!」
「マルリー、素直に一緒に行こうって言ったらどうだい?」
兄妹のやりとりに、また涙腺が爆発しそうになる私を見て、ペーシュが背中をさすってくれる。
「と、言っても……何処に行こうか?メインストリートはすでに見回ってしまったし、他の出し物も入場受付は終わっているところがほとんどだろうね」
「確か、この学園祭の一番の見どころは花火大会なのですよね。私それを見るのすごい楽しみにしていたんです」
マルリーの嬉しそうな声に、ペーシュとアルノーが少し表情を曇らせた。
「あぁ……花火大会。確かにすごい迫力があって綺麗だよ。でも、僕はあの音が少し苦手でね」
「近くですと音が大きくて少し驚いてしまいますよね……少し離れたところから見れたらいいのですが……」
確かに花火って、遠くにいても打ち上がる音がよく聞こえるから真下とかになるともっと大きな音が聞こえるのだろう。この学園が花火を打ち上げていることにも驚いたが、学園から離れたところではなくて、文字通りそのままここで打ち上げていたなんて、やっぱり金持ちの通う学校ってすごいな。
みんなで花火を見るのは思い出にもなるし楽しいだろうから私は賛成だけど、ペーシュとアルノーの反応を見る限り、あまり近くで見るのはおすすめではないらしい。
「それなら、街の方へ出ませんこと?学園祭の日は、街へ出てもいいのでしたよね?」
アメシティーオーズ学園の学園祭は、一般公開もされている。そして我々生徒たちも一日中街へ出ることを許可されているのだ。
「そっちの方がきっといいね。でも、花火がよく見えてみんなで落ち着ける場所って今からでも見つかるかな?」
マルリーの提案に賛成したアルノーが、疑問を口にだす。
その言葉に私は待ってましたと言わんばかりに声を上げた。
「それなら私、いい場所知ってます!」




