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起こらないはずのイベント 

 悪役令嬢と健気なヒロインが対立するのはゲームとしてはお決まりの展開である。対立って言っても、悪役令嬢が一方的に主人公を痛めつけているだけなんだけど……そういうイベントがあるのだ。

 “鐘“では、悪役令嬢からの嫌がらせという名の妨害イベントがランダムで発生する。もちろんランダムだけではストーリーとしては成立しないので、きちんと強制イベントというものがあるのだ。特に、一番最初の強制イベントでは、悪役令嬢が主人公に嫌がらせの合図のような真似をとる。


 それがどんなイベントだったのか、私は目の前の光景を見て思い出すことになるのだった――――。



 

 


「ひどい……誰がこんなことをッ!」




 その日、私はマルリーを昼食に誘うために一年生の教室まで来ていた。そこで1-Aの教室に通りかかったとき、その中が少し騒がしいことに気が付いた。少し中を覗いてみると、ルナが教室の真ん中で何かにショックを受けたような声を出して机の上を見ていた。

 机の上を見てみると、何やら紙屑のようなものが散乱していた。よく見ると、ルナの足元にはビリビリに破かれた教科書のようなものが落ちている。

 

 クラスメイト達は彼女の周りを円で囲うようにみんな一歩引いたところで様子をうかがっていた。

 彼女に駆け寄ろうとする人は、誰もいなかった。


「こんなところで何をしているの?」

「あ、マルリー様……」


 人が多いところでマルリーを呼ぶときは、きちんと敬称を付けるようにしている。

 マルリーは騒ぎが起こっている教室内を一瞥した後、呆れたように息を吐いて、「行きましょう」と言った。


「このままにしていいんですか?」

「私たちには関係ないわ。先生に伝えておくくらいでいいでしょう。それ以上にできることなんてないもの」


 まぁ、彼女の言うこともごもっともである。ここに留まっていても他の生徒たちと同じようにしているように呆然と彼女を見ているだけだ。


「きっと、誰かが私のことを恨んでいるんだわ!だからこんなひどいことを……ッ!」


 教室から離れようとすると、ルナの声が一際大きく響いた。その声に思わず驚いてしまって、後ろを振り返ると、ルナがわかりやすく顔を覆って「うわぁぁん」といった感じに泣き喚いている。

 その様子を見たマルリーの顔が引きつっていた。


「被害者とはいえ、こんな人が多いところであんなに声を上げるなんて……恥ずかしくないのかしら」


 完全に引いているマルリーを横目に、私は少しだけデジャヴを感じていた。確か、ゲームの中でも主人公の私物がこんな感じに破り捨てられていたことがあった。

 

 ”The sound of the bell”というゲームのパッケージには攻略対象と主人公の絵だけで、悪役令嬢のミラの姿はなかった。それにゲーム本編の冒頭ではミラは全く出てこなかったから、二学期に入って突然悪役令嬢というキャラがいたことが判明するのだ。

 

 ミラが登場するまでのイベントは、全てのほほんとした雰囲気だったのに、突然ビリビリに破かれた教科書が画面いっぱいに出されたときは少なからず驚いた。こんな演出がでてくるものなんだと。

 それからは多少の不穏さとかもあって、ただの恋愛ゲームではないことに胸を高鳴らせたものだった。


(すぐに犯人とか判明して、尚且つ悪役のミラが、可愛らしいデフォルメイラストが出てきたときは、そこまで不穏でもなかったなと思ったけど)


「一体何事ですか!?」


 騒ぎを聞きつけた教師が間に入って、状況を確認した。その先生は泣いているルナと彼女の教科書がボロボロに破れているこの現場を見て顔を青褪めさせたが、すぐに平静を取り戻し、場を収めた。

 教師の声掛けにより生徒たちは解散していき、私たちも食堂へと向かった。ちらりと後ろの様子を伺ってみると、教師がルナの肩を持って何かを話しているようだった。その時の彼女の表情は、完全に無であったと思う。


(――――恐すぎ!)


 食堂に着くと、ぺーシュとアルノーが席を取って待っててくれていた。いつまでも私たちが来ないことに心配してくれていたみたいなので、遅れた事情を説明した。

 と、言っても説明をしていたのはマルリーで、私はボーっとしながら先程のことを考えていた。



 間違いなくあの現場は、ミラが初めて主人公に嫌がらせをするイベントだった。このイベントは、プレイヤーたちに対して、主人公のことをよく思わない人物がいることをを知らせるためのものだったはず。

 

 本来の主人公は、教科書が破られているのを見つけたとき驚いてはいたがあそこまで取り乱すようなことはしなかった。あのルナは本来の主人公ではないから、別の行動をとっていても不思議はない。

 ……ないけど、あのイベントを知っていてあそこまで泣き喚くものなのだろうか。

 

 もしかして、本当に嫌がらせを受けると思わなくて、怖くて泣いたとか?いやそれだと、去り際に見た彼女の表情がおかしい。見間違いか、先生が来てくれてホッとして無表情になったのだろうか。

 

 もう一つ疑問もある。それはあの嫌がらせは誰がやったのかということだ。ゲームではミラが犯人で間違いないのだが、今は私がミラである。私がミラになった以上、あんな事件起こるはずが無いのに。

 

 でも、他のルナは一学期の状況から考えるに少なくとも他の生徒たちからよく思われていない。まさか、その人たちによる犯行なのだろうか。


「少し怖いですね……。まさかこの学園でそのようなことが起こるなんて」

「そうね。あの人について快く思っていない人は多いでしょうけど、だからといってあんなことをするのは品位を疑うわ」

「なんだか不穏だね。これからよくないことが起きそうだ。とくにアザル卿の耳にこの話が入ったら、面倒くさいことになりそうで……」

「アザル卿って、この前お話されていたお方ですよね?」

「うん。最近は彼女と一緒に過ごせていないのか、どこかイライラしててね。これに加えて今回起きた事を聞いたら怒って何をするかわからない。周りの人たちを巻き込みそうだし、ずっと不機嫌でいられたらこっちの息が詰まってしまうよ」


 確かにアルノーの話を聞いて思い出したけど、ルハーニ・アザルってキャラクターは気が強くて俺様的な性格だった気がする。確か、砂漠の国の王子様だった気がする。

 個人的に俺様キャラって苦手なんだよね……。


「早く事態が収束することを祈るばかりだね」

「そうですね」


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