狂気にとらわれた人 ー2ー
何事もないように告げられた言葉に血の気が引く。
なんて人、やっぱり最初から切り捨てるつもりでこの人に声をかけたんだ。
使用人の彼女もメイド長の発言に言葉を失ってしまっている。すっかり意気消沈して崩れこんだ彼女にメイド長が近づき、刃物を奪い取った。
「本当は手を汚すなんてことしたくなかったけど……あの子が想像以上に使えないから、私がやるしかないわね」
「ッ……そうなことをしていいのですか?裏切られた彼女がきっとメイド長のことを証言しますよ」
「バカな娘ね。彼女も殺すに決まっているでしょう。私はお嬢様とそこの使用人が揉み合った末に共倒れしたと言うふうに見せかけてここを去るわ。あぁ……これでようやく、ゴミが無くなるのね」
メイド長はゆっくり私に近づく。
私はありったけの魔力を込めて、彼女に向かって放った。
大きな火球は、ドカンと音を立てて天井へあたる。メイド長は、突然の私の反撃に驚いて尻餅をついた。彼女の髪が少し焦げている。
(外した――!)
「ッ、まさか、お嬢様がこんなに強い魔法を放てるとは思いませんでした。しかし残念、それは私に当たらずにいます。そしてお嬢様は疲れ切って次の魔法は打てそうにもありませんね」
メイド長はよろよろと立ち上がり、刃物を握りしめた。
彼女の言う通り、私は今自分にかけている緑魔法さえも解いてさっきの魔法を放ったのに、目論見と外れてしまった。
これ以上は魔力を練ることができない。
「無駄な抵抗は、余計な汚れを生みます。ゴミはゴミらしく、大人しく消えなさい」
メイド長の腕が、振り上げられる。
私は咄嗟に目を閉じた。
「キャァァァァァァァァ!!!!」
けれど次に聞こえたのはメイド長の悲鳴。
その声に驚いて思わず目を開けると、メイド長と使用人の彼女は目を覆いながら蹲っていた。
なに?なにが起こったの?
「お、お前ェェェ!今度は何をした?!め、目が――痛い!痛い!!」
よくわからないけど今がチャンスと思い、這いずりながら扉へと向かう。廊下の奥の方から、こちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。
「た、助けて!」
「――そこにいるのねッ!」
私が精一杯の声を上げると、メイド長が目を覆いながらも私を殺そうと刃物を振り回す。
がむしゃらに振り回される刃物の風圧を感じ、使用人の彼女が小さく悲鳴を上げた。
「どこッ?!どこにいるのッ?!早く、早く掃除しなくちゃ!!」
「ミラ!」
駆けつけてくれたのはアドミールだった。しかし彼の後ろにも公爵やマリオスそして数名の騎士達がいた。
扉の前に這いつくばっている私に、部屋の中で刃物を振り回すメイド長と怯える使用人。
あまりのカオス状態に一同は一瞬茫然としていたが、すぐに我に帰ったアドミールが私のことを抱え起こしてくれた。
「何をやっている!すぐにあの者たちを捕えよ!」
公爵の一喝により、騎士達が瞬時にメイド長らを拘束した。メイド長は突然押さえ込まれたのに対し、抵抗を試みていたが、公爵の怒号により大人しくなった。
「なぜ地下牢へ捕らえた使用人がここにいるのだ?監視はどうした?!」
「申し訳ございません!鍵が何者かに盗まれていたそうです!」
「おいおい……どういうことだ?なんでメイド長がこいつの部屋で刃物なんて振り回していたんだ?」
いまだ困惑しているマリオスがそう呟いた。
私は状況の説明をしようと口を開いたが、頬に少し痛みが走って顔が歪んでしまった。
「ミラ、無理に話そうとしなくていい。顔が酷く腫れている」
そうだ、私メイド長から平手打ちもくらってたわ。
「オーティス様……違うのです……私は、貴方様のために……アナタのことを……どうして、どうして……」
メイド長はぶつぶつと呟きながら連行されていった。
一緒にいた使用人の彼女も、静かに連行された。
「……なんだか最近、やなことばっかり起きてるな」
マリオスの言葉に、公爵が大きな溜め息をついた。
公爵は私に近づくと、悲しそうな目で見つめてきた。
「……ミラの傷を治療しよう。白魔術師を呼びなさい」
「父上、白魔術師は遠征の拠点に待機させてただろ?今から呼んだって、日が昇るぜ」
「年頃の娘が、こんな痛々しい怪我を負ったままでは可哀想ではないか……」
「…………まぁ、そうだけどよ」
どうやら私の顔は、あのマリオスが同情するくらいひどく腫れ上がっているらしい。
極度の緊張から解放されたからか、それとも限界以上の魔法を使って身体が疲れ切っているのかわからないが、感覚が鈍ってあまり痛いとは感じなかった。
私はそのままアドミールに抱えられたまま、別の部屋へと運び出され、そこで簡易的な治療を受けた。
公爵は今日はここで休めと告げた。
客間と思える場所は、広く豪華で内装も相まってミラの部屋とは大違いだ。
私がベットに横たわっても、なぜか公爵とアドミール、それにマリオスもすぐには出ていかなかった。
早く出ていけ……。と思いながらも、睡魔がすぐに襲いかかり、私はそのまま夢の中へと旅立った。




