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貴方の運命は、私 (メイド長視点)

今回のお話はメイド長視点となっております。

 


 あの人のため、私は必ず完璧に仕事をこなして見せる――。



 


 私がスカーレットレイク公爵家へ奉公するのが決まったのは、わずか13の時だった。


 父の事業が失敗し、没落寸前になった家。

 項垂れる父と泣き崩れる母。何も知らず、部屋の中を走り回って耳障りな声を上げて遊んでいる妹達。

 

 なんて無様な。


 長女だった私には、父から2つの選択を迫られた。

 1つは奉公に出ること。もう1つは、ヤンカープ家の援助をしてくれる人に嫁ぐことだった。

 後者の場合、私は父親と同じくらいの人に嫁ぐことになる。


(私が嫁がなくても、あと2、3年経てば妹たちが結婚すればいいのよ)


 私の選択肢は、もちろん奉公に出ることだ。

 

 スカーレットレイク公爵家に働いている人たちは、頭が固く視野の狭い者たちばかりではあったが、畏まった雰囲気には馴染みやすかった。

 仕事も簡単なものばかりで、むしろ実家で過ごしているときより実力も認められ、充実した日々を送っていた。

 不満な点を挙げるとするなら、私が稼いだ給金を家族に送付するのだけは嫌だった。この給金は全て私が頑張った成果なのに、どうしてあの落ちこぼれたちにも渡さなくてはならないのだろうか。

 ストレスが溜まったときには、わざとミスでもして損害賠償を受けて家族を困らせてやろうかと考えることもあったが、自身にも賠償が発生する以上、なんとか思いとどまった。


(縁を切ることができたらいいのだけど……)


 とにかく私にできる最大の嫌がらせは、家族が少しでも貧相な生活を送るために出世をしないことだった。


 


 けれどもそんなある日、私の人生が全て合点するようなことが起きた。

 私は、運命の人と出会ったのだ。

 

 オーティス・スカーレットレイク。

 当時17才の彼は、名門校アメシティーオーズ学園に入園していて、夏休みという長期休暇に帰省していたところに私と出会った。

 眉目秀麗で秀才な彼は、全人類すべての目を引くような人だった。

 

 今まで、こんな人に出会ったことがない。

 こんな気持ちになったことがない。

 あの人に――認められたい。


 強烈な感情が込み上げて、溢れ出た。

 私は、彼と出会うために生まれてきたに違いない。



 それからは、一定のラインで終えていた仕事をそれ以上やり遂げるようになった。一使用人の身分では、彼に話しかけるどころか目に留まることもない。

 一番いいのは、彼の直属のメイドになること。

 彼の身の回りのお世話をすることができるならどんなに幸せなことかと考えながら、とにかく評価されるために仕事に力を入れた。


 その甲斐あってか、私は彼直属の使用人として任命された。たまたま前任者が体調不良で離職し、席が空いたのも運が良かった。


 けれども任命されたからといって、彼にすぐにお近づきになれるわけでもない……。私にできることといえば、彼のお部屋の掃除とお茶を淹れることくらいだった。


 オーティス様が学園を卒業するまではどちらにせよ、一緒にいることはできない。しかし、次期当主としてすでに公爵家を継ぐことが決まっている彼ならば、卒業したらずっとこのお屋敷にいらっしゃる。

 そして彼が仕事に疲れたとき、私がお側に寄り添い温かな紅茶を淹れて優しく微笑んで差し上げるの。

 そうすれば彼は自分のことを見てくれる存在に気が付き、私のことをきっと愛してくれるに違いないわ。


 この考えが確信に変わったのは、オーティス様がどことなく物思いに耽る姿を見てからだった。

 普段から、彼は凛々しく真剣に彼の父親であるザガン様から与えられた仕事をこなしていたけれど、最近は心ここに在らずといった感じでボーッと外を眺めている時間が増えた。

 かと思えば、前なら滅多に見せなかった笑顔をふと浮かべるのだ。この変化には、私だけでなく他の者まで気付くほどであったから少し色めき立ったほどだ。


 私は当初、オーティス様の変化に少し嫌な予感を抱いていた。噂にもあったが、彼が学園で誰かに恋をしているのではないかと言われていたのだ。どう考えても彼の態度は、恋に悩む者の態度だったから。


 けれど私は、彼の意中の相手が学園の者ではないとすぐに気が付いた。


 ある日、私はいつものようにオーティス様に仕事の合間に飲んでいただくための紅茶を用意した。

 すると、彼は私の淹れた紅茶にはすぐに手をつけず、そわそわと体を微かに揺らして、ごほんと一度咳込むと少し恥ずかしそうにしながらこう言った。


「いつも……、ありがとう。その、美味しいお茶を淹れてくれて。お茶を飲むと、気持ちが和らぐ……から」


 そう言いながらも最後の方では、目を逸らしていた彼を見て私は衝撃とともに果てしない喜びを感じた。


 オーティス様が……私にお礼を言ってくださった。

 今まで、そんなことを言われたことがない。

 たかがお茶を淹れたくらいで、そんな態度になるだろうか?他の使用人にも言ったところが見たことない。

 私にだけ……?

 私にだけそんな態度でお礼を言ってくださるのですか……?


 まさか、今までオーティス様が想い悩んでいたのは――私のこと?!


 この考えに辿り着いた時、私の世界は光で溢れ出した。そしてその感動のまま彼の胸に飛び込みたい衝動に駆られた。

 けれどもそんなはしたない姿を見せるわけにはいかず、冷静を保ちつつも若干の震えを声にのせたまま、光栄ですと伝えた。


 貴方の気持ちは伝わっております。

 けれども今はまだ、私は使用人なのだからきちんとわきまえなくてはいけない……。


 それからすぐに、オーティス様は学園へと戻ってしまった。

 お礼を言われた日から、特に会話をすることはなかったけれど、私は彼のあたたかな愛情をきちんと感じ取っていた。

 それに加え、下の者たちがオーティス様が思い慕うお相手はどこの誰だと騒ぎ立てるのを横目に、隠れてほくそ笑んでいた。


(あと一年経てば、オーティス様も学園をご卒業なされる。そのときになったら、私は彼に求婚されるんだわ)


 

 


 …………………………。

 …………………………………………。

 ……そう思っていたのに、それは見事に打ち砕かれた。


 

 一年間、私は彼の卒業まで待って、そしてその後に伝えられるだろうオーティス様からの求婚を心待ちにしていたのに、あれ以来お礼を言われるどころか、話しかけられもしなかった。

 何かがおかしいと考え始めた頃、オーティス様が幸せそうな顔で一人の女性を公爵家に連れてきた。


 その女の名前は、テイラー・パガニン。

 オーティス様の隣に当たり前のように立って笑う彼女は、能無しの妹達を見ているみたいだった。

 見ているだけで腹立つ彼女を幸せそうに見つめるオーティス様。そして彼は次の瞬間、衝撃的な事を口にした。


「――彼女は、私の婚約者だ」


 それを聞いた使用人たちは、かすかに息を呑んでいてけれども彼らを祝福するかのように拍手した。

 そしてその話を聞いた当時の公爵家当主は、満足そうに頷いて、2人に中に入るように勧めた。


(すでに、ザガン様に話を通している――!)


 それから私は、聞きたくもない話を聞かされながら幸せそうに2人並んで座っている彼らの背中を眺めていた。

 いつの間にか誰もいなくなっても、私はその部屋にずっと立ち尽くして、なんとか状況を理解しようと考え続けた。


 ――遠くから、お似合いだのなんだの話している使用人たちの会話が、ひどく耳障りだった。


(オーティス様が、私を好きだったのは間違いない……なのに、あの女を選んだということは――)


 魅了、洗脳……あらゆる可能性を考えた。そして同時に、あの女への怒りが込み上げた。


(……私たちの仲を引き裂くなんて、ゆるさない、ゆるさない……ゆるさない)


 それから、私はどうにかしてオーティス様の正気を取り戻したくて試行錯誤した。人の精神を操るような魔法はないのかと、公爵家にあった本を人目を盗みながら読み漁ったり、一番可能性として高そうな紫魔法を扱う魔術師にも解決方法を聞いてみたりした。

 しかし結果はどれもダメであった。それならばせめて、洗脳であっても今幸せそうな彼を支える事を選んだのだ。


 いつかオーティス様が正気を取り戻したとき、今までのご自分に嫌悪感を抱くかもしれない。

 私に対しても、罪悪感で苛まれてしまうかも……。


 でも安心なさってください。私は、貴方のことを待ち続けていますから。

 むしろ、何もできない私をお許し下さい……。


 そうして月日が流れ、女は2人の男児を産んだ。

 その間に、私はメイド長まで上り詰めた。

 せめてオーティス様の近くで彼のことを見守るために。

 

 私は子供が産まれるたびにその顔を盗み見た。

 幸いにもどちらの赤子もオーティス様によく似ていて、女の面影は全くなかった。


(もし将来彼らが私の義理の息子になるとき、少しでも女の面影があったなら、私は憎さのあまり彼らを殺してしまっていたわ)


 けれどもその心配はなさそうで安心した。

 当初はオーティス様と憎き女との子どもというだけで嫌悪感を抱きそうではあったが、特にアドミールは若き頃のオーティス様に性格も瓜二つで、微笑ましさを感じていた。

 マリオスは活発な性格の部分に女の遺伝子を感じなくもなかったが、小さなオーティス様が無邪気に遊んでいる姿と思えば問題はなかった。

 彼に似ているのなら、私は愛情を注ぐことができる。


 そして、私が待ち望む日がようやく来た。

 テイラー・パガニンが流行病によって、病床に臥した。

 少し抗ったようだが、そのまま完治することなく死んでいった女に多くの者が涙を流していた。

 

 私も、他の人たちと同じように顔を手で覆い隠した。

 ――笑っていることがバレないようにするために。


(これでようやくオーティス様は私のことを見てくれるわ!)


 けれど、テイラー・パガニンが死んでからはオーティス様も日に日にやつれていった。

 あの女が残した呪縛は、未だにオーティス様を縛り付けている。いつまで経っても、憎らしい女。


 でも、最後には時間が解決してくれる。

 むしろ、今は私にとっては大チャンスだった。

 洗脳が解けなくとも傷心中の人には変わりがないのだから、ここであのときみたいに美味しい紅茶を淹れれば、オーティス様は昔のことを思い出してそしてそのときにはっきりと理解するの。

 アナタには私しかいないってことを。

 


 けれども、彼はまた私の期待を裏切る。

 それも最悪な形で。


 オーティス様が薄汚い子どもを連れ帰ってきた時、私はデジャヴを感じた。彼がテイラー・パガニンを私たちに紹介したときと同じだ。


「この子を、私の養子として迎え入れる」


 違っているのは、あの時は祝福していた使用人たちが今は彼の言葉に困惑していることだろうか。


 私は、オーティス様からの任された子どもの世話を下の者に任せた。

 風呂に入れられ、服装を整えられた子どもは、そっくりだとは言わずとも、あの女とどこか似ていた。きっとオーティス様も、そう感じたからこの子どもを連れ帰ってきたのだろう。


 心の底から、あの女への憎悪が湧き上がってくる。

 手に力が入り、持っていた雑巾をそのまま床に叩きつけた。


(憎い、憎い、憎い……!いつまで経ってもあの人の心を巣食うあの女がッ……!オーティス様もオーティス様だわ!どうして私を見てくれないの?!私のことを好きだったのに……!!)


 はっ、いけないわ。

 八つ当たりをしてしまうなんて……。



 

 ――――――これも全て、あの女のせいよ。あの女がオーティス様の目を曇らすようなことをしたから、いけないんだわ。

 一刻も早く、あの女のことを忘れさせなければならない。そうしなければ、あの女の亡霊は、いつまで経ってもオーティス様に纏わりつくつもりだ。そしたら彼はいつまでも、私のことを見てくれないのだ。


 あの女を思い出すようなものは全て排除しなければならない。言ってしまえば、もとから汚れのような存在だったのだ。そして今、消えかかっていた汚れが、またできてしまった。


「……待っててください。かならず、かならず消し去って見せます。私が、貴方の目を覚まして差し上げますから――!」


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