時、すでに遅し
『きゃぁ!何これ!青色の煙がッ』
「落ち着いてください。これは人体に無害です。吸っても問題ありません」
『ほ、本当だ、苦しくない。それに臭くもないぞ』
『でも、この外はどうなっているの?ここまで煙が来ているってことは……』
使用人達は、屋敷の中が今どうなっているのかを想像して青ざめた。ここまで大事になってしまったのは大変申し訳なく感じるのだが、私も被害者だ。
それに、こんなに煙が広まるとは思っていなかったのだが、一応手は打っていた。
私達が使用人を大広間に集め、事情を説明している間、アドミールがスカーレットレイクに仕えているという騎士達に、煙の発生源を見つけるように手配していた。
……けど未だ発見の報告がない。
「もうすぐ公爵様がご帰還なさるというのに、お屋敷がこんな状況では……」
誰かがそう言ったのが私の耳に入った。
そう、私もそれを恐れていた。これまでのことで、公爵が理不尽な言いがかりなどをつけて怒ってきたことはないが、流石に自分の家が煙まみれになっているところを見たら、驚くことは間違いないだろう。
チラッとアドミールの方を見ると、彼は誰かと会話をしていた。あんな人、今までいたか?と思っていたら、本の捜索を任せていた精鋭騎士の人らしい。
彼らの会話に聞き耳を立てると、青い煙のせいで視界が悪く、手元が見えないため探すことができないらしい。窓を開けて換気をしようにも、恐らく本から異常なほどの煙が出ているため、あまり意味がないらしい。
あれ?そんなにおまじないの威力が強いの?
こんな状況が学園にもなったら……というか、他の家でもなったら結構問題になると思うんだけど……。
すると、私達の近くにいたメイド長が歩きはじめ、1人のメイドの前に立って声を上げた。
「そこの貴方!先ほどから挙動不審ですが、どうなさいました?」
「え、……あ、あの」
「どうやら、この部屋から出たいみたいですね。どこか行きたい場所でもあるのですか?」
その声に気がついた人たちが、メイド長達に意識を向け始める。問い詰められている使用人は、周りの視線にオロオロとしながら、メイド長の言葉にたじろいている。
「何があった?」
「あ、あの、私ッ」
「アドミール様。この者が先ほどから、周囲の様子を伺いながら、この部屋から出ようとしていたのです。何か知っていることがあるのかもしれません」
「それは本当なのか?」
アドミールは、問い詰められている使用人にそう尋ねた。その使用人は、顔を青くしてカタカタと震えているだけで何も喋らない。
その態度を見て、メイド長はさらに厳しい言葉を投げかけた。
「謝罪はよろしい!いいから早く、持ち出した本のありかを言いなさ――」
「ミラ!アドミール!無事なのか?!」
騒然とする中、大広間の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。煙の中飛び出してきたのは慌てた様子の公爵と次男のマリオスだった。
「父上……」
「なんだこの騒ぎは!外にまで見たことのない色の煙が出ていたぞ、なぜ屋敷がこんなことになっているのだ!」
「オ、オーティス様……私からご説明を、」
公爵に事情を説明しようと、メイド長が前のめりに彼に近づいた。しかしそんな彼女をアドミールが制した。
「父上、事情は私の方から説明致します。その前に、私たちは問題ありません。あの青い煙も、人体に害はないそうです」
アドミールがそう言うと、公爵は深い息を吐いた。
ところで、さっきメイド長が彼に言っていた「オーティス」って、もしかして公爵の名前なんだろうか。
「アドミール様!見つかりました!」
廊下の奥の方から、アドミールを呼ぶ声が聞こえた。どうやら、騎士が学園の本を見つけてくれたらしい。しかし、煙が出続けているため、大広間に入ってこれないみたいだ。
どちらにせよ、私がまじないを抑える呪文を本にかけなければいけないのだから、私が行くしかない。
害がないから躊躇なく入ることができるけど、こう見ると青い煙って……結構毒々しい。
「ミラ、視界が悪いから足元に気をつけるんだ」
「はい、アドミール様」
私は、煙の中、本を見つけてくれた騎士に声をかけてもらいながら本のもとに辿り着いた。
呪文を唱えれば、本は淡く光って煙が出なくなった……と思う。すでに煙だらけなのだからよくわからないんだけども。
この煙はもはや窓を開けて外に出すしかない。
とりあえず、もうこれ以上煙が発生することはないと皆に伝え、この事件に関わりがありそうな者だけをアドミールと公爵が取り調べることになった。
多くの使用人達はいまだ困惑気味ではあったが、今回の件に関係ないと思われる多くの人々は、アドミールが号令をかけて煙の処理に取り掛からせていた。
なんだか……あまりに怒涛な展開すぎて、自分でも追いついていない。今回については、本当に本のありかだけを探るつもりで、みんなを集めたのは避難をさせるためだった。
メイド長の発言により犯人と思わしき人はいたけれど、あれはメイド長の激しい問い詰めにたじろいでいたようにも見える。
(本当に彼女が犯人なのだろうか……)
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私の疑問は、結局のところ杞憂となった。
メイド長から問い詰められていた使用人は、自身が本を持ち出した犯人であると自白したらしい。動機についてはまだ詳しくわからないらしいが、それも今後の調査により明らかにすると、次の日アドミールから教えられた。
「その人の様子はどうですか?」
「酷く憔悴していて、正直話が出来ない。だが、どちらにせよすぐに処罰は下るだろう」
「…………」
ここでの処罰って……私の前世と比べてどのくらい厳しいんだろうか。
「ちなみになんですけど、人の物を盗んだらどのくらい罪が重いのですか?」
「物盗りだけで考えるなら、回数などにもよるが身体刑が処される。王族や皇族相手ならすぐに死刑だ」
「…………ヘェ〜そうなんですね〜。例えば泥棒さんが貴族だったとしても同じくらいの処罰って下されたりします?」
「身分が高い者は、国家反逆罪といった重罪を犯さない限りたいていは賠償金を支払って終わりだ」
チッ、そうなのか。さっきからこちらの様子をちらちらと窺っている、マリオスとかいう性悪次男坊を痛めつけるいい機会だと思ったのに。
忘れもしない。あいつは、夏休み当初私が公爵家に初めて来たとき、ムカつくドヤ顔に加え見下し態度で、堂々とミラの部屋から彼女の私物を片付けた宣言をしていた。
あれだって、立派な物盗りだ。
でも、彼の件についてはそもそも何が盗られたのか私がわからないから、問い詰めようにも問い詰められないんだけどさ。
けれど、今回のことで、彼の内心はヒヤヒヤしているんじゃない?今まで何しても行動を起こさなかった義理の妹が、突然声を上げるようになったんだもん。
彼の前科とか知らないけど、あの態度をみるなり多分前からミラに嫌がらせをしていただろうし。
「……もうすぐ、ミラの夏休みも終わってしまうな」
「え?あぁ、そう言えばそうですね」
夏休みが終わったら、またペーシュ達にも会えるし魔法の勉強だって集中できる。公爵家に来てから、なんだかんだあっという間に時間が過ぎたけれど、あんまりいい思い出はないので、学園に早く戻りたい気持ちでいっぱいだ。
「あっちでは何か辛いことはないのか?前に、階段から落ちたと言っていたが……」
「あ、あれは事故なんで」
「次に何かあったら、すぐに私達に報せるんだ」
急にどうしたんだろう。
もしかして、今回の事件を見て、流石に可哀想だと思って言ってくれたのだろうか。
彼の言葉は嬉しいけど、正直その言葉はもっと前に……ミラが苦しんでいるときに言ってあげて欲しかった。そしたらゲームの中の彼女は、あそこまで自暴自棄になることもなかったのではないだろうか。
けれど、アドミールには感謝している。
彼の力がなければ、あそこまで迅速な解決には至らなかっただろう。
「アドミール様。この度はお力を貸して頂きましたこと、本当に感謝しています」
「前から思っていたのだが、私のことをそんなに堅苦しく呼ぶ必要はない。私たちは兄妹なのだから」
堅苦しいって、フルネームで敬称付けているわけではないんだけど……。
「ではなんとお呼びすれば……?」
「好きに“お兄様“と呼べばいい」
全然好きに呼ばせてないじゃん!
もしかしてアドミールって、思ったより気さくな人なの?距離感を一気に縮められた気がするんだけど……。
「それより、マリオスは先程から何をしているんだ?」
「げッ!?な、なんでもねぇよ!!」
アドミールが声を掛けると、マリオスは奇声を発してどこかへ去っていった。
あいつは一体何がしたいんだ。
マリオスの逃げ去る様子を内心鼻で笑いながら眺めていた私は、その時気が付かなかった。
恨めしく私を見つめているあの視線に……。




