油断ならない夏休み ー2ー
帰宅後、いつもの通りに本でも読もうかと部屋を見渡すと、今朝私が置いておいた場所から学生鞄がなくなっていた。朝、椅子の上に置いておいたはずの鞄は床に落ちていて、倒れた鞄の中から小物がいくつか散らばっていた。
あの中に学園から借りてきた本を入れておいたはず。
慌てて鞄を拾い上げて、中身を見てみる。
「ない……」
あの本たちだけは絶対に無くさないようにと、取り出したらここに戻すように心掛けていたのに。
念のため、机の下やその周り、ベットの上や下などを探してみたがやっぱりなかった。無論この部屋から持ち出したことは一度もない。
「誰かが持ち出した……?」
いや駄目だな、咄嗟に人を疑うのは。
でも自分が持ち出してもいないのに、この部屋から消失したということは、誰かが勝手に持って行ったとしか考えられない。実際にそれをやりそうな人たちについて心当たりがありすぎる。あの夕食会以来、一見使用人たちは私に対して礼儀を尽くすような態度をとっているが、それは公爵が怖いからである。決して私に忠義を尽くしているのではない。
それに、この部屋には使用人が出入りするようになった。夕食会以来、この部屋の掃除をしようと使用人たちが訪ねてくるようになったからだ。
はじめのうちは、他人が自分の部屋に好き勝手入って色々と触られても困るので丁重にお断りしていた。だってこの気まずい公爵家の中ではこの部屋だけが自分のテリトリーとして心落ち着く場所だから、ここの人間はできるだけこの部屋に入ってほしくなかった。
……なかったんだけど、部屋の掃除を断るとこちらが申し訳ないと思うくらい使用人たちの顔色が悪くなるので、根負けして私が部屋にいないときに掃除をして欲しいと頼んだ。
掃除の申し出をするのは若い使用人達ばかり。多分だけど、この前大量に使用人が解雇されてしまったからその空きを補充するために雇われた人達だと思う。それならばまだ、信用できるかなとも考えて、お願いすることにしたのだ。
部屋が掃除されるようになってから、以前は埃っぽかったこの部屋も、綺麗さっぱりになっていたのだけど……まさか本までなくなってしまうとは。
今日みたいに、私が留守にしているのを事前に知っていたら、部屋に入るのは造作もないだろう。人の目も気にしなくていいだろうし。
(ハァ、迂闊だったかな……)
やはりここの人間など信用するべきではなかったみたい。 ゴールドンさんは別として。
金目になりそうな物ではなくて、わざわざ学園から借りて来た本を持ち出すなんて完全に嫌がらせ目的としか考えられない。
なよなよと考えていても仕方がない。とりあえず今するべきことは本を見つけることだ。あの本だけは失くしたままにしては駄目だ。
本当は探さなくたって、時間が経てば本は見つかるだろう。これは楽観的思考ではなくて、確実に。
しかしそうなった場合、考えられるのは屋敷中の大混乱。その果てには公爵にありえないくらい叱咤される未来が待っているだろう。それは回避したい。
その事態を避けるには、やはり早めに本を見つけ出さなくてないけない。しかし私一人ではできることが限られる。
そうなると誰かの手を借りる必要があるけど…………、誰に頼るべきだろうか?
信用できそうな人と考えて、真っ先に頭に思い浮かんだのはゴールドンさんだった。しかし彼に協力を仰ぐのは難しいだろう。
彼がこの屋敷にやって来るのは週に2日ほどだ。
しかもどうやら、ここでは外仕事と中仕事をする人たちで完全に分けているらしく、ゴールドンさんは同じ仕事仲間以外の使用人とほとんど交流がないらしい。
屋敷中を捜索するには、室内で働く使用人たちの協力が不可欠となる。それならば、この屋敷で権力ある人に協力してもらうのが一番だ。
公爵は敵か味方かわからない。彼はそんな興味を私に抱いているのかすらわからないから。
次男は論外。あいつは露骨に私を嫌っている。
なら、長男のアドミールは?彼はあの夕食会の後、ほとんど何も食べていなかった私に、温かなスープを持ってきてくれた。普段は公爵と同じような仏頂面で何を考えているかわからないけど、あの時のことを考えれば少なくとも私を邪険に思っているわけではなさそうだ。
「賭けてみる、しかないか……」
早速部屋を出てアドミールを探しに行く。だが基本的には部屋に引きこもっていたため、どこに誰の部屋があるとかは全く知らない。部屋案内くらいだったら、使用人たちにも尋ねてもいいかもしれない。
「あの、すみません」
廊下を歩いて、一番最初に出会った女性に声をかけてみた。その人は髪を団子にしてまとめていて、丸いメガネをかけている。パッと見40代半ばといったところだろうか。声をかけた私に対して笑顔は見せず、ムッと口を閉じていて、なんだか気難しいそうな印象を受ける人だ。
スカーレットレイク公爵家ってなんでこんなに近寄りがたい人たちばかりなんだろう。
「何か御用でしょうか」
「えっと、アドミール様のお部屋はどちらでしょうか」
そう尋ねると、彼女は片方の眉毛を吊り上げて、いかにも不愉快ですといった表情をした。
なぜそんな顔をされなければならない。
「なぜあなたがアドミール様をお探しになられているのですか?」
「相談したいことがあるんです」
というか駄目なのか?私がアドミールを探すことが?
一応ミラとアドミールは兄妹という関係なのだが?
「それならば、まずはメイド長である私に申してください」
驚いた、目の前にいる人はメイド長なのか。メイド長が公爵令嬢をバカにするような態度をとっていたら、そりゃ他の使用人たちもミラのことをバカにするだろうな。
「嫌です」
「は、?」
この人に聞いたってまともな対応などしてくれないだろう。それがわかりきっているのに、わざわざこいつに頼み込むなんてそんな馬鹿なことをするわけがない。
「それでは」
「!?お、お待ちなさい!」
マルリーに見られていたら確実に怒られるであろう、廊下全力ダッシュ。
大体、私の部屋が一番隅っこにあるのが悪いと思う。明らかに遠ざけるためにあるようなものではないか。
アドミールがいる場所は次に出会った人から簡単に聞き出すことができた。その使用人は、私に話しかけられると思っていなかったのか声をかけただけで大げさなくらい驚いていたが、さっきのメイド長とは違ってこちらの質問に対して踏み込んでくることはなく素直に居所を答えてくれた。
普段のアドミールは公爵家が所有する領地の視察などに行っているらしく、家を空けることがよくあるみたいだけど今日は運がいいことにここ最近は公爵家で父親の仕事を手伝っているらしい。アドミールは多分次期公爵当主となるだろうから、仕事を教わったりしているのだろうか。
教えてもらった通りの部屋に着き、ノックをしようと拳を作る。
しかしふと、どうでもいいことを思いついてしまった。
(彼のことをなんて呼べばいいのだろうか……!?)




