私は誰?
朗らかに笑う彼を見て唐突にそう聞いてしまった。
突然そんなことを言われたゴールドンさんは、目をぱちくりと動かしている。しまった、こんな訳の分からない質問をするつもりなんてなかったのに。
「あ、ごめんなさ、」
「ありますよ」
急いで発言を撤回しようとしたとき、彼はあっけらかんとしてそう言った。思わず彼の顔を凝視すると、彼はにっこりと私に笑いかけた。
「私の場合は、若い頃を思い出して”なんであんなことしちまったんだ”ってよく頭を抱えますよ。最終的には自分じゃなくて別人がやったということにして忘れようとしたこともあります」
「それって……できましたか?」
「できませんでした。結局、過去の私も私ですからね。お嬢様にはないかもしれませんが、私は昔馬鹿なことをしてまして、過去の自分を消し去りたいとさえ考えていたこともありますよ。けれどそれも、時間がもっと経つ頃にはその過去があっての私だったと思うようになりました」
「……………………」
「お嬢様は、そう思うときがあるんですか?」
「え……?」
「ただの好奇心で尋ねたわけではないんでしょう?」
ゴールドンさんは、優しく微笑みながら私のことを見つめてくる。それだけで、彼が私のことを気遣ってくれているのがわかる。
でも、言えない。
私が、今の私がミラ・スカーレットレイクとしての自覚がないことが。
なんと言えばいい?
私は、ミラ・スカーレットレイクで合っている?
あなたの目には、私が誰として映っている?
「もし、もしですよ?お嬢様がご自分の身分のことで誰かに心にもないことを言われて悩まれているのなら……それはまったくの杞憂です。誰に何と言われようとも、お嬢様はこのスカーレットレイク公爵家のご令嬢です。誰にもそれを否定することは出来ないのですから」
黙ったまま俯いていた私に、ゴールドンさんがそう言った。どうして彼が突然、私を慰めるようなことを言ってきたのかわからなかった。
けれど、すぐに合点する。
きっと彼は、私が公爵令嬢として周りの人間から認められないことを嘆いているのだと思っているのだ。
私はよくわからない安堵と、少しの落胆を感じてそれを心の奥にしまった。私を慰めようとしてくれたゴールドンさんに感謝を告げて、その場を立ち去った。
自室に戻って、そのままベットに横たわった。
以前より埃の匂いはしなくなって、代わりにお日様の匂いがする。
なんだか今日は、心が落ち着かない。
今日、というよりはさっきのやりとりを経てなんだけど。
私って――誰?
ミラ・スカーレットレイクなのか、それとも前世の“私“、高橋奈々なのか。
ミラとしての自覚は、正直に言ってない。
前までは少しだけでも感じていたというのに。
それなら高橋奈々としての自我は?
それについては、ある。前よりもっと。
というか、魔法を使えるようになりたいと言ってはしゃいでいたのは、前世の私ではないか。
(つまり私って、自分がミラだと思い込んでいたってわけね)
実際にはこの世界では私がミラだから、思い込みってわけでもないけど……。正確に言うと、ミラの身体に”私”の魂が入り込んだような感じ。ゲーム内に登場したミラとは、別人ってわけだ。
そう考えると、今まで変に他人事のように思っていたわけにも、ミラとしての記憶がよく思い出せなかったことにも頷ける……というか、なんで思い至らなかったのかが不思議だ。
ややこしさに加えて、面倒くささまで感じてしまう。
さっきまでしんみりとした情緒だったのが、嘘みたいだ。
考えすぎたせいなのか、次第に瞼が重くなっていく。
このまま昼寝をしようと寝返りをうって、そのまま目を閉じた。
ーーそのとき、こつんと小さな音をたてて何かが床に転がった。
とても小さな物音だったためその音に気づかなかった私は、床に落ちた小さな黄色のガラス片に気が付くことはなかった。
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ーー
『完全に解離が始まったなぁ〜…………もう戻すことはできなさそうだ』




