公爵様とのご対面 ー2ー
言われたとおりに顔を上げる。
何故か公爵は悲しそうな表情をしていた。
「昨夜のことでお前を責めるつもりはない。……ただ、話を聞きたかっただけだ」
「そうですか……。しかし今の私では、話せることは何も……」
「……そうか」
公爵の姿は今まで威厳ある態度だったのに、急にくたびれてしまったようだ。顔を手のひらで覆い、俯いてしまっている。私の言い分が彼にとって頭を抱えるようなものであると自覚はしている。
しかし適当に嘘をつくわけにもいかない。
「話は、一先ず分かった。今日のところは部屋に戻りなさい」
「…………失礼いたします」
よくわからないけど見逃されたから良しとしよう。
部屋に戻って一息つく。万が一、ここから追い出されたらどうしようと思っていたが、その心配はなさそうでよかった。
(できることなら、学園には卒業までいたい)
魔法のことについて教わることができるから、ということもあるのだが一番大きな理由としては、学園で出会った友人達に会えなくなるのが嫌だ。反対に、卒業した後に私が冒険者になったら、たとえ彼らが遠い国に住んでいても私が会いに行こうとするだろう。
……もしかしたらマルリー達は王族だから簡単に顔を見せてもらえなくなるかも。なら尚更、彼らと心置きなく過ごせる今を大切にしたい。
それにしても、この家の人たちとはだいぶ気まずくなってしまったかもしれない。もともとの関係性もそこまで良くなかったとは思うんだけど、昨夜の長男の態度や今の状況からしてそこまで悪くもなかったのかも。どっちにしろ、今の状況では説明するのが難しいのは変わらないけど、もう少し言い回しを変えたほうがよかったかな……?
(……もういっか。ここまで来たら開き直っちゃえ)
「お、お嬢様……お部屋にいらっしゃいますか……?」
控えめがちなノック音と共に、部屋のドアの向こう側から声をかけられる。どこか緊張しているみたいな声色だ。
私は扉を開けずに返事をした。
「何の用ですか?」
「朝食の準備が整いました……。その、食堂に……」
げ、今この部屋に帰ってきたばっかりなのに……。
今は顔を合わせたくないな。
「お嬢様……?」
「貴方にはとても申し訳ないのだけれど、少し体調が悪いからしばらく私はこの部屋で食事をしたいと伝えてくれませんか?ただ安静にしていればいずれよくなると思うから、気にしないで欲しいとも」
「しょ、承知いたしました」
多少心苦しいが仕方ない。
苦い思いを呑みこんでまで、あんな食事はしたくないのだから。
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それからしばらくは、はじめに決意したとおり、なるべく部屋の中に閉じこもることにした。この部屋にもともとからあった本と図書室から借りてきた本を読み漁っていれば、時間なんてあっという間に過ぎていく。
授業がないから、昼過ぎまで寝ていることもあるけど……。
それでも偶にはタイミングを見計らって、公爵家の庭を散策したりはしているのだ。救護棟にいる私の主治医から、健康体でいるためには身体を動かせともいわれていたので、その約束を守るために。
すれ違う使用人たちは私を見かけるたびに、腫物に触れるように接してくる。アドミールやマリオスの姿を見かけたときは、すぐに物陰に身を隠すようにしている。こんな感じで、実家に帰ってきたとは到底思えないような過ごし方を送っていた。
ただ、学園で友人たちと楽しい日々を過ごしていたせいか、人と話せないということが少し辛いと感じるときがあった。しかしそんな悩みも、とある人のおかけで解消した。
「ミラお嬢様ーー!おはようございます!」
今日も日課としている散歩をしていると、遠くの方から声をかけられた。すでに聞き馴染んだ声だ。
その方向を見ると、思った通りの人がこちらに向かって大きく手を振りながら立っていた。急いでその人のもとへ向かう。
「おはようございますゴールドンさん。先週ぶりですね」
「おはようございますミラお嬢様。おや、また身長が伸びたようだ」
「また言ってる」
私に話しかけてくれた人の名前はゴールドン。この公爵家に長く勤めている庭師だ。彼はすでに還暦を迎えている人だが、力仕事を生業としているためか屈強な身体を持っていて、性格も活発でよく笑う人だからとても若々しい印象を受ける。この公爵家の使用人の中で、異質な存在である私に話しかけることができるのは、彼のその性格ゆえだろう。寂しい思いをしていた私にとって、とてもありがたい人である。
「いやぁ、本当ですよ。なんだか見るたびに目線が近づいているような気がするんです」
「そうですか?それならいいんだけどな……」
ゴールドンが公爵家に来るのは、週に2回ほどだ。彼が仕事に来る日が、夏休みを過ごす中で私が唯一楽しみにしている時間となる。
「そういえばミラお嬢様は、街とかに行かないんですか?」
「え?」
「いやぁ、年頃の女の子と言ったらよく街で買い物をしているイメージがありまして。公爵家のお嬢様ならお店の人から家の方に訪問することも多いと思いますが、街を練り歩くのが楽しいのだとよく娘や孫たちから聞くんでね。ミラお嬢様はどうですか?」
「うーん、そうですね……。前に学園の友人に誘われて街を歩いたときはとても楽しかったですよ」
「そりゃあいい。どちらへ行かれたのですか?」
「えぇっと、確か……」
ぺーシュに誘われて一緒に街へお買い物に行った日、彼女から行きたいと言われたお店を回った後は、この街にどんなお店が他にあるのかわからなくて、結局近くに見つけたカフェでお茶をすることにしたのだった。ぺーシュも、私と出会う前は友人と呼べる人がいなかったと言っていたから、きっとあまり詳しくはなかったのだろう。
(それ以前の記憶を思い起こそうとしてみたけど、やっぱり大したことはおもいだせなかったし……)
「その時は、私も友人もあまり街に詳しくなかったから、比較的学園に近い場所で買い物を済ませていました」
「それなら、今度はお嬢様がその方をご案内なさったら良いのではないでしょうか」
「え?」
「ご友人の出身はこの帝国ではないのでしょう?この街にはもっといろんな魅力がありますから、学園が長期休みの間にミラお嬢様がいろんな場所へ赴いて、お気に入りをご紹介なさったら、その方もお喜びになるのでは」
それは大変魅力的な提案に思えた。ぺーシュはもちろん、マルリーとアルノーたちとの交友関係をもっと深めていきたい。日ごろ体調を気遣ってくれるお礼と言って誘いに出すのもアリだろう。
いまは療養中という理由で魔法の練習も思うままにできない。夏休みという長い期間部屋に閉じこもって、本ばかり読んでいるというのもいい加減飽きてきた。しかもそれが公爵家の中なら尚更に気が滅入ってくる。
街を歩けば必然的に運動になるし、公爵やその息子たちの挙動を伺いながら忍び歩きにもならなくていい、最高の提案だ。
「とってもいい……!素敵な提案ですね!」
私の返答に、ゴールドンさんも嬉しそうに笑った。
「最近のお嬢様は、とても明るくなられました」
「え?」
「近頃の公爵家の雰囲気が少し変わった気がしましてね。使用人達の顔ぶれを見る限り、入れ替わりがあったようですし」
「あ、あはは……」
変わった、か。
確かにそうなんだろう。だって今の私は、以前の暗いと言われていた頃の私の記憶があんまりないから、心の中で思ったままの行動をしている。むしろ、以前の私が何を思って使用人たちからの嫌がらせに口をつぐんでいたのかわからない。
それに、この私が悪役令嬢ミラ・スカーレットレイクだなんてーーーーー、
………………自分がミラだなんて、どうしても思えないの。
「……申し訳ないです。気に障ってしまいましたか?」
「え?あ、違うの!その、私も以前より、随分自分が変わったなと思っていて……」
物思いに耽っていたら、私の気分を害してしまったと勘違いしたゴールドンがそう問いかけてきたので、慌てて否定する。断じて彼に対して怒っていたわけではない。ただ、私という存在がひどく曖昧な気がして――少し考えていただけだったのだ。
「あの、ゴールドンさん……。あなたは昔の自分に対して、自分じゃないって思ったことはありますか?」




