最悪の帰宅 ー3ー
人の食事に変なイタズラをするような終わっている奴らは、さらに最悪終わっていることに公爵たちから気付かれるような死角で私のことを嘲笑っている。
その最悪な人たちの中で、一番ムカついた奴を指差した。
「ねぇ、そこの貴方。こちらへ来てもらえる?」
呼ばれた本人は突然のことにぽかんとした表情をしていたが、私が「聞こえなかった?こっちに来て」と言うと、一瞬ムッとしたような顔になり、しかしここには公爵達もいるので貼り付けた笑顔を作って私のもとにきた。
「いかがなさいました?」
笑顔の下、突然の命令に不信感を抱いているのを感じ取れる。公爵を含め、他の人たちも私の行動に疑問を感じているようだ。
私は、呼びつけた使用人ではなく公爵の方に向かって話し始めた。
「実は皆様にお話ししていないことがありました……私、2ヶ月ほど前に階段から落ちてしまって……」
「なッ……!」
「幸いにも大したケガもなく、その後も問題なく学園生活を送れていたので今まで特に気にしておりませんでした。しかし、今回の夕食の味付けに異変を感じてしまって、もしかしたら後遺症があったのかもしれません」
私がわざとらしく憂いながら階段に落ちたことを話すと、公爵たちはとても驚いていた。
目の前の使用人も少なからず驚いているようだが、お前のことなどどうでもいいと言いたげな表情をしている。
「ミラよ、それは本当なのか……?」
「はい。でも後遺症に関してはもしかしたら気のせいかもしれないので、そこの貴方。私代わりにこれを食べてくださらない?」
「…………え、」
「私の味覚がおかしくなったのか、貴方がこれを食べて教えてほしいの」
「あ、あの…………」
途端に使用人は狼狽始めた。
私が彼女を選んだのに理由はない。別に誰でもよかったけど、誰よりも笑っていたから目についただけだ。
どんどんと顔色が悪くなっていく彼女の口に、乱雑に野菜を押し付ける。
「ッ……!」
「どう?美味しい?」
彼女は涙目になりながら、2、3回口を動かした後に飲み込んだみたいだ。ちゃんと噛まなければ、身体に悪いのに。
「……お、美味しい、ですッ」
「あら、本当?じゃあやっぱり私の味覚がおかしくなったのね。これも食べてみてくれる?」
次は皿の上に大きく残ったお肉。
断ろうとする使用人の口をガッと掴んで無理矢理押し込んだ。公爵が思わずといったように叱咤を飛ばしたが、私は止まらない。
「ちょっと大きかったかしら。でも大丈夫よ、とっても柔らかいお肉だからすぐに呑み込めるわ」
「……ぐッ、…………」
「どう?呑み込めた?」
「……ウ…………ぐ」
退室なんてしないように、使用人の腕は掴んでおく。
主人たちがいる手前吐き出すこともできずに、ただひたすらに噛み続けている。
「…………う、…………ぐ」
「噛めない?そうよね、ナイフですら切れない筋ばかりのお肉だったんですもの。添えられた野菜だって、味が濃過ぎて食べられたものじゃなかった。私、そんなものを“美味しい“って言うあなたの味覚がここでは普通なのかしら」
「なッ――!」
一緒に食事をしていた彼らは、私の発言にようやく言いたいことが伝わったのか、瞠目しながら私の方を見ている。
けれども私は彼らの方には一目もくれずに、とにかくここから退場したい一心で食事を終えることを告げた。
「いつの間にか私の料理がなくなっていました。ご馳走様です」
「お、おい、!待てよ?!」
「失礼します」
後方からアホの声が聞こえたけど無視した。
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あー、やっちゃったなぁー。
食堂を飛び出して、自室へと戻って来た。
そのままベットに勢いよく飛び込む。
…………埃がまってしまった。
しかし頭の中で、は先ほどの出来事についての反省会をしていた。
あの使用人の顔がムカついたってのと、ここ最近はペーシュやマルリーのおかげできちんと食事をとっていたから、空腹でイライラしちゃった……。でも、もうお腹は空いてない。
(みんなに会いたいなぁ……)
…………それにしても、以前の私っていつもこんな感じで使用人たちから嫌がらせを受けていたのかな。
うーん、と自分の境遇に頭を悩ませる。
すると頭の中ですらすらと思考が流れていく。
ゲームで彼女の生い立ちは知っていたつもりだったが、やっぱりそれも彼女の一部しか知れないものだったのね。
ただのゲームキャラクターだと思っていたのに、こう実際に体験してみると彼女に対してやるせない気持ちになる……。
てか、なんで私はミラになったんだろう。ただの転生ってやつなのかな。
今更これが夢だなんて思わない。痛覚や空腹だって感じるし、周りの人間も間違いなく生きている。
ゲームの世界ではなくて、これが現実…………。
――ってあれ?今の思考はおかしくない?
首を傾げる。
さっきのは、“私“?
「ミラ、起きているか?」
「え、は……はい」
控えめに扉が叩かれ、遠慮がちに話しかけられる。
その音につられて、上半身を起こした。
「……私だ、アドミールだ。ここを開けてもいいか?」
いや、誰?
わからないが、扉を開けるか了承を得てくれる人なので、悪い人ではないだろうと思ってこちらから開けた。
そこに立っていたのは、マリオスの向かいの席に座っていた寡黙な黒髪の青年だった。
長男の名前は、アドミールだったのか。
「どうされましたか……?」
「これを――夕食は、満足に食べられなかっただろう」
差し出されたのは、一皿のスープだった。
まだ温かいようで、ゆるやかに湯気がたっている。
「別の料理人に新しく作らせた。私が監視していたから、料理に細工はされていない。安心していい」
まさか、彼が私を気遣ってスープを用意してくれるなんて――という思いと、いや、もう食べ物はいらないですという思いが同時に沸き上がった。
けれども、せっかくの好意を無碍にすることは出来ずにそのままお皿を受け取ると、アドミールはじっと私を見つめてきた。
……もしかして、この場で飲めとは言わないよな。
立ったままになるけど……もう行ってくれないかな。
「あ、あの……」
「……夕食でのこと、今回調理を担当していた料理人と配膳を担当していた使用人全員に問い詰めた。父上がお前からも話を聞きたいと仰っていたが、今日はもう遅い。明日、執務室で待っているから支度ができたら来るといい」
「え?わ、わかりました」
それだけを言い残し、アドミールは暗い廊下の中を歩いて行った。
どうやら呼び出しを受けてしまったが、あんなことをしては当たり前かと思う。
とりあえず受け取ったスープは、もったいないので全部飲むことにした。ぺーシュたちの約束もあるし、食べ物を粗末にすることはいけないことだからね。




