夏休み、最悪の帰宅 ー1ー
一学期が終わり、今日から夏休みとなった。
アメシティオーズ学園の生徒たちは、長期休みになると自分の国へ帰省する。学生寮も立ち入り禁止となるのだ。
事情があり、帰省をしない人達のために用意された宿泊施設があるのだが、多くの生徒は自国に帰って家族に会うのだという。
どちらにせよ、夏休み中は学園の寮には入れない。
必要なものは持ち帰り、寮に置いておく荷物の中で触れてほしくないものや貴重なものは、部屋の中にある特別な金庫の中へ収容することが義務付けられている。金庫にしまうのを忘れた結果、何かがなくなったとしてもそれは生徒自身の責任となる。
そうは言っても、清掃業者の人たちもプロらしいので、無闇に触るようなことはせず、部屋の掃除をしていくだけなんだけどね。
私の友人たちはみんな実家に帰るため、一ヶ月ほどは会えなくなる。スカーレットレイク家はアメシティーオーズ学園のある、このオルデナ帝国の公爵家なので、私はすぐに実家に帰ることができる。
しかしペーシュは帝国から遠く離れた国の伯爵令嬢で、マルリーやアルノーは海の向こうにある国に帰るので、この夏休みの間に会いにいくのは困難だ。
寂しげに微笑んでいたペーシュは、旅路が長いため私より先に帰省してしまった。
「あら、あなたはまだ帰らないの?」
振り返ると、小さな鞄を持ったマルリーとアルノーが立っていた。彼女たちも故郷へ帰るのに時間がかかるため、私はてっきり、もっと前に学園を出ているかと思っていた。
「少し馬の様子を見ていたんだ」
「そういえば、夏休みの間は誰が見ていてくれるんですか?」
「先生達もいるし、この期間なら馬を管理してくれる人も来てくれるからね。心配はいらないよ」
「それなら安心ですね」
それから2人と少し会話をしていたが、彼らの御者が来てすぐに切り上げることになった。
「ではまた二学期で」
「せいぜい体力を増やしておくことね」
兄妹仲もすっかり改善されたようで何よりである。
そろそろ学園内の生徒は皆帰っていることだろうが、私は中庭のベンチに座って空を見上げていた。
正直に言って帰りたくない。
そう思う理由には、私の、前世の記憶にある“鐘“の設定の中にあった。
The sound of the bell――通称“鐘“に出てくる悪役令嬢、ミラ・スカーレットレイクは公爵令嬢という肩書きがあるが、実際は公爵家当主と血は繋がっていない。
ミラは養子だった。
道端に倒れていた幼い少女は、命が尽きかけていたその時、偶然近くを通りかかったスカーレットレイク公爵家の当主によって保護された。その少女はさらに運が良いことに、そのまま公爵家の養子として迎え入れられることになる。
けれども、公爵令嬢となった少女は周囲の人間から受け入れられることはなかった。
何故かミラを拾った本人である公爵だって、それ以来彼女に関わろうとしなかったし……。
そして公爵には2人の息子がいたが、長男との面識は少なく、次男は露骨にミラのことを嫌っていた。
そんな彼らの態度を見てか、公爵家に仕える使用人たちもミラのことを軽んじていた。これからそんな対応をされるってのに、よし帰ろうなんて思えない。
しかし、帰らないわけにもいかない。
ここで時間を潰しているわけだが、実は馬車の準備はできていた。御者の人に忘れ物があると言ってから一時間くらい経っている。
さすがにこれ以上時間待たせるのはよくないだろう。
とりあえず急いできました的な感じを装って、御者に話しかけると、うんざりとした表情を隠さずに対応された。
…………待たせた私が悪い、悪いがこの対応も嫌である。
馬車の中で揺られてから一時間も経たないうちに目的地に着いた。久しぶり、というよりは初めてここに訪れたというような新鮮さを感じる。
(庭とか広すぎて、テーマパークみたい……)
馬車は中庭を入って行かず、門の前で止まる。止まってしまったので私が馬車から降りると、そのまま御者は馬を引いてどこかへ行ってしまった。
玄関って……あれ、だよね?ここから普通に遠いんだけど……。
念のためと思って荷物をいろいろと詰め込んだので、鞄が少々重い。前よりは微かに体力は向上したかもしれないが、この身体はまだまだ健康体とは言えないので、普通にこれを持って歩くのが辛いところだ。
やっとの思いで屋敷の中に入ると、数名の使用人たちは私が帰ってきたことに気が付いた。しかし、そのままプイッと顔をそむいて自分の仕事に戻るのだった。
普通の令嬢なら怒り狂ってクビにするだろうけど……私としてはどうでもいい。もう慣れたことだし、他人事と思えるくらいには無関心でいられる。
彼らが私のことを公爵令嬢として敬わなくても、もうなんでもいい。
だが、できることならもう少しわかりにくくしてくれると助かる。傷つかないけど、これから夏休みが終わるまで、毎回こんな態度を取られていたらさすがに辟易する。
(早々に学園に戻りたくなってきた)
夏休みが始まってから一日目で学校始まらないかなと考える日が来るとは思わなかった。とりあえず、自室にでも閉じこもって時間が過ぎるのを待ったほうがよさそうだ。
(待って、私の部屋ってどこだっけ?)
『なんだ、帰ってきたのかよ』
突然上の方から声がして、そのまま顔を向ける。
二階の階段の手すりに体を預けて、私を見下しながらニヤニヤと嘲るような表情をこちらに向けている男性が立っていた。
「なかなか帰ってこないから、ようやく自分の立場を理解してこの家から出ていったと思ったのに」




