前代未聞の事例 (学園長視点)
今回の話は学園長視点となります。
今日は月がとても綺麗な日だ。
学園長室の窓辺から、うっすらと、しかし力強くも感じられる月明かりがこの暗い室内に微かな光をもたらしている。
しかし今の私にとってそれを呑気に楽しんでいるような時間はなく――むしろその月明かりが何かを警告してきているような妙な緊迫感を感じていた。
妙な、とは言ったが理由はわかっている。
学園の周辺を覆っていた簡易結界保護魔法。簡易と呼ばれてはいるが、その威力は決して弱いものではない。あれが発動している限りは、魔物が結界の中に侵入してくることなど絶対にあり得ないことだと考えられていた。
だが、今回の件でそれが私たちの慢心だったことを思い知らされた。
学園所有地である近隣の森の中で、ホワイトウルフが出現し、生徒と接敵をした――。
今までこんなことはなかったはずだ。そもそもなぜ、ホワイトウルフがこの帝国に出現したのだろうか。
ホワイトウルフは、ダダンナ大陸に主に生息する魔物である。ダダンナ大陸は、アメシティオーズ学園が設立されているオルデナ帝国から遠く離れた雪国で、この帝国に来るには海を渡る必要がある。
ホワイトウルフが自力で渡ってきたとは考えられない。船の荷物に紛れ込んだとしても……魔物が大人しくしているはずがない。そうなると可能性として高いのは、誰かが意図的に連れてきたということになる。
一体、何のために?
対峙した生徒のうちの一人、アルノー=イヴァン・カプール第二王子によれば、一緒に合宿に参加していたミラ・スカーレットレイク公爵令嬢が奴らを撃退したらしい。
とてつもない威力の魔法を彼女が放ったと言われたが、いまだに信じられない話ではある。
彼女のこれまでの実力は知っている。
いや、彼女がもしこの学園の優等生と同じくらいの実力を持っていたとしても……ホワイトウルフを討伐するには至らないだろう。あの魔物は、そこそこ手馴れの冒険者でも苦戦するような魔獣だ。
しかし、彼女がホワイトウルフを撃退したという話を信じなければ、こうして彼らが帰還してきてくれたことへの説明がつかなくなる。
アルノー=イヴァン・カプール第二王子の青魔法の結界にはこちらも目を見張るものがあるが、攻撃手段とはならない。
同じくその場にいたマルリー=ラザレヴァ・カプール王女は紫魔法を属性魔法としている。相手を弱体はできるが倒すまでにはいたらない。
そうなるとやはり、全ての属性魔法を扱えるという特異的な存在であるミラ・スカーレットレイク公爵令嬢が奴らを倒したと考えるのが妥当である。
そして同時に、かの公爵令嬢に対して疑問が出てくる。
何故その力を隠していたのか。
この場合、隠すという言葉が正しいのかわからない。
カプール第二王子は何か気になることを言っていた。
スカーレットレイク公爵令嬢は、体力を補強する緑属性の魔法を永続的に使用していたこと。そして倒れた彼女の身体が異様に軽かったこと。
本来彼女は、誰よりも多くの魔力量を持っていたのだ。
しかしそれを今まで発揮していなかったのは……いや、できなかったのは、既に強力な魔法を発動させていたため。
戦闘では敵を倒すために、自分または仲間の筋力や体力を増加させて戦うといった戦闘スタイルをよく見る。しかしその緑魔法を、いや魔法自体を日常的に発動させるなど多くの人はしないはずだ。
魔法の使用は続ければ続けるほど精神的にもひどく疲れるし、限界が来れば魔法の効果など簡単に切れてしまう、そういうものだ。
しかし彼女はそれをしていた。他の魔法が満足に使えなくなっても、自分の体力を偽ることを選んだのだ。このような選択を取らざるを得ないほど、彼女の身体には深刻な何かがあったのだろうか。
例えばそれが病気などではないとしたら……。
異常なまでに軽く、魔法で偽り続けなければいけないほど弱ってしまったその身体になった理由。
一つだけ、嫌な仮説がある。教育者としてはこの考えは何があっても否定されてほしいと願う事案だ。
(まさか彼女は、公爵家で虐待を……)
決めつけはいけないと何度も思いなおすが、やはり今の彼女の健康状態と出生について考えるとその考えが何度も浮かんでしまうのだ。
そろそろ彼女の容態を見ていた”彼”がここに来る頃だろう。彼からの話も聞いてみなければ……。
そしてもし彼が私と同じことを考え、それを告げてきたら――そのときは私は今一度冷静になる必要があるだろう。




