ここから出るために ー3ー
「……よく見たら、今の高橋さんは全然俺の娘に似てないな」
「…………ん?」
しばらく黙って座っていると、塩内さんは涙を拭いながら、私に向かって突然変なことを言い出した。
彼は真っ赤に腫れた目で笑っていた。
「身長も高くなって、しっかりして、その後ろ姿は娘の面影すらない全くの別人だ。俺がかつて憐んでいで見ていたミラともな」
「………………」
その言葉は、私のことをもう一度信じてくれるということでいいのだろうか。あれだけ必死になって家族に会える方法を探していたのに、いざ会えないとわかるとこんなにも簡単に諦めるなんて……。
(無理してるか、空元気か……)
「もう帰れないとなったら、俺の目標はどうしたって元に戻っちまうこの世界をどうにかすることだな。ミラが時間を巻き戻してるっていうならそれを止めさせないといけねえ。いい加減、この世界だって前に進みたいだろうし……」
「あ、あのっ、塩内さん、」
「やけに頭がスッキリとしてるんだ。まるで、俺の中で固執していた何かが綺麗さっぱりと取り除かれたようにな。それにさっきの話を聞いて、未練もさっぱりなくなった!」
彼は立ち上がり、周囲を見渡している。
どこか怪しい場所はないかとつぶやくその姿を見ていると、彼は本当に未練を断ち切って、思考を切り替えて現状の解決に視点を移したように見える。
私にはそれが彼のできる最後の防波堤のように見えた。
こう言ってしまうのもあれだが、強がり。
でも彼の中ではすでに悲嘆に暮れるのも、後悔をするのも無意味なのだろう。
「あ、おい高橋さん!こっちに怪しいもんがあるぞ!」
いつの間にか歩みを進めていた塩内さんが手を振って私を呼んでいる。私も思考を切り替えて、急いで彼の元に向かった。
「何かありましたか?」
「こんなもんが落ちてたんだ。何の変哲もない小瓶に見えるが……」
彼の手には、小さなガラス瓶が転がっていた。
中身のないそれは、私には見覚えのある物だった。
「これ、私がミラの魂を入れていた小瓶です。何でこんなところに……?」
「魂って、こんな物で保管できるのか?俺の目には何も入っていないように見えるが……」
「ガラスの小さなかけらのような物が入っていたんです。それが三つか四つか……。いや、確か全部くっついて一塊になっていたんだっけ……?」
「……?よくわからないが、ここに入っていた物が無くなっていたってことでいいんだな?」
何だか少し嫌な予感がする。
確か私があの小瓶を最後に手にしていたとき、火の玉は何と言っていたっけ……?
私は小瓶を手に取り、それを傾けてみる。
中身がないのだから、音が鳴ることはない。
小瓶には割れた様子はないし、普通に考えるなら蓋を開けて中身を取り出したんだろうけど、それはできなかったはずだ。
足元を見てみる。
それが落ちているような様子はない。
もしこの空間であのカケラを探し出せと言われたら、それは不可能に近いと思う。
「それ、どうするんだ?」
「……うーん、念のため持っていきます」
意味は無いとも思ったが、私はガラス瓶をポケットの中に入れた。今はまず、他にも何かないか探してみないと。
(……正直言って、この空間を彷徨うのは不安しかないけど)
「そういや、俺たちと一緒にここに入り込んだ他の生徒たちはどこに行ったんだ?外から見た時はそんなに広い場所には見えなかったんだけどなぁ」
「もう、理解の範疇を超え切ったところまできてますからね。これも幻覚なのか、もはや夢なのかもはやわかりません」
「あぁ、夢。あの嬢ちゃんたちもそんなこと言ってたな」
「え?誰ですか?」
「ほら、あそこで話している嬢ちゃんたちだよ」
塩内さんは私たちの後方を指さす。
そこには、巨像をどうにかしようと試行錯誤するペーシュたちの姿があった。彼らも彼らで、一先ず事態の解決に思考を切り替えたらしい。
……ここ、やっぱりぶち破って外に出られないかな。
「それか、ここから壁をつたうように歩いていけば外周がどのくらいかはわかるかな……」
「お、それいいかもな」
彼の賛成を得られたので、早速そんな感じで歩き出してみる。少し歩けば、ペーシュたちの声が届かなくなった。今私が手をついている透明な壁は、ヒヤリと冷たくて外の景色など何も映し出さない。
……これ、あの場所から離れても平気だったのかな?
せめて何か目印になる物でも置いておいたほうが良かったかもしれないと少し後悔し始めたとき、壁に置いていた手に違和感を感じた。
何か、冷たいものに手を掴まれるような感触がする。
「うわ、え?!」
「何だ?!」
突然の感触に鳥肌が立ち、慌てて手を離そうとした。
しかし、その手がまるで恋人繋ぎのように繋ぎ止められていて私の頭の中は真っ白になる。
「気持ち悪い!!」
どうにか引き離そうと腕をブンブンと振った。
けれども全く離れる様子がない。
別に壁の手が私のことをどうにかしようとしているわけではないのだが、パニックになった私はそれに気が付かなかった。
状況を察した塩内さんは、私の腕を一緒に引っ張り出そうとしてくれる。
……ゴキっと肩から変な音がした。
「おりゃあぁ!」
運真の力で後ろに引かれた私は、その勢いのまま床に尻餅をついた。壁からズルリと気味の悪い音がなって、“それ”が一緒に出てきた。
「……!」
それは人型の何かだった。
全身が灰色で、何かしらの液体に使っていたようにドロリとした何かを滴らせていた。
床に倒れ落ちたそれは、苦しそうな呻き声を上げながら床を這いずっている。
あまりのことに、急いで私たちはそれと距離をとった。
けれどもそれだけではダメだった。
「お、おい……高橋さん、あれを見てくれ……!」




