ここからでるために ー2ー
「つまり?ルナは私が塩内さんに話していなかった“鐘”の隠しルートのことを知っていて、しかもそれに深く関わりのあるセレナのことを私が“付き纏ってる”なんて表現したのが嘘をついているように見えたってことですか?」
「いや……、ルナが嘘ついてるって言っていたから……。ミラは俺たちにゲームを攻略されないように、本当に必要な情報を話していないんだって」
「はぁ……。確かに隠しルートについては私も知らなかったので責めることはできませんが……、後出しされた情報が全て正しいとも考えないでください……」
私がそう言うと、塩内さんは小さく縮こまりながら「すまん……」と謝った。ちょっとだけ調子が狂うなぁ……。
ほんの数十分前までは、彼は私の命を本気で狙ってきていたし、ルナと共謀していたのがいつからかは正確にはわからないけどその期間中は私のことを憎んでいただろうし……。
こんなにコロッと態度を変えられても、演技かもしれないと疑ってしまう。
(完全に信じなければいいから……)
「言い訳にしか聞こえないと思うが、最近どうも感情の制御が難しくなっていて……。ただただあの日の後悔が深まっていくばかりなんだ。それで目の前に解決策があると思うといてもたってもいられなくなってよぉ……」
……まぁ、塩内さんからしたらそうだろうね。
彼には帰りたい場所があるんだから、それ以外に望みなんてないだろうし。
でも、それなら尚更本当のことが言えないかもしれない。
私たちは、元の世界には戻れない。
一度死んで、魂が異世界に迷い込んでしまったのだから恐らく地球という星に還ることも難しいのだろう。
塩内さんは、二度と家族に会うことはできない。
(こんなことを伝えたら、彼はまた我を失って私に襲いかかってくるだろうか……)
「なぁ、高橋さんのほうはどうだ?あれから何かわかったことはあったか?」
「……!」
「だってあれだけミラにそっくりな像があったんだ。さすがにミラが無関係ってわけでもないんだろ?」
確かにこれまでのみんなの態度を見ていると、あの像は私にそっくりだからと驚いたり、敵対的になったりしていた。ここまで言われたら、自分ではそう見えなくてもそう認めるしかないのだろう。
それはともかくとして、彼の言っていることはなんだかんだ正しい。この世界の時間が巻き戻る原因は、ミラによるもの。ミラがあの火の玉に唆されて、自らの魂を代償に起こしたことだ。さて、これをどう説明するべきか。
(これを説明するにあたって避けて通れないのが、私たちの“転生”のこと)
あの火の玉は、ルナと私と塩内さんの魂は異世界から来た魂だと言っていた。それ以上何かを言及していたわけではないが、そもそも私たちが魂になっている時点で前の世界ではもう死んでるんだよね。だから、塩内さんのかつての仮説はここですでに破綻している。
悩みながら、彼の表情を見つめてみる。
「な、何か知ってることがあるのか?」
塩内さんは少し焦りながら、そう聞いてきた。
嘘をついたり、誤魔化してもいいけれど……それは後に悪影響しか及ぼさないだろう。
しかし真実を伝えたとき、彼の絶望はいかほどか。
それを今から私が与えなくてはならないのか。
「教えてくれ!もう、なんでもいいから……」
「……………………」
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結局私は、彼に全てを話した。
ミラのこと、高橋奈々としての本当の最期、魂の融合に世界のループ、あの不思議な火の玉のこと……。
できる限りわかりやすいように説明したつもりではある。
けれどもあまりにもスケールのでかい話に、ときおり塩内さんは思考が追いつかなくなることがあって、その度に私は彼を待っていた。
塩内さんが一番飲み込めていなかったのは、魂のことについてだった。
「…………俺たちの魂が、異世界に迷い込んだ?」
「はい、どうやらその際に私の魂は火の玉に目をつけられていいように使われていたようです。ルナや塩内さんは、」
「いやいやいや……、そこじゃないだろ問題は……」
彼は私の言葉を遮り、絶望したように頭を振った。
私の話を信じられないというその態度に、やはり話すべきではなかったのだろうかと考えてしまう。
しかし、いつかは知るべきことなのだろうから……と自分の心の中でつぶやいてそのまま説明を続けた。
「ここはゲームの世界ではなく、実際に存在する世界だったんです。そこに異世界の魂として迷い込んでしまった私たちは、間違いなく前の世界では死んでいます」
「………………」
「つまり、もう元の世界には戻れないんです」
塩内さんはずっと黙っている。
私はそんな彼の様子を、少し離れた場所から眺めていた。もしかしたらまた彼が豹変するんじゃないかって、疑ったためである。
もう10分くらいはそうしていたかもしれない。ずっとこうしているわけにもいかないが、今は待つべきだと考えた。
やがて、塩内さんが静かに口を開いた。
「……前に、俺は高橋さんに聞いたよな。この世界に来たときの……前の世界の日付を覚えているかって」
「え、……あ、そうでしたね。」
「そのとき聞いた日付がやけに近くてよお、咄嗟に全然時間が進んでねえって、俺馬鹿みたいに騒いでたよな……でも、そんなこともきっとなかったんだなぁ……」
塩内さんは頭を抱えながら、小さく蹲るように泣いていた。
もしかしたらだけど、彼も心のどこかではもう自分が家族の元に帰れないことをわかっていたのかもしれない。ずっとその不安に苛まれ続けながら、同じ世界を知る私と出会って……。
「輪廻転生……本当にあるんだな……。俺はどうして、“俺”の記憶を持ったまま転生しちまったんだ……、こんな、こんな……」
灰色の世界の中、大きな体を丸めて嘆く一人の男性がいる。
彼は私と違って、この世界に来たことが何よりも不幸になってしまった。
(………………)
私は、その男性にゆっくりと近付いた。
彼の深い悲しみに見合う言葉がわからなかったため、静かに隣に座ってその背中に手を添えた。
そんなことしか、できなかった。




