意味がないと、実はわかってる
さて、改めて目の前にある摩訶不思議な像を見てみるが……、
(……でっかすぎないか?)
三階建ての学生寮の屋上から見て、その像と目線が合うか合わないかの高さだったのだから、そりゃ地面の一から見上げれば当然なのだけれども。
規格外の大きさに、屋上で対面していたときよりも驚いてしまって緊張感がどこかへ飛んでいってしまった。
いや、正確にいうと恐ろしさなどは感じているのだが、ここまで高さに差があるともはや笑えてくる。これは、相手の巨大な力に絶望しているからなのだろうか。
霧が晴れてくれたおかげで、ようやくその像の全貌を見ることができるのだが、やっぱり自分の顔とそっくりだとは言えないような気がする。
「おい!やっと見つけたぞ!!」
すると後ろから怒鳴り声が聞こえ、反射的に体が跳ね上がる。もしや教師達に見つかってしまったのか——と少しだけビクビクしながら振り返ると、そこにはジーク・ギルシリこと塩内さんが立っていた。
「し、塩内さん?!無事だったんですね!今まで一体どこにいたんですか?」
巨像に意識は持っていかれていたけど、塩内さんを含めペーシュ達の安否が気になって仕方がなかった。でも、こうして彼がここにいるってことは、ペーシュ達もおそらく無事でいてくれているはず……、
「何とぼけたフリをしてるんだ……?全部お前の仕業のくせによぉ!」
「え、ッと……塩内さん?」
彼の姿を見て驚いてしまった。鈍い私は、ここでようやく彼が私に対して殺意を向けているということに気がついた。
一体どうしてそんな目で私のことを見てくるのだろうか。
「ど、どうしたんですか?」
「…………なあ、はやく俺をこの夢から醒ましてくれよ……。どうしたら俺を解放してくれる?どうしたら俺は家族の元へ帰れる?……いい加減、気がおかしくなりそうだ……」
塩内さんは項垂れながら、頭を片手でボリボリと掻きむしっていた。たまに呻き声を上げているし、正直言ってもうすでに気がおかしくなっていませんか?と言ってしまいたかったが、それを口に出すことはしなかった。
——だって、彼の右手には拳銃が握られていたから。
(…………武器の文明が急激に発展してませんかね?!!!)
けんじゅう……銃?!乙女ゲームの、魔法世界に拳銃?!
そんな武器ゲームには出てきませんでしたけど?!
いや……正確に言うとないこともないのだが、塩内さんの持っている銃は真っ黒に塗りつぶされたピストルだ。完全にそこだけ現代風の銃のデザインになっている。
「銃なんてどこで手に入れたんですか?!」
「……あの兄ちゃんがくれたんだ。お前さんを殺すのにぴったりな新しい武器を、俺に預けるって……これでこの後の行動の中で少しでも怪しいと思うことがあるなら、撃てって……!」
いやだから、その兄ちゃんが誰よ?!
もしかして、セレナ?いやでもあの人がこんな物を持っていたなんて……。
「……この銃は魔法が使えない科学者が作り出した最新の武器らしい。もしかしたら、その科学者にヒントを与えたのは俺だったのかもしれないな……」
「……?」
塩内さんは拳銃を撫でながら、意味不明なことを言った。
どう考えても正気ではない彼に握らせるものではない。どうにかしてそれを手放させたいけど……と考えている間に、塩内さんが拳銃を構え出した。
標的はおそらく私なんだろうけど、彼の腕が微かに震えていてきちんと定まっていないように見えた。
「……!待ってください、ここで撃つんですか?!ここには私以外の生徒もいるんですよ?!」
「……悪者が、一丁前に他人を気遣ってるのか?それとも俺を惑わすためか……?」
「んなバカなこと言わないでください!どう考えても事実ですよ!塩内さん、拳銃握ったことないでしょ?!」
「当たり前だろうが!!!!!!」
彼の咆哮が響いて、そして静まり返った。
私はその気迫に驚いて口を開いたまま、固まってしまった。
「あたりまえ、だろうが……俺は、俺はただの、大工を営む普通の人間だ。嫁と出会って、二人の娘に恵まれて……家族で笑い合うような“普通”の人間だったんだ……。それなのに、……ッそれなのに、どうしてこんな世界に迷い込んじまったんだ……!俺は今どこにいる?どうして俺はここにいる?どうしてここには家族がいない?何だ?何が起こっている?俺はどうしたらいいんだ?もう顔も曖昧なんだ……俺が曖昧なんだ、ぁ……助けてくれよぉ……」
塩内さんの瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
(……………………)
ずっと、彼の願いは“元の世界に帰ること”だった。
それは私にも話し続けてくれていたことだった。だから私がこの世界がゲームの中の世界だと言ったとき、塩内さんの中で縋るべき攻略方法がラスボスを倒すことになってしまったんだ。
でも、結局それは意味のないことだったのだとわかってしまった。だって私たちは、異世界に迷い込んだ魂だったのだから。
(私の、不用意な発言のせいで……)
塩内さんの切実な想いも、元の世界に帰られるかすらもわからなかったのに、私が変に希望を持たせるようなことを言ってしまったせいで塩内さんを苦しめてしまった。
……だが、彼の希望が潰えていると伝えてもいいのだろうか?
今ここで、元の世界に帰る方法はありませんと伝えたらどうなる?彼の手には、簡単に命を奪える道具が握られているのに……?
「なぁ、嬢ちゃんよ……」
「え、……あ、」
塩内さんの表情が見えなくなった。
こちらを睨んでいるのか、憐んでいるのか、笑っているのか——
「ごめんな、死んでくれ」




