胸が希望で溢れるとき、
「スカーレットレイク嬢、一体どちらへ?!」
部屋を飛び出して、少し迷ってから屋上へ向かう。
私の見間違えじゃなければ、窓から見えたあれは人の目だった。人の目……、あんな上空に?
こういうとき、一度立ち止まって状況を考えたほうがいいのかもしれない。それか、すぐに体を動かして何が起こったのかを見て確かめる。
私は少なくとも後者だ。
もう一度階段を駆け上がれば、数十分前に収まったはずの呼吸がまた乱れる。身体がズシリと重い気がするが、それは昨晩フカフカのベッドで休息をとっていなかったからだと思う。
そんな意味のないことを考えながら、寮の屋上に向かった。扉には、『立ち入り禁止』の張り紙が貼られている。
その言葉を見たときに一瞬だけ躊躇してしまったけれど、そんなこと気にしている場合ではないと扉を勢いよく開いた。
相変わらず、外は霧。
もしかしたらさっきよりも深くなっているかもしれない。
勢いにのってバッと駆け出したが、急に地面がなくなったらどうしようと冷静になって慎重な足取りになった。
……いや、おそらく塀や柵が設置されているとは思うけどね?
でも、こんなに視界が悪いのではさっき見た物を確認したくても出来ない。どうにか霧を晴らすことは出来ないだろうか。
これがもしただの霧だったら……風を起こして霧を晴らすとか?もしくは炎を出して空気を温める……、いっそのこと空気中を凍らせてしまう?などと手段がいくつかは思い付くけど……。
魔法でできた霧は、森の中で見た幻覚同様に術者を倒さなければ晴れることはないのかもしれない。
それか、白魔法を試してみるとか?
紫魔法の効果を消せるもう一つの方法だけれど、昨晩は相手との力量差があまりにもあるだろうからと無意識に除外していた方法だ。
でも今は……やってみる価値が完全にない、とは思えなかった。
それは相手がミラ・スカーレットレイクだとわかったから?
それとも“私”が相手だとわかったから?
ただ……、問題を挙げるとするならば。
紫魔法の弱体化を打ち消す魔法というものを、私はこれまでの練習で成功したことが少ない。というより、あまり練習したことがない。
いわゆる浄化魔法とは、そもそも相手が魔法に掛けられた状態で発揮される魔法だ。つまり魔法と魔法の掛け合い。アメシティーオーズ学園では、上級生から学ぶ魔法でもある。
ペーシュは簡単な浄化魔法なら使えるらしいが、基礎すらできていなかった私がそんな応用魔法をすぐに学べるはずもなく……大抵は普通の回復魔法を練習していた。
それに、もとより浄化魔法のイメージがあまり湧かない。
例えば眠気を覚ます魔法。カフェインを飲んだときか?とイメージしてみるが、眠いものは眠いという感覚の方が優ってしまって、あまり効いた覚えがなかった。
幻覚や目眩し……これについては時間が経たないと解決しないだろ、としか思えない。そもそも幻覚を治すって何?
これまで魔法のイメージとやらを苦戦したことがなかった私だが、最近は具体的にイメージしようとして上手くいかないことが多かった。だからといって漠然すぎると魔法は上手く作動しない。
……………………
……………………、
うーん……。
幻覚をなくすというよりは、『視界をクリアにする』と考えてみてもいいのかもしれない。
それこそ、そうだ。
霧の中で太陽の光が徐々に差し込む、朝のような感じ。
これから日の光が増して、気温が高くなっていくだろうなと予想した、あの光景……。
……………………、
………………ミラと出会ったあの浜辺。
あの場所は、強い光で満ちていた。
あの光……、私は何度も見たような気がする。
夢の中だけじゃない。私があのイカれメイド長に刺されそうになったときも、その光に触れたような気がする。
あとは……あとはどこでだっけ?
「スカーレットレイク嬢!危険で、キャァ!」
「な、なんだ?!この光は……」
不思議な感覚のまま祈るように手を合わせると、胸の奥からブワッと温かい何かが私の身体中を駆け巡っていくのを感じた。
目を開けると、私の周囲が真っ白になっていて心の底から驚いた。霧に呑まれてしまったのか、はたまたミラの場所に戻されてしまったのかと本気で考えてしまったくらいだ。
けれども後ろにいる先生たちが必死に私の名前を呼んでいて、眩しいって声を出していてこれは私が発している光なんだって理解した。
え、どうするこれ?それっぽく手とか掲げてみる?
ちょっと覚醒シーンっぽくないか?と場違いにも気分が高揚する。
…………でも、不思議。
今の私、霧を晴らすとかあまり考えていなかった。
どちらかというと、ミラに想いを馳せていた。
どうしてだろうと考えて、瞬時に私は何て馬鹿なんだろうって思った。
だって私のことを何度も助けてくれていたのが、ミラだったのだとようやく理解したから。私が命を狙われたとき、魂を狙われたとき、幾度となく白い光が光り出して私を助けてくれていた。
ようやく私もミラに想いを馳せるようになって、理解することができた。なんて、なんて遅すぎる……けど、
(私に諦めろって言っていたくせに、私が危険な目に遭ったら助け出そうとしていたなんて……諦めたくないのは、一体どっちだったんでしょうね?)
思わず、フッと笑ってしまった。
すると光の威力が微かに増したような気がする。
大丈夫、ミラ。
今度は私が貴方を助ける番だから。




