光に満ちた空間 ー4ー
そうだ、そう考えた方がしっくりくる。
私の目の前にいるミラは確かに全てを諦めかけている。
でも微かな希望を捨てきれていない。
だって、彼女が最初に死にかけた時に強く願ったのは「世界を滅ぼすこと」ではなかったから。
ミラが私に対して言っていたこと、それは全部自分に対しても言っていたんだ。
「セレナに剣で胸を貫かれたとき……ミラは何を思ったの?」
『…………痛い、かしら』
ミラは、少しだけ私から視線を逸らした。
「それなら、貴方の死に際に歓声を上げていた人達に対してはどう?」
『火の玉に取り込まれた私は、とても恨んでいたわ』
「今は貴方に聞いてる」
『………………もう何も思ってないわ』
「それは嘘ね」
目の前にいる少女のこめかみが、小さくピクリと動いた。
私が初めて見た、彼女の怒り。
「愛する人から斬り捨てられ、周囲は自分の死を喜んでいる。こんな状況になったら、世界を呪いたくなるのも当然。貴方がその前に何をしていようがね。でも、もとより貴方がルナに危害を加えたのは、セレナを取られるのが嫌だったからでしょう?彼だけしか自分のことを見てくれないと思っていたから」
『…………やめて』
「でも、セレナに何度も殺されて……それ以前にあのイカれメイド長からも何度か殺されているから、そんなループを繰り返して貴方の望みは当初よりどんどん変わっていった。世界を呪う方にね」
『………………』
「きっと火の玉は、それが狙いだった。貴方の望みが恨みに変わるまで、貴方は時間の巻き戻りによって辛い過去に留められ続けた。そして狙い通り、貴方は世界を恨んだ」
少女はもう、何も答えない。
ずっと俯いて、暗い表情をしているだけだ。
「……恨みに変わるまで貴方が抱いていた願いは——」
『やめて!!』
ミラは肩で息をするようにして、私を睨みつけている。
彼女の手は拳が作られおり、それはプルプルと震えていた。
『それを口にしないで。せっかく諦めることができたんだから』
「いいえ、諦められてない。もし完全に貴方が諦められているなら、どうして貴方は“あなた”から切り離されたの?」
『…………!』
「さっきも言ったけど……貴方が子守唄や海の色を気にしているのは、まだ諦めきれていないからよ。貴方は、誰かから愛されたかったの」
ミラは口をわななかせた後、ぎゅっと強く閉じた。
そして数秒経ってから、それを緩ませて息をもらす。
ゆっくりと上げられた彼女の顔には、いくつかの涙が流れていた。
『セレナが私に言ったの。何があっても、僕は君の味方だって。でも、一番最初に剣を向けたのは彼だったわ』
ミラの瞳からはとめどなく涙が溢れていく。
彼女はそれを拭うようなそぶりなど見せなかった。
『……お父様が私に言ったの、海を見に行こうって。水溜りや噴水よりも多くの水が集まる、雄大な景色が見られるからって』
でもその約束は、全部破られた。
セレナは最初からそんな気持ちなどなかったし、スカーレットレイク公爵はメイド長の進言などを信じて、ミラとの関わりを控えるようになってしまったから。
『あなたの記憶にあった子守唄……とっても優しい声だった。ずっとそんな声を聴いてみたかった……』
「………………」
ミラの声に震えなどはなかった。
けれど、どこまでも哀しそうな声だった。
『ナナ……もうやめましょう。これ以上希望や夢を見たって、辛いだけだわ』
涙を流したまま、ミラは私の手を掴む。
とても冷たい手だった。
私は、彼女の手を握り返した。
「……嫌。だって、私はここで大切な人と出会うことができたの。“私”のせいでその人たちを苦しめるわけにはいかない」
私がそう言うと、ミラはまた俯いた。
『そう……、あなたは私とは違うのね……』
「だから、ミラも会いに行こう。ミラのことを大切に想ってくれている人のもとに」
『いないわ、そんな人』
……これは本当にそう思っているらしい。
自分を愛してくれる人がいるわけないとわかっているのに、それでも誰かから愛されることを望んでしまうのは、確かに辛い。だから“私”も私のことを消したいと思っていたんだ。
でも、だからと言って簡単に消えてやらない。
だって私は、憧れがつまったこの世界に来ることができたんだから!
「それならミラ、私と約束しよう。私は絶対に、日常を取り戻してみせる。そしたらミラのことを誰よりも大切に想っている人のもとに、貴方を連れていく」
『……無理よ』
「それが無理なら、私たちは仲良く消えよう。どっちみち、私たちは二人合わせて一つの魂。どちらかが消えれば…………どうなるんだ?」
私がこう言うと、ミラは瞳をいっぱいに見開いたあとにクスリと笑った。
『どちらかが消えれば、私もナナも自我は保てなくなって時間と共に消えていくだけよ。だって私たちは自分から捨てられたカケラなんですもの。こうしてお互いが話せるだけ奇跡のようなものね』
そう考えると、魂って不思議。
そもそも私は、幽霊はあまり信じない方だった。
人は……全ての生物は死んだら“無”に還るものだと思っていたから、こうして私という自我が保たれていること自体が不思議でしょうがない。
(それに、よくわからないけど今この状況は私たちの魂が分裂して、残りものが融合していた?ってことらしいし)
『……想いは、強ければ強いほど残り続けるの』
「それなら、私たちが残ったのもそういうことなんだよ」
もう一度、私はミラの目をしっかりと見た。
ミラも私の顔を見つめた後、口元を緩めて眉を下げた。
とても幼い表情だった。
『今のあなたの顔、子どもみたいだわ』
「えっ……?!それはミラの方、」
『あなたのこと信じてみるわ』
あなたがそこまで言うなら、ね。
そう言ってミラが私を抱きしめた。ミラの体が少しずつ光り、そして私の身体の中へ入っていく。
“ミラ、これから私が言うことを憶えていて”
私の頭の中でミラの声が響く。
私の視界は白い光に包まれ、また周囲の景色が何も見えなくなった。




