光に満ちた空間 ー1ー
ただひたすらに、白い空間を歩いて行く。
何も見えないけど、目的地に近付いていることだけははっきりとわかった。
波の音はどんどん近くなるし、足の裏にはサラサラとした感覚を感じる。
以前は感じなかった感触だ。
私は浜辺を歩いている。
どうしてかはわからない。
どうしてこの空間は、海を映し出したのだろう。
歩けば歩くほど、歌の歌詞が鮮明になっていく。
その歌詞には聴き覚えがあった。
(子守唄……?)
誰が聞いてもわかる、聞き慣れたフレーズ。
そのたったワンフレーズを、やけにゆっくりとした曲調で繰り返し歌っているのだ。
(そこの歌詞しか知らないのかな?)
でも、波の音と子守唄が聴こえるこの空間……眠くなるってわけじゃないけど、すごく安心する。さっきまで、気味悪い変な生物と話していたからかな、心がどんどん穏やかな気持ちになってくる。
やがて、私の足が止まる。
見えないけどすぐにわかった。
私の目の前に、誰かがいる。
口を開いて、その人物に話しかけようとした。でも何を話せばいいのかわからなくて、結局黙ったままだった。
すると、真正面からクスッと小さな笑い声が聞こえた。
小さくて、随分と可愛らしい声だった。
「あなたは、誰?」
思わず出た言葉は、自分でも想定外のものだった。
そこに誰がいるかなんて、すでにわかっているのに。
目の前の人物も、そのことはわかっているようだ。
よりクスクスと声をあげて、私のことを笑っている。
いつもだったら、というかこれがセレナとかだったら腹が立って仕方がないけど、この子が笑っている分には全く方は思わない。……それどころか、少しだけ嬉しいと思ってしまう。
別に、私に被虐趣味があるわけじゃないけどね?!
相手は笑っているだけで、何も喋らない。
仕方がないから、足で少しだけ砂を蹴った。砂の感触がやけに柔らかくて気持ちがいい。
もう少し横にずれて前に進めば、海に入ることができるだろうか……と考え始めたとき、目の前の人物から息と整えるような音が聞こえた。
それと同時に、周囲の光が段々と弱まっていく。
弱まる……?私の目が光に慣れたと表現したほうが正しいのかもしれない。あんなに白くて何も見えなかった光景が、徐々に輪郭を帯び始める。
この空間で一等光を放つ存在は、太陽。
その太陽があまりにも眩しくて目を逸らすと、海が見えた。
(透明な、水)
海が広がっていたら、その表面は青く見えるはずなのにここの海はどこまでも透明な水で溢れていた。
綺麗な海や浅瀬のようにそこが見える場所でなら、透明な海という表現が出ることもある。でも、これはそういう次元じゃない。
透明ガラスが敷き詰められたような本当に何の色もない不思議な水が、海のような場所を形成しているのだ。
(水道水でここらの水を満たしたって言われても、ある意味信じてしまうかもしれない)
『水道水……?海ってこんな感じではないの?』
目の前の光景に対する素直な感想を心の中で述べていると、そんな声が聞こえた。
私は、周囲に移ろっていた視線を正面に戻してその人物を見る。私の予想通りのその人物は、濃い紫色の瞳をこちらに向けてじっと私を見つめていた。
「ミラ……」
私は、少しだけ視線を下に向けた。
そうしないと彼女と視線が合わないのだ。
ミラ・スカーレットレイクは……一学期までの私は、こんなに小さかったのね。正直言って、小学生と間違われても不思議ではない。
夏休みに入るまで、ペーシュが私とマルリーが並んでいるところを見てやけに頬を緩ませていたのはこういうことだったのか……。
『ねえ、教えて。海はこうではないの?』
ミラはやけに海について聞きたがっていた。
波の音まで完璧に再現できているのに、海の色を知らないってどういうことなんだろう。
『海は天気によって色が違く見えるのでしょう?青空の時は青、夕暮れはオレンジ、夜空の時は黒。それって、普段が透明だからなんでしょう?噴水の水のように』
うーん……もしかして、ミラは海を見たことがないのかな。そしたらどうやって海の色を説明したらいいのかな?そんな風に言われたら、海は青いって回答が間違っているような気もしてくる。
「……仮に私が、海は真緑とかいったらここは緑色になるのか……?」
『え?』
あ、しまった……本当に真緑色にされたらどうしよう。
綺麗な海辺が、突然スライムで汚染されたように見えちゃうかも。
けれどミラは、うーんと考え込んでいるだけで海の色を緑色にすることはなかった。その代わり、少しだけ落ち込んでいるようだった。
『やっぱり、一度は見に行きたかったわ』
ポツリと彼女がこぼしたこの言葉には、もうその願いは叶わないと諦めているように聞こえた。
『ナナ……高橋奈々。こうして会うのは久しぶりね』




