温かな光 ー2ー
「ん、うぅん……」
「お兄様!」
マルリー様の声に応えるように、アルノー様はゆっくりと瞼を開いた。その姿を確認したマルリー様は、嬉しそうに彼の頭に抱きつく。そしてすぐに我に帰ると、アルノー様のお顔の至る所を診ながら、異常がないかと確認し始めた。
とても忙しない動きをしているけれど、兄を心配していた何よりの証拠。
(良かった……)
私も目視でアルノー様のお姿を確認する。
開かれたアルノー様の瞳には、かげりがない。
先ほどまでの彼は、虚空を見つめているだけでこちらの声かけにも反応を示さなかったが、今は目に光が戻っている。
ここまで考えて、そうだと思い出す。
あの人はどうなったのかしら?
血塗られた剣の横に倒れていた、あの人。
もしあの空間で意識を奪われていたのだとしたら、それはアルノー様より危険な状態だったのでは……。
周囲を見渡す。
そういえば、ここは何処かしら?
先ほどまでの、処刑台が並ぶ悍ましい場所でもない。
何処かの洞窟の中でも、美しい庭園でもない。
廃教会でもない。
森の中、開けた場所にポツンと置き去りにされたような場所に私たちはいた。
「ペーシュ!ありがとう!!」
「きゃ、」
困惑する私に、マルリー様が抱きつかれる。
その感覚に懐かしさを覚えながらも、一体どうしてマルリー様が私に感謝をしているのだろうと思考を巡らせた。
けれどもその前に、マルリー様は潤ませた瞳で私を見上げながら笑顔でもう一度「ありがとう」と仰るのだった。
「さっきの光、ペーシュの白魔法でしょう?まさかあれほどの幻覚を打ち破るなんて……!おかげでお兄様の正気も取り戻せたし、あなたには感謝してもしきれないわ!」
「え、ええ?!あの光は私のものでは……」
「いやだわ、こんな状況で謙遜なんてしなくていいのよ。ペーシュったら、本当に女神様みたいで驚いてしまったわ!」
“女神様みたい”
その言葉に顔が熱くなるのを感じる。
いやでも、本当にあの光は私の力ではないのだ。
(誤解を解かなければ、女神様に失礼だわ……!)
しかし、あれが誰の力なのかは私もわからない。
すごく強い魔法の力だったし、マルリー様が女神様のようだと言っていたのも頷ける。
そういえば、ミラ様は……?
ハッとまたも周囲を見渡すが、ミラ様のお姿は見つけられず代わりにあの人のことを発見することはできた。
……まだ、倒れたままだ。
急いで容態を確認したが、やはりここでも目立った外傷は見当たらない。けれどもアルノー様のように意識は戻らず、眉を顰めて苦しそうにしている。
「うぅ、頭いてぇ……何が起こったんだ?」
そのすぐ近くで、ジーク・ギルシリ様が緩やかな動きで起き上がった。あ、そうだわ……この人に至っては、完全に忘れてしまっていたわ……。
「ギルシリ様、お怪我はございませんか?」
「あぁ……?いや、なさそうだが……ここは何処だ?」
「森の中、だと思います」
「森?幻覚の方か?それとも俺たちが最初に入った森か?」
確かにあんな幻覚を見せられては、ギルシリ様の疑問ももっともだ。
今見ている光景は果たして現実なのか、それとも幻覚なのかと私も疑問に思ったとき、マルリー様が口を開いた。
「……恐らく、私たちが入ってきた森ね。つまり現実よ」
「なら、俺たちはどうやって戻ってきた?」
「それはペーシュが魔法で助けてくれたのよ!」
「い、いいえ!あれは私では、」
「そこの嬢ちゃんが?なら、最初からそうしてくれれば良かったじゃないか」
「……………………」
ああ!マルリー様が見たこともない形相で、ギルシリ様を睨んでいるわ!
「私の力ではないのです!突然白魔法の光が周囲を包み込んで、気が付いたら私たちはここにいたのです!ギルシリ様、覚えてはいませんか?」
「そうだったか?」
ジーク・ギルシリ様は、首を傾げた。
……やっぱり、あの空間でさ男性の方々の意識が朦朧としていたようだわ。どうしてなのかしら……?
「ど、うやら……僕たちは夢を見せられていたようだね……」
後方から、アルノー様が声を上げる。
その声はまだお辛そうで、まだ本調子ではないことがすぐにわかる。
「お兄様……!まだ無理はしないで下さい!」
「いや、大丈夫だよマルリー。随分心配をかけたね……」
「ほ、本当ですわ……ッ!私とペーシュが何を言っても、お兄様はずっと処刑台に向かって行ってしまうし……私、ずっとお兄様に振り払われて……ッ!」
「……ごめんね」
アルノー様は、そっとマルリー様の頭を撫でた。
すっかり安心したマルリー様は、涙をボロボロと溢している。
「きっとあれは、誰かの悪夢に近い場所だったんだ。僕はそこで、自分の意識を乗っ取られていた」
「……夢。……そうですわね、そっちの方が幻覚よりもしっくりきますわ。だって、あんなにはっきりとした幻覚はやっぱり創り出せないもの……。私たちは最初から、夢を見せられていたんだわ。どうして思いつかなかったのかしら……」
「は?!あれが夢?!じゃあ俺たちは一体、何処から眠っていたんだ?」
お二人の会話に、ギルシリ様が声を上げる。
夢、あれが夢だったとは私も思えない。
でも、紫魔法の使い手であるマルリー様が納得しているのなら、そちらの方が可能性は高いということになる。マルリー様はずっと、あんなに明確な幻覚を創り出すことはできないと言い続けていたから。
「どこから、と聞かれるとはっきりと答えることはできない。けど、少なくとも廃教会を見つけた時点で僕たちは相手の術中に嵌っていたんだ」
アルノー様の発言に、私は内心で首を傾げた。
確か、ミラ様のお話ではアルノー様は前々からあの廃教会を見つけていたと仰っていたような……。もしあの廃教会を見つけていた時点で私たちが夢を見ていたのだというなら、アルノー様は森に入るたびに夢を見ていらしたのかしら……?
「それより、ここで長話はしない方がよさそうだ」
アルノー様の言葉に、今私たちは冬の森の中にいるのだと思い出した。もし私たちが、本当に眠らされていてこれまで夢を見ていたのだとすると、ここで目覚められたのがとても幸運なくらいだ。
「学園の方から、とてもいやなオーラを感じる」
「……え?」
アルノー様が、とても険しい表情でアメシティーオーズ学園の方角を見つめている。
「それは、本当ですか?」
「……うん。僕がこの場所で感じていた嫌な雰囲気があっちに移り変わっている。もしかしたら、元凶が移動したのかもしれない。だから、急いで戻らないと……」
「そのお体でですか?!今は安全なところに……」
「でも、どちらにしても学園に戻らないと僕たちは森の中を彷徨うことになる」
「!」
「お、お待ちください!」
マルリー様はグッと押し黙った。
その姿を見てアルノー様が学園へと駆け出そうとするが、私は慌てて彼を止める。
だってまだあの人は意識を失ったままだし、
それに何より……、
「ミラ様のお姿が見えないのです!!」
そう、まだミラ様が見つかっていない。
あの空間が夢だとするなら、ミラ様は一体どこへ?
だって、学園で私たちと一緒にいたのは間違いないもの。
ここは現実なのでしょう?それならどうして、隣にミラ様がいらっしゃらないの?
まさか、あの空間に囚われてしまった……?!




