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私たちの約束  (マルリー視点)

今回の話は、マルリー視点となります。

 

 休憩地点から少し離れた草むらまで走ってきた。そこは少し開けた場所で、近くにある小川から水が流れる音が聞こえてくる。

 とっても素敵な場所だけれど……今の私には景色を楽しむ余裕なんてなかった。


(きっと、アルノーお兄様はあの日の約束を憶えていないんだわ……)

 

 膝を抱えるように座り込む。

 とにかく今は、悲しくて悲しくてしかたがなかった。


 いつまでそうしていただろうか。

 たった数分だったかもしれないし、何時間も経っているかもしれない。気持ちが一向に晴れる気はしないが、ずっとここにいるわけにもいかない。もし私が長時間テントに戻らなかったら、何も知らない人たちは私が遭難したと考える可能性が高い。

 みんなに……ここまで協力をしてくれたミラにこれ以上迷惑をかけてはいられない。


 悲しみに暮れてはいたが、森の中を一人で彷徨うわけにはいかないとどこか冷静に考えている私がいた。だからそこまで遠くは行っていなかったはずーー。








 ガサッ………





「アルノー、お兄様……?」


 後方から物音がした。もしかしたらお兄様が私を探しにきてくれたのかと一瞬期待して、その物音に向かって声をかけた。

 

 しかし、草むらに隠れた影はいつまで経っても姿を現さず、それどころかよりいっそうガサガサと物音をたて始めた。お兄様ではない、そう思った瞬間、その物音に唸り声が加わった。


 ――人間ではない。


 身体を反射的に動かす。すると、大きな影が私の横を素早く横切った。

 さっきまで私がいた場所に大きな生き物が立っている。私を仕留められなかったことに腹を立てているようで、身体をグルッと反転させて私の方に顔を向けた。

 

 その姿を私は王宮の書庫にあった本で見たことがあった。 大きな体に、白い毛並み。鋭くとがった爪と牙を持った、その魔物の名はホワイトウルフ。


(な、なんでこんなところに、魔物がいるの!?)

 

「グルルルルルゥゥゥ……………………」

「キャアッ!!」


 今度は立ち上がって逃げようと足を踏み込んだら、そのまま滑って地面に伏せてしまった。


 頭上で風が走る。


 もし私が転んでいなかったら、間違いなくあの大きな口に噛まれて死んでいただろう。運よく2回も避けることができたが、次も避けれるかなんてわからない。

 

 今回の合宿訓練は私たち新入生向けの訓練のため、魔物の襲撃を想定するような訓練はない。なので、護身用の武器を所持していないのだ。現に私たちが今回の訓練場所に選んだ森は、アメシティオーズ学園の簡易保護魔法が掛けられている領域内だから、魔物はいないはずなのに……。


(私の魔法は相手を弱らせる魔法……。決してホワイトウルフを倒せるようなものではないわ)


 よろける足を叱咤して、ホワイトウルフとなんとか距離をとる。が、馬鹿なことに私が逃げ込んだ先が小川だった。


 逃げる方向を完全に間違えた。川はたいして深くはないが、私が入れば間違いなく足を取られる。しかし、ホワイトウルフなら川の中でも簡単に走ることができるだろう。

 周りには身を隠せそうな場所も、攻撃を防げそうなものも何もない。



 自分の命を守る手段が、ない。

 


 後ろを振り返ると、ホワイトウルフは低い姿勢になって唸り声をあげている。もう一度襲い掛かる気だ。


(わ、わたし、死ぬんだわ)


 心臓がドクドクと鳴っている。すべてがスローモーションに見えて、その先でホワイトウルフが駆けだすのを見た。

 

 ごめんなさい、お父様、お母様。

 優しい両親の顔が脳裏に浮かぶ。その笑顔を悲しみに沈めてしまうのが申し訳なく思った。

 そして、大好きなお兄様たちとの幸せだった思い出がよみがえる。野原で楽しく駆け回っていた私とアルノーお兄様。そしてそれを優しく見つめていたカルゼインお兄様。


 あぁ、どうしてこうなってしまったの……。


 いずれくる痛みを恐れて、目を閉じる。



 


 “ねぇ、マルリー。僕たちが兄上を支えようね。そして、兄上と一緒に、この国をより良くしていこう”



 



 


(しにたく、ない)


 



 

「ッマルリー!!!」


 大好きなアルノーお兄様の声が聞こえて、思わず目を開けた。

 すると目の前に大きな口を開けて止まっているホワイトウルフの姿が目に入る。鋭い牙が眼前にあって、思わず悲鳴を上げてしまった。


「マルリー!大丈夫だ、落ち着いて!」


 少し離れたところから、アルノーお兄様の声が聞こえた。ホワイトウルフは何が起こったのかわからないようで、さっきから虚空に噛みついている。

 私も何が起こったのかわからなかったが、よく目を凝らしてみると、私の周りに水色の薄い膜のようなものが貼ってある。

 これは、アルノーお兄様の防御魔法……。


「ギャッ!」


 私を取り囲む結界は、一度強く光るとその威力を増した。

 その光に驚いたのか、それとも魔法の威力の驚いたのかわからないけど、ホワイトウルフが短く鳴いて走り去っていく。


「大丈夫ですか!」


 ミラが私のもとまで駆け寄ってきた。

 まさか彼女も一緒に来てくれたなんて。

 アルノーお兄様は周辺を警戒するように辺りを見回していたが、私がお兄様を見ていることに気が付くと、ホッとした表情をして私のもとまで来てくれた。


「マルリー、ケガは?」

「あ、わ、わたくしなら大丈夫です」


 アルノーお兄様が差し伸べてくれた手のひらに、そっと自分の手をのせる。私を引っ張るその力強さに安心してしまい、今度は温かな涙が流れてきた。その姿を見たお兄様は、驚いて、すぐにバツが悪そうに頬を指で掻いた後に何かを言おうと口を動かした。


 ワオ――――ン…………。


 しかしそれは、音となる前にホワイトウルフの遠吠えによってかき消される。

 

「な、なに……?」

「あれは……!」


 ミラが声を上げた方向を見てみると、草むらの中から、ギラギラと無数に光る瞳を見つけた。


「まさかあれが全部、ホワイトウルフなのか?!」

「気を付けて来ます!」


 彼女の声に合わせて、アルノーお兄様が大きな結界を張る。その途端に私たちの周りを騒がしく嚙みついてくるホワイトウルフの姿に、アルノーお兄様の表情が険しくなる。


「クッ、さすがにこの数で一斉に攻撃されると……」

「ッ、弱体魔法をかけます!」


 少しでも攻撃の手を弱めようと、急いで紫魔法を発動させる。ホワイトウルフたちの周りに、紫色の光が浮かび上がりパラパラと降りかかる。若干の弱体化が見て取れたが、それでもお兄様の負担は変わらない。


「スカーレットレイク嬢!君は確か、5つの属性魔法をすべて使うことができると聞いた!力を貸してくれないか!?」

「え、あなたそうなの……?」


 普通、一人の人間が扱える属性魔法は一つだけ。

 武器がない私たちにとって、対抗手段となるのは魔法のみ。けれど、魔法単体で考えるなら攻撃につながるものは赤魔法だけである。

 だから、ミラの属性魔法が赤魔法であることを祈っていたけど……全部使えるって、そんなの聞いたことがない。

 

「確かに使えるけど、私の力では大した威力はでませんから多分倒せませんよ!」

「効果持続の高度魔法を使っているから、ッ、他の魔法の威力が落ちているんだ!1回その緑魔法を消して、赤魔法を使うことに集中すればいけるはず!」

「え?ど、どういうことですか?」

「いいから僕の言うことに合わせて!まず集中して自分の魔力を体内に取り込むイメージをしてみて。ゆっくりでいい」


 お兄様が必死にミラに声をかける。


(お願い……ッ!今はあなただけが頼りなの……ッ!)


 私は、心の中で彼女に願うしかなかった。

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