合宿訓練 ー4ー
心底うんざりした様子で、ご機嫌ナナメですと態度で示すアルノーに、次第に腹が立つ。
幼い子どものような駄々をこねる人には、少しお灸を据えてやろうかしら。
「……あの、先ほど言ってましたよね。ルナさんだけしか僕の気持ちを理解できなかったって。でもそれって不思議ではありませんか?」
「、なにが?」
「だって彼女は平民ですよ。しかも貴族としてのマナーもまだよく理解していない人です。そんな人が王族である貴方の苦労など何がわかるんでしょうか?」
「ルナは誰よりも優しい人だ。現に彼女は僕の考えていたことを見事に言い当てて見せた。そして最後に私ならあなたの気持ちがわかると言ってくれたんだ。それだけで十分だ」
「なら私も言い当てて見せましょう。貴方は信頼していた兄が急にいなくなって、突然自分が背負うことになった王位という責務と周りの意見に押しつぶされそうになっている。妹はそんな自分を置いていき、能力を伸ばし他人からも認められている。兄からの裏切りへの怒りと、妹への劣等感それが全てでしょう?わかりますよ、貴方の気持ち」
「ッ、君なんかがわかるはずがないだろ!」
このセリフは、もし私にゲームの記憶がなくても、彼らの話を聞いていれば少なからず同じことを言っていたと思う。誰がどう見ても、アルノーは責任感の重圧と劣等感とで押し潰されそうになっているとわかる。
もし私が、ゲームの主人公が彼に対していつも言っていたセリフを一言一句憶えていたら、彼の心を開けたかもしれない。
でも、それは意味がない。少なくともゲーム内の主人公は本心だったかもしれないが、今の私が行っても台本を読み上げているのと変わりないからだ。
ならば、今私が100パーセント思っていることをぶつけるしかない。
「そうです。わかりません。さっきのはすべて私の憶測です。さっきも言いましたが、身内とか思える人もいません。だからあなたたちのように、兄妹の絆とか関係性とかがあまりイメージが付かないんです。信頼していた兄が自分勝手な理由を残していなくなるのが、そんなに辛いことですか」
「つ、辛いどころじゃない!僕は本当に兄上を支えていこうと思っていたんだ。僕は、僕は兄上を尊敬していたんだ……!それなのに僕たちに相談を一つもしないで、自分が辛いと感じていた責務を押し付けて、自分だけ逃げるなんて……!」
「それほどまでに辛さを感じていながら、同じことをマルリーにするんですね」
「なッ、え……?」
「尊敬していた兄が、ろくに理由も話さず相談もせず、重い重い責務を自分に押し付けて逃げて行った。それがどのくらい辛かったのか残された自分が身をもって体験したのに、自分が辛いと思ったことを妹にも同じように体験させようとしている。それが今の貴方です」
「…………」
「貴方がマルリーを憎く思っているのなら、きっといい嫌がらせになると思います。2人の兄がいなくなって、もう自分しか残っていないのだから。両親そして国のために彼女は腹をくくるしかないでしょう」
私が”鐘”と言っていたゲームには、ハッピーエンドの他にノーマルバッドエンドというものがあった。ハッピーエンドに行くための特定のイベントをあえて無視することで見られるエンディングだ。
特定のイベントは、普通にプレイしていれば見落とすことはないから、本当にプレイヤーが意識的に無視をしないと辿り着けないのだ。一見普通にも思えるエンディングだけど、主人公と攻略対象の間に何かが足りなくて、ハッピーエンドよりは悔恨が残るようなエンディングだった。
アルノールートのノーマルバッドエンドでは、アルノーは王位継承権を捨て、主人公と一緒に平民として他国で暮らすことを選ぶ。しかし、マルリーが王女として君臨するその日、彼はその式を遠目から見ようと母国へ戻るのだ。
マルリーは王女として城のテラスから民衆に向けてほほ笑んでいた。
今思えば、その微笑みは普段の彼女を知った私からすると、慈愛でも何でもなくただの仮面を被っていただけではないかと思える。どことなく生気がない瞳と、変に大人びた表情がノーマルバッドエンドの意味だったのかもしれない。
私がこのエンディングに辿り着いたのは、ただの好奇心によるものだった。当時の私は深く考えなかったけど、今は最悪なエンディングだと思ってる。
「……そ、それなら僕は、その責務に押しつぶされても、いいと言うのか」
アルノーはいくらか勢いがそがれたようで、しどろもどろになっている。
マルリーに劣等感などを抱いているのは事実だが、彼女を苦しめたいとは思っていなかったようだ。そこまでに考えが至っていなかっただけで。
「別に、我慢しろとは言ってません。いや多少の辛抱などは何事においても必要ですが。私が言いたいことは、カルゼインという人と同じことをするなと言っているんです」
「兄上と……?」
「辛いなら辛いと、信頼できる人にまずは相談することです。知り合って間もない人とかはあなたの立場を考えて慎重になった方がいいと思います。貴方の事情をよく知っていて、あなたのことを想ってくれる人が、本当にいないんですか。それこそ、マルリーだけではないと思うんですけど」
「……いない。みんなマルリーの方がいいって」
「いやだから!もっと周りを見ろって言ってるの!」
とうとうアルノーの胸ぐらを掴んでしまった。こんな姿をマルリーに見られたら、多分殺される。でもそれを差し引いてもこいつの態度にそろそろキレそうだ。
「見極めなさいそんなの!そりゃ全員があんたの味方だなんて言ってないわよ!それでも知り合って間もない私が知ってる中で!すでに一人見落としてる人がいるんだから、他にもいるんじゃないのって言ってんの!視野を広げろ!っていうか、あんなに自分のことを想ってくれている身内がいるんだからありがたくお思いなさいよ!」
「グッ、ちょ」
ブンブンと怒りの勢いのまま彼を揺さぶっていたら、呻き声が聞こえたので手を離す。アルノーの顔色が悪くなっていたが、そんなことはお構いなしに私は言葉を止めなかった。
「本当に王になるのが無理だと思っているなら、国を傾けるだけだからマルリーに土下座でもして誠意を伝えるべきね。どうしても無理だから僕の代わりにお願いしますってね」
「そんなこと、言えるわけがない!」
「じゃあどうするの!あんたこれに近いことをもうマルリーに言ってるけど!?」
「あ、それは……」
もう一度胸ぐらを掴んでやろうかと腕を伸ばしかけたとき、遠くの方で微かに女性の悲鳴が聞こえた。
「今の声ッ、マルリー!?」
「え……!」




