合宿訓練 ー3ー
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(3日前)
唐突に始まった、マルリーによるスパルタ乗馬練習が10日目に突入したその日の放課後、私達は休憩という名のお喋りをしていた。
めんどくさい事に巻き込まれたとは思ったが、将来旅に出たいと考えている私にとって、馬に乗る機会はあるかもしれないのでマルリーの指導は有り難くもあった。
そう切り替えた私の態度に彼女も幾分か見ごたえある人として映ったのか、休憩の合間や練習が終わった後は雑談をするまでには仲が進展した。
それでも練習中の彼女は苛烈を極めているが。
「でも、本当に説得するだけでいけるんですか?」
「私の作戦にケチをつけるつもり?」
マルリーは少し睨みつけながら、私の顔を見た。不服と思っているのがありありとわかる。
初対面でも思ってはいたが、マルリーは喜怒哀楽が結構ハッキリとしている。それでも多くの人が集まるところや先生たちの前では、毅然とした態度なのだから流石王女様といった感じだ。
「……今は少しすれ違っているけれど、昔はとても仲が良かったのよ、私たち」
誰かに対して言ったわけではなく、まるで呟くようにマルリーは言葉を零した。彼女は遠いところを見つめて、何かに思いを馳せているような、少し寂しげな表情をしている。
「私たちにとって……青天の霹靂とでもいうようなことが起こったの。それから、私たちを取り巻く環境が一変に変わったわ。私たちの関係も徐々にね」
「…………」
「それでもはじめは、アルノーお兄様も私を頼ってくれたわ。だから、私も彼の期待に応えたいと思って、お兄様を支えたいと思ってこれまで以上に勉学などに励んできた。お兄様の負担を少しでも減らすために、自分が出来ることを考えながら……」
マルリーは、その大きな瞳を少し細めた。口もキュッと結んで、何かを堪えているみたいに見える。
こんな話を、私が聞いていいものなのか。
こういう時に何を言ったらいいのかわからない。
しかしその言葉も不要なのか、マルリーはただただ言葉を零していった。
「わたくしには、王太子としての責務がどれほど重荷であるのか、全てはわかりません。もちろん、お兄様の気持ちも。でも、あの日私たちは同じように悲しみに暮れたのです。その気持ちだけはわたくしにもわかります……。なのに、アルノーお兄様は忘れてしまったのかしら」
「…………」
「あ、い、嫌だわ、私ったら……。こんなこと言うつもりもなかったのに、つい……」
マルリーはかろうじて流れなかった涙を、手で払う。そして立ち上がると、休憩は終わりだと言った。
その姿はいつも通りの彼女である。
「私は国を背負う王族として、見過ごせないことがあるの。たとえルナさんがお兄様の心から愛する人であったとしても、王妃として相応しい人柄であるのかは別だわ。本人にその覚悟がないというのなら、お兄様から離れてもらわなくてはいけません」
その言葉を聞いたときに、ではアルノーも時期王として相応しい人格者なのかと疑問に思った。流石に言葉にすれば、彼女に殺されるかもしれないのでそんなことは言わないが。
それでもマルリーの横顔が優しく微笑んでいるのを見ると、何かそう思う理由があるのだろうと思った。
それに、アルノールートのハッピーエンドでは、確かに彼は賢王として君臨していた。君が隣にいてくれれば、僕は頑張ることができると主人公に言って。
ただし、今彼に寄り添っている“あの“ルナが本当にゲームの”心優しく前向きな主人公”なのか怪しい。
マルリーは、アルノーの王としての器を信じている。けれど、今は怪しい女性に誑かされていると考えているのだ。
それを王族という立場、そして彼の身内という立場も含めて、問題が起きないようにしたいと考えている、ということなのだろう。
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(現在)
その気持ちを知っている今、見て見ぬ振りをすることはできない。それに思い出してしまったのだ。アルノールートのもう一つのエンディングを。
「そんなに大きな声をだしていては、他の生徒も起きてしまいますよ」
「!、きみはスカーレットレイク公爵令嬢……」
「気付いておられるかもしれませんが、今回の私の合宿参加はマルリー様からのご指示です。ずっと私のことを不審そうに見ておられたでしょう?」
「はぁ、やっぱりか……今回の合宿は人数不足だから行かなくてもいいかと思っていたのに……」
アルノーは、ふてくされた子どものような態度を隠しもしない。いろいろと口論になって、今までの鬱憤を出してしまったせいだろうか。威厳もくそもない。
それに、今回の合宿が中止になればルナと一緒にいられると考えていたのだろう。ゲームで乗馬合宿などというイベントはなかったはずだから、そこでは中止になっていたのかもしれない。
「マルリー様から事情は聞いています。だいぶルナさんに傾倒されているようですね」
「それが何?そんなに悪いこと?もしかして君もルナを愚弄するのか?」
「私としては、彼女に何も感じることはありません」
今は、ね。
一応怪しいな~とは思っているけど。
「ですが、いろいろと噂は聞きます。マルリー様があの方を快く思っていない理由も単に妬みではないことも知っています」
「………………」
「学園では特に女性から遠巻きにされているようですね。その理由も、あなたなら知っているのでは?」
「……あぁ。よく知っているよ。君とは違って、彼女は優しいのによく誤解されるみたいだ。その噂もくだらない理由から始まったんだろうね」
アルノーは馬鹿にしたように笑って、私のことを見た。
確かにミラ・スカーレットレイクは学園の嫌われ者だ。その話も、アメシティオーズ学園の生徒ならもちろん知っているはずだ。
意趣返しのつもりか、そんなことを初めて話す相手に対しても言ってしまうのだから、彼は今、心の底からやさぐれているのだろう。
「ルナだけなんだッ……僕のことを理解してくれたのは……。僕に寄り添ってくれたのは……」
「本当に?」
「……は?」
「本当にルナさんだけですか?マルリー様は?あなたの妹はどうなんですか」
その言葉にアルノーは一瞬言葉を詰まらせた。しかし、すぐにフッと鼻で笑い出す。
「マルリーは……僕を越していった。王太子として、兄に劣るといつも呼ばれていた僕を横目に、彼女は優秀だった兄の生き写しだと言われているんだ。妹がそんな風に言われている中で、僕が彼女に悩みを相談するとでも?」
「そういうものなんですか?兄とか妹とかって。私は兄弟がいたことがないのでよくわかりません」
「それでよく僕たちに口を挟めたものだ。……あぁでも、いまならわかる。カルゼインお兄様が僕に責務を押し付けた気持ちがね」
そういえば、アルノーは周りからも優秀だと言われていたカルゼインという兄に対して、何が勝っていたのだろうか?やっぱり魔力量?
というか、年の離れた弟と妹を持っていた兄が、急に弟への劣等感から行方をくらますなんて考えられないようなことにも思えるんだけどな。カルゼインというキャラはゲームでは本当に名前くらいしか出てこなかったから、どんな性格なのかもわからない。だからここでいろいろと推測しても無駄なんだけど……。
「はぁ……。君、共犯ならさ、マルリーを連れ戻してきてくれないか。そしてこんなくだらないことはやめるんだと言ってくれ。意味がないってね」




