ミラという名の少女の物語 ー3ー
そうして始まった少女のやり直しは、彼女にとって最悪なものでした。“時間を巻き戻す”ということは、過ぎ去った辛い過去をもう一度やり直すということです。
養父には無視され、使用人たちには虐げられる孤独で寂しかったあの日々を、もう一度。
さらに、彼女にとって想定外のこともありました。
最初は16まで生きられたその命が、その歳になる前に落としてしまうことがあったことです。
体を丈夫にしようとして、必死にご飯を食べ続けていると毒が仕込まれることがありました。養父に認められようと彼に近づくと、何者かに殺されることもありました。
少女が生きようと必死にもがくと、その反動で大きな波が彼女を飲み込んでしまうように、容易くその命が奪われてしまうのです。
それに、何とか16歳まで生きられたとしても結局はセレナによって殺される。少女はルナを目の前にすると、どうも自分の感情を抑えることができないのです。
それならば……、と少女は考えました。
最初から、セレナを拒否しようと。
もう何度刺されたのかわからない心の臓。
その痛みが、彼への決別の手助けをしてくれました。
セレナを拒絶するようになると、少女に思わぬ幸運が起こりました。彼の婚約者でなくなると、アメシティーオーズ学園で受ける嫌がらせが軽くなるのです。
ときに苛烈を極めていたものが、陰口や嘲笑いで済みます。
何と嬉しいことでしょう。
(そうよ、最初からこうしていれば良かったんだわ……。…………最初、から………………)
少女は遠くから静かに、スカーレットレイク家の庭園を見つめていました。ここには、彼女が最も幸福だと感じた思い出が詰まっています。
彼女は出来る限りその場所には行かないようにして、もうその思い出を思い出さないようにしました。
ところでところで……セレナが少女の婚約者ではなくなり、アメシティーオーズ学園に来ないとなれば、ルナの恋はどうなるのでしょうか。
それはとっても簡単。彼女は新しい恋をして、また幸せそうに微笑んでいるだけでした。
(……………………“彼”じゃなくてもいいんじゃない)
だって彼女がセレナと恋に落ちたときは、私に対して罪悪感を抱きながらもこの出会いは運命だのなんなの下らぬことばかり言っていたのに。
時間を巻き戻すたびに、ルナは4人の殿方の間でランダムに恋をしていた。誰と恋仲になるかは、ほんの些細なきっかけで変わりました。
時間が巻き戻ると言っても、誰もが同じ行動をとるわけではありません。その瞬間その瞬間で気紛れを起こしたりして、後の展開が大きく変わることがしばしばありました。
しかし、少女の運命は変わりませんでした。
ルナを憎んだその結果、破滅を迎えるエンディングはずっとずっと同じでした。
仕方ありません、少女の行動が変わらなかったためです。
どうやら少女は、ルナを前にすると感情が抑えきれなくなるそうなのです。
少女は何度も自分の感情を抑えようとしましたが、それは叶いませんでした。彼女はそれが不思議でたまりませんでした。
『うん、そうだね。それが欠けた魂を持つ者の定めなんだよ』
魂が欠けた者は、それだけで他より不安定な存在になる。
そのような存在は冷静に物事を判断するよりも感情で動いてしまい、他の人からすると幼稚に思われることもある。
それを自覚するかしないかは、その人によって違う。
けれども自覚のある者の方が辛い思いをするのが事実だ。
ミラは、最初からルナに強い感情を持っていたため、魂が欠けることによってそれに歯止めが効かなくなった。時間を巻き戻し、その度に魂のカケラを失うと、歯止めはもっともっと効かなくなります。
クスクスクス……、火の玉は笑っておりました。
だって、“それ”はわかっていたのです。
時間を巻き戻しても、少女の運命は変わらないことに。
むしろ魂を代償にすることは、少女にとって最悪な未来を確実にすることに繋がります。少女はルナへの憎悪が抑えきれなくなり、その結果彼女に危害を加えてしまって最終的に処刑されてしまう……これが少女の絶対的で強固な運命となってしまったのです。
時間を巻き戻す度に、少女はいろんな人たちへの恨みが積み重なっていきます。自分を害する者全てが憎く見えます。世界が憎く見えます。
火の玉は、それを嬉しそうに眺めておりました。
ミラという名の少女は、最初から最後まで誰かから弄ばれて、最期を迎えるのです。
それが、彼女の物語でした。




