ミラという名の少女の物語 ー1ー
思い出して欲しいと言っておいてあれなんだけどね、実は僕も良く覚えていないんだよね。
ええっと、少し待ってね。
むかーし、むかーしあるところにそれはそれは麗しい青年がいて……ってこれは違うか。
あ、こっちだったかな?
むかーし、むかーしあるところに決して挫けぬ強い意志を持った少女が……ってこれも違うなぁ。
あ、そうだそうだ。
これだね、この記憶だったね。
昔々あるところに、5つの魔法を扱う特別な少女がいました。彼女の親は平民であったゆえ、彼女の価値がわからずに、ある日夜の闇に駆けて消えてしまいました。
一人残された少女は、街を彷徨い力尽き、最後の最後でスカーレットレイク公爵家の当主に拾われました。
人生一転、しかし彼女の運はそこで尽きてしまったのでしょうか。少女がようやく見つけたと思った新しい家族は、彼女を嫌い、無表情で見つめ、そして遠ざけました。
それがメイド長の仕業だとも知らずに、少女はまたひとりぼっちになってしまいました。
途方に暮れる彼女は、涙を溢しながら切に願います。
あぁ、私も誰かに愛されたい……と。
ひしひしと積もっていったその願いが小山になった頃、少女の目の前に王子様が現れました。
セレナ・オルディナリウス——。
彼は、少女が欲しかった言葉をいつも彼女に伝えました。
別れ際には、少女の前に跪いて彼女の手の甲に優しくキスをします。
やがて少女は、セレナを強く愛するようになります。
彼だけが自分を見てくれるのだと。
彼だけが自分を愛してくれるのだと。
私には、彼しかいないのだと。
セレナと出会ってから、その少女はどんな仕打ちにあっても懸命に耐え続けました。
たとえご飯が満足に食べられなくても、どれだけ陰口を言われても、どれだけ無視をされようとも、彼女には彼さえいればもはやどうでもよかったのです。
やがて、少女はセレナとずっとにいたいと願い始めます。
その気持ちが通じたのでしょうか。なんと彼は、少女に求婚しました。
「君のことを愛している。だから、僕の婚約者になって欲しい」
その言葉を聞いたとき、少女はかつてない幸福に包まれました。そして同時に思いました。この幸せを、次は絶対に手放さないようにしなければと。
やがて月日が経ち、少女はアメシティーオーズ学園に入学することになりました。彼女はそこでも変わらずに、周囲から虐げられていました。
始めこそ今までのように耐え続けていようと考えていた少女でしたが、学園に入学してからは以前のようにセレナと会えなくなりました。無理もありません、セレナは学園の生徒ではありませんでしたから。
それは、少しずつ少女の心に影を落としていきました。
それにいち早く気が付いた彼の王子様は、ここでこんな提案をします。
「来年、僕は留学生として身分を隠してアメシティーオーズ学園に編入するよ。一年だけしか在籍することはできないけど、その間は僕が絶対に君を守ってみせる」
あぁ、さすが私の王子様!
私のことをいつも見てくれて、こうやって守ってくれようとしてくれる!それがどんなに嬉しいことか!!
セレナは「一年だけしか」と申し訳なさそうにしていましたが、少女にとっては大変有り難いものです。彼女はますます彼を好きになりました。
その一年が、最悪な一年になるとも知らずに。
その言葉を支えにして時が経ち、彼女が心待ちにしていた春がやってきました。相変わらず周囲から馬鹿にされていた少女でしたが、彼女の耳にはその声は届かず、早く自由行動の時間にならないかとソワソワしていました。
学園の鐘が鳴りました。
ちょうど一年生の入学式が終わった頃に、少女は愛する彼の姿を見つけました。
おかしいのです。
少女は、セレナも自分のことを探していてくれていると思っていました。
それなのに、彼はよく知らぬ新入生と楽しそうに話しておりました。茶髪のショートヘアに翡翠の瞳。コロコロと鈴のように響く彼女の声が、少女にとってひどく耳障りでした。
楽しそうな話し声に、少女の怒りが爆発しそうになりました。その勢いのまま、その新入生に掴み掛かろうとしましたが、その前に新入生は笑顔のまま何処かへ去って行きました。
しかし彼女の怒りは収まらず、セレナを問い詰めます。
“あの子は一体誰なのですか?!”
“どうして彼女と話していたのです?!”
怒る少女に対してセレナは驚いたような表情をしましたが、そのあと笑ってこう言います。
迷子になっていたから、道案内をしてあげただけだよと。
それなら……という思いとどうしても許せないという気持ちが少女の心を占めています。
けれども、彼を信じなければいけないという気持ちがその場で多く占めたため、少女はそれ以上何も追及しませんでした。
しかし心の中では、彼女の中に確信が生まれました。
このまま私が何もしないままでは、私の幸せは魔法のように消えてしまう。
一度初めに彼女に訪れた幸福は、簡単に崩れ去ってしまいました。その経験があるからこそ、少女は強くこう思いました。幸せとは、自分が繋ぎ止めなければ簡単に消えてしまう儚いものなんだと。
ーーしかし少女は、同時に考えていることがありました。
セレナは自分を守ってくれると言ってくれるが、私が公爵家で虐げられていた時はどうして守ってくれなかったのだと。
小さな小さな疑問でしたので、彼女はそれを無視していました。烏滸がましいことだともわかっていましたし、何より彼にそんなことを伝えることで、彼が自分の元から去ってしまったらどうしようという気持ちが強かったからです。
少女は、セレナがいてくれればそれでよかったのです。




