思い出せ
黒い海の中に沈んでいるような感覚がする。
泳ぐことはおろか、指一本動かすことができない空間。
もしかしたら今の私には、“体”という概念すらないのかもしれない。
“私”という存在が飲み込まれないために、先ほどまで何があったのかと記憶を巡らせる。
そこでセレナが花壇荒らしというトンデモ行為に及んでいて、その直後に私の足元が崩れ落ちるような感覚がして気が付いたらここにいた……ということを思い出した。
うん、大丈夫。私はまだここにいる。
『——ようやく戻って来てくれたね。おかえりナナ。タカハシナナ』
目の前に、ボウッと青い炎が一つ浮かび上がった。
人魂って見たことないけど、こんな感じなのかなと呑気に考えていたら、その炎がゆらゆらと揺れながら、やけに響く声で喋り出したのだ。
驚いて声を上げそうになった——いや、多分上げてた。
けれどもそれは音とはならず、自分の中だけしかわからないものとなってしまった。
『君が目覚めちゃった時は少し面倒だなって思ったけど、こうして無事に戻って来てくれて良かったよ』
その炎はやけに嬉しそうに揺れていた。
なんだろう、こいつの喋り方がなんかセレナと似ていて腹が立つな。
『ようやくね、君の……君たちの願いが叶うときが来たよ。だから、最後のカケラを貰いたいんだ。君も腑抜けた夢から醒めて、自分の願いを思い出した頃だろう?』
……………………何を言っているんだ?
全く意味がわからないし、なんなら馬鹿にされたような気がする。“彼”の顔は見ることができないけど、もし見えていたら、それはそれは醜悪な表情をしていただろう。
“あなたは誰ですか?”
思わずそう問いかける。
相手に聞こえたかはわからないけど。
『……あれ?思い出してないの?おかしいなぁ、あんなに語りかけていてあげたのに、思い出せなかったなんて。最後に残ったカケラはポンコツだったのかな?』
は?!何こいつ、喧嘩売ってる?????
いやでも待て、やっぱりこいつの声、聞いたことある気がする。いつだっけ、どこでだっけ?
というか、私の“声”聞こえるんだ。
よく考えたら、私もこのよくわからん炎の声が聞こえているし、自分の姿がよく見えないだけで私も相手と同じ姿をしているのかもしれない。
『でもまぁ、覚えてないのも無理ないのかな。ナナの魂も何回か代償になっているから、言っちゃえば君は残り滓のようなものだもんね。残り滓と残り滓のブレンド?よく一人前の魂として今まで存在できてたね』
魂、代償、残り滓……?!
言われていることの意味が全くわからないけど、それがなんとなく良くないことを指していることはわかる。
私の魂、もしかして知らない間に悪用されてた?
“人の魂に何してるんですか?!”
『別に、大したことじゃないよ?ただ、ミラの魂はもう使えなくなっちゃったから、たまたま見つけた君の魂を使わせてもらっただけ。最初も君は、僕に了承してくれたし』
了承した記憶、全くないんですけど。
というかこの魂、何者なの?言っている意味はよくわからないけど、なんだか人智を超えたことしてるよね?
“……あなた、何者なの?!”
『さっきも聴いてたね、でもそれには応えられないな。僕もよく覚えてないから。でも、昔は魔王って呼ばれていた時もあった気がするよ』
魔王……?!
その言葉を聞いた時、純粋に彼の正体を知って驚いたというよりはセレナの仮説が合っていたことに衝撃を受けた。
え、じゃあつまり……私たちが迷い込んでいた空間——特に廃教会の部分は、魔王を復活させるために存在していたかつての場所だったってこと。そしてその記憶を元にあの空間を創り出したのは、目の前にある炎ーーいや、魔王自身!
“あんた、自分を復活させるためにあんな幻想を創り出したのね?!いや、復活したい願望があってあれを生み出したのか……?とにかく、かつて自分を崇めていた場所を思い出して甦られるなんて、どれだけ生にしがみついてるの?!”
『……?確かにあの教会部分は僕の記憶によって創り出されたものだけど、別にそのためじゃないよ。だって僕、あの教会嫌いだもん』
“………………???”
頭の中でハテナがたくさん浮かび上がる。
あれ、自分の復活を望んでいたからあの廃教会に思いを馳せていたわけじゃないの?
『君が考えていることはよくわからないけど、僕の目的はただ一つ。この世界の脅威になること』
脅威になること?
滅ぼすとかそういうのではなくて?
『でも、僕一人だけだとできることがあまりにも少な過ぎるんだ。見たとおり、僕には体がない魂だけの存在。どうしたらいいのか考え続けてようやく思いついたんだ。僕と似たような願いを持つ強い意志を持った人の力を借りようってね』
だからね、とその炎は言った。
『君も、思い出して欲しいんだ。彼女の記憶を』




