何もわからない (ペーシュ視点)
ミラ様が、暗い穴の中へ落ちていった……。
何が起きたのか、自分でもよくわからない。
確か、あの人が花を散らしていたから私はそれを止めようとして、マルリー様に止められて……それで……。
そうだ、女の子の悲鳴が聞こえたんだわ。
小さい女の子が泣き叫んでいるような声だった。
その声に驚いて周囲を見渡していたら、ミラ様が黒い何かに下から呑み込まれていくのが見えた。
私が駆け寄ったときには、ミラ様の姿も穴も見えなかった。
ただ、地面があるだけ。
「な、何が起こったの?!」
マルリー様が声を上げる。
ミラ様のことに気が付かれたのだと思ったけれど、どうやらそうではないようだった。
ガラガラと瓦礫が崩れる音が周囲から聞こえる。
先ほどまであんなに綺麗だった庭園は、今や見る影もない。
(あの人の言う通り、記憶が刺激されてここの空間が変わったんだわ……!)
私はとにかく、パニックになりかけた自分を押さえ込んで現状を理解しようと努める。このまま感情に流されたら、自分がこの空間に飲み込まれてしまいそうな気がする。
「……?!」
それでも少し怖くて目を瞑っていると、また女の子の声が聞こえた。その声があまりにも恐ろしい声だったので、思わず目を開けてしまう。
その瞬間、私の瞳は悍ましい光景を映してしまった。
『死ね!悪女が!』
『我が国の王子を殺した極悪人め!!』
『魔女を殺せ!』
『この国に災いをもたらした魔女に制裁を!!』
『なんと哀れな魂なのでしょう……』
『彼女にふさわしき贖罪を!』
顔もよく見えない黒い人影が、処刑台を取り囲んで口々にそう言っていた。それだけでも恐ろしいというのに、この光景がどの方角を向いても同じように繰り広げられている!!
絞首台、断頭台、火刑台……各国の処刑台がこの空間に存在している。そして各処刑台の後ろに見えるのは——お城。
そのお城の一つに、見覚えのある城があった。
(あれは、サラヴァン王国の……)
アルノー様のペンダント描かれていた、美しいお城。
しかしここから見えるそれは、まるで何かの襲撃を受けたかのように壁の一部が崩れ、煙が上がっていた。
どのお城も、そのような姿になっていた。
(先ほどの黒い人影の発言を顧みるに、この記憶の人は国を混乱をもたらした悪い人。そしてその人は、最終的に捕まって処刑されてしまった……、……?)
あら?でも、そうだとしたら……どうして処刑台がこんなにあるのかしら?これだとまるで、ここにある処刑方法を全て経験したみたい……。
もしかして、処刑される前に逃げ出したとかそんな感じかしら……?
……正直言って、私にはこれ以上何もわからない。
でも私の仮説が正しいのなら、この空間を創り出した人はとても恐ろしい人だったということ。
(早くここから抜け出して、ミラ様を見つけなければ!)
とにかく今は、皆さまに声をかけて次の行動を考えなければ。そう思い立ちあがろうとしたとき、手にコツンと何かが当たった。
「……!?」
そこに落ちていたのは、血のついた剣だった。
思わず自分の手を切ってしまったのかと思い、咄嗟に当ててしまった手を庇う。
しかし、私の手に傷はなかった。
……この剣、よく見たらあの人が持っていたものでは?
(どうして血が……)
その剣の先に目を向けると、そこにあの人が倒れていた。
倒れたまま、ピクリとも動かない。
(まさか、この血はあの人の……?!)
慌てて駆け寄り、傷口を確認しようと彼の体を動かした。
しかし彼の体にも傷は一つもなかった。
でも……顔色があまりにも悪すぎる!
「お兄様!お辞めください!お願いですからッ!そちらには行かないでください!!」
マルリー様が、悲痛な叫び声を上げながらアルノー様の腕を引っ張っている。アルノー様は彼女の制止も聞かずに、絞首台に向かって行こうとしているのだ。
驚いて二人の元に駆け寄ると、マルリー様は「お願い!!お兄様を止めて!」と叫んだ。
その言葉に私も彼の腕を掴んで止めようとしたが、力が強くてすぐに振り払われてしまう。
「アルノー様!一体どうされ、」
アルノー様の目を見て説得しようとしたとき、彼の表情を見て思わず言葉が止まってしまった。
どうしよう……何が起こっているのかわからない。
冷静に保とうとしていた私が、だんだん恐怖に飲み込まれて体がすくみそうになる。
さっきからずっと、女の子の声が頭の中に響いてくる。
『くるしい』『あつい』『いたい』って。
(ダメ……!アルノー様を止めないと!)




