彼の秘密
「それができたらやっていますわ!!」
激昂したマルリーの声が洞窟内に響き渡る。
「そもそも、魔物がいると言い出したのはあなたじゃない!あそこであなたが無視していれば、こうやって私たちが視認することもなかったのよ!」
確かに、最初にセレナが魔物がいると言い出しておいて、その次に幻覚だから無視しろと言うのはおかしい。
でも……、
「……実際に、あれは私たちが無視すれば消えるものなんですか?」
カゲボロは空中を飛びながら、言い争う私たちを見てゲラゲラ笑っている。あんなにリアルなのに、あれが幻だなんて考えられない。
「多分もう無理ね。私たちは、既に相手の魔法に掛かっている状態なの。魔法が掛かっている間は、私たちにとってこれが現実だと考えるしかないわ」
「……?それってどういう意味ですか?」
「話はとにかくこいつを倒してからよ!」
マルリーが呪文を唱えると、空中に紫色の光の粒が舞う。
カゲボロは鬱陶しそうに空を飛び回るが、そのスピードは先ほどより落ちている。
「鈍足が掛かったわ!ミラ!これなら当てられそう!?」
「……!」
マルリーの掛け声でもう一度魔法を放つが、それも見事に外した。アルノーも隙を見て何度も剣で攻撃を試みているが、それも躱される。
弱体化されているはずなのに、それでも敵わない。
そりゃそうよ。こいつ、本来ならもっとレベルを上げてから戦う魔物なのよ?!
今の私たちじゃ、到底敵わない相手なのに!
「…………はぁ〜、しかたないか」
後ろの方で、尚もめんどくさそうに溜息をつくセレナの声が聞こえた。人がこんなに頑張って戦っているというのに、戦闘にも参加せず、それどころか溜息までついているなんて……!
流石に何か言ってやらないと気が済まないと思い、後ろを振り返る。
するとその瞬間、ブワッと勢いよく何かが横を通り過ぎた。
魔物じゃない。その風は、後ろから……セレナがいたところから吹いてきた風だった。
(……あれ、セレナは何処に行ったの?)
いると思っていた場所に、彼がいない。
それどころか、やけに周囲が静かになった。
「これでいいかな?」
いなくなったと思ったセレナは、先ほどまでカゲボロがいたと思われる場所に立っていた。
彼の足元には、真っ二つに斬られた布切れが落ちている。
…………瞬間移動でもした?
「た、太刀筋が全く見えなかった……」
皆んなが絶句する中、アルノーがそう呟いた。
その一言を聞いて、ようやく私にも何が起きたのかを理解することができた。
(……っていやいや!理解できるか?!人が魔物を上回るスピードで移動して、一瞬で斬りふせるなんてこと!)
あ、でも……セレナが緑魔法の使い手だったらあり得るか。
多分、スピードアップか何かの強化を自分に施してカゲボロを倒したのだろう。
……そういえば、私はセレナの属性魔法も知らないんだった。
彼のことが苦手で、属性魔法が何かなんて知ろうとすら思わなかったけど、こういうときは知っておかないとダメだったなと思う。
「あなたは緑魔法の使い手だったのですね!」
「ん?いや、僕は違うよ」
「は……?!」
ペーシュもセレナの一連の動きを、緑魔法による身体強化のものだと考えたようて、嬉しそうに彼に話しかけていたが、セレナはそれをあっさりと否定した。
その返答には流石に驚いてしまい、私の口からその心中が漏れ出てしまう。
「え……?じゃああなた、今のはどうやったの?もしかして、あなたも私と同じ紫魔法の使い手で、私より強力な弱体化でも相手に掛けたっていうの……?」
「それも違うかな。僕は緑魔法の使い手でも、紫魔法の使い手でもないよ」
「じゃあ、一体何の魔法を使うの……?」
セレナは口元に笑みを浮かべながら、アルノーの方をチラリと見た。その視線に続いて、私たちもアルノーを見る。
アルノーは少しだけ険しい表情をしながら、セレナのことを見ていた。
「きっと、彼は既に知っているさ。他者のオーラを見ることができる彼ならね」
「………………」
「お兄様……?」
アルノーはしばらく黙っていたが、セレナはどうぞと言うように手で促した。
「…………僕には、彼のオーラが見えない」
「そ、それはつまり……」
「魔法が使えないんだ。僕は生まれつき、魔力が皆無の人間でね。この世界のはみ出し者なのさ」
…………魔法が使えない?
誰が?セレナが……?
この世界で何よりも重視されるのは魔力量。
そう考えられているのは、誰しもが魔力を持っているから。
けれど、その力が少なければ使える魔法は限られてくる。
平民などの身分の低い者は、生まれつき魔力が少なくて満足に魔法を使うことができない。
(それでも……魔力は必ずある……。どんな人でも、この世界の人間ならば魔力は持って生まれてくるはず……)
でもセレナは、魔力量が皆無だと言っていた。少ないとかそういうのではなくて、全くないと。
だから彼は、さっき自分のことを『世界のはみ出し者』なんて言ったの?
「それならあなたは、ただの剣技でさっきの魔物を倒せたってこと?!」
マルリーが大きな目をさらに大きくしながら問いかける。
セレナはそれを鼻で笑いながら、そうだよと返した。
「それなら、どうして早くアイツを倒さなかったのよ!何一人で戦えませんって雰囲気を出しているの?!」
「あれ、何だか思っていた反応と違うな」
「他に何があるの?!」
マルリーは怒りながらセレナに詰め寄っている。
セレナは少し予想外だと言うように、驚いた顔をした。
いや……私もてっきり、セレナが魔法を使えないことを言及するのかと思ったのに、マルリーはあくまでも戦えるのに今まで戦闘に加わらなかったことに腹を立てているようだ。
そんな中、アルノーが静かに口を開く。
「……本当は、知られたくなかったんだろう?」




