ごちゃ混ぜの世界 ー3ー
「え……?」
「前にも聞いたよな。そのときにも答えてもらったが、正直言って俺はそれに納得してないんだ。他にも理由があるんじゃないのか?」
納得してないって……、あれもちゃんとした理由なんだけどな。
——でも、彼が聞いているのはそっちじゃないのだろう。
“どうしてこの世界に留まっていたいのか”ではなくて、“どうして元の世界に戻りたくないのか”。
(私にとってはどっちも同じだけど……、そうだなぁ)
「私の名前、どう思いますか?」
「は、?何だ、急に」
「私の“奈々”って名前です。どう思いますか?」
「どう思うって……普通に女の子らしくて可愛い名前だと思うが……」
「そうですよね、私もそう思います。この名前、男の子の名前しか考えていなかった両親が咄嗟につけた名前なんです。そのときテレビで映っていた女優さんのお名前が“奈々”っていう名前で」
いつだったかな、私が中学生か小学校高学年のときだったかな。何気なく母がこぼしたその一言で知ってしまった。
父は男の子が欲しくて、母は父親似の子供が欲しかった。
女の子が産まれてきた時点で父は早々に関心がなくなり、母は数年ほど希望をもっていたそうだが、父に似る気配のない私に見切りをつけた。
結果的にどちらの要望にも応えられなかった私は、独りぼっちになっていた。
「両親は、2人目を作りませんでした。それが私にとって幸運だったのかどうかはわかりません。もし2人の要望を叶える子供が生まれていたら、私はその子を恨んでいたでしょう。でも、もし私とそっくりな妹がいたら、私は孤独感に苛まれなくて済んだのかもしれません」
「……………………」
「結果的に、どっちもいなかったから諦められたのかもしれないし……今となっては、もう何でもいいって感じなんです」
塩内さんは驚いた表情のまま、固まっている。
その反応は、どっちなんだろう。
“そんなことで”って思われているかもしれない。
それか、娘が2人いる塩内さんなら私の両親に対して怒ってくれるかもしれない。……どちらでもいいか。
「……あの扉、覚えていますか?」
「扉……?」
地下に来たときに、一番最初に私たちが見つけたあのピンク色の扉。西洋世界に似つかわしい、無機質なデザインで名前の霞んだネームプレート。
「………………あの扉、私の子供部屋の扉にそっくりなんです」
あれを見たときから、ずっと思っていた。
“何でここにあるの?”って。
皆んなが扉を開けようとしているのが、怖かった。その中から何が出てくるんだろうって。
だから心の中で必死に祈った、開かないでって。
ずっと、この空間について考えていた。
ここが誰かの記憶によって作られた幻覚なら、どうしてあの扉があるんだろうって。ゲームで出てくるダンジョンに、ゲームに出てくる魔物たち。
ここでは、私に身に覚えのあるものばかりが出てくる。
(不可解な点を挙げるとするなら、廃教会と今私たちがいる庭園らしきこの空間……)
これには覚えがない。
——————ない、はずだ。
「……ッちくしょう!やっぱり俺にはわからねぇよ……」
塩内さんは自身の手のひらで拳をつくり、ブルブルと震えていた。やっぱり、そんなことでって思われたのかもしれない。
(……そうだよね。自分でもそう思うし……)
「そろそろ行こうか。居心地は良いけどずっとここにいるわけにはいかないからね」
アルノーが立ち上がり、みんなに声を掛けた。
あ、また魔法の使い方を教えることができなかった。
「…………塩内さん、行きましょうか」
少し離れたところで、皆んなが私たちを待っている。
彼らはすでに気持ちを切り替え、ここを発つ心意気でいるようだ。
「塩内さん、それでも私はあなたと同じ志を持っています。この世界のループを止めて、日常を取り戻す。……もし、その結果この世界から私が追い出されることになっても、私はそれを受け入れます」
きっと、彼がルナと一緒に私を冤罪で追い詰めようとしたのは、私に対して懐疑心があったからだろう。
だって私がなったのは、この世界のラスボス、ミラ・スカーレットレイク。肝心の中身は、彼の言う『狂った世界』に残り続けることを願っているんだから。
そりゃ、信用なんてされないよね。
セレナは、あの事件以来塩内さんは私に罪悪感を抱いているなんて言っていたけど、私を見る彼の瞳にはまだ敵対心が残っていた。
(ルナに何を言われたのかはわからないけど……)
こうなったらもう仕方がない。
今まで彼の期待に応えることもできていなかったし、当然っちゃ当然だ。
私は後ろを振り返らず、皆んなの元へ歩いて行った。
その後すぐに足音が近付いて来たから、彼もこの先に進む覚悟ができたのだろう。
皆んなが揃ったことを確認したアルノーは、扉の外に何もいないことを確認する。
「……よし、サンドワームはいなさそうだね」
「まぁ、いても幻覚だし、最悪剣を突き立てて倒してみればいいんじゃないかな」
「無駄な体力は消費したくないわ。これから何が起こるかわからないし、この先ここみたいに安全な場所があるかもわからないんだから」
「そうですね。皆様、油断せずに行きましょう」




