ここが誰かの記憶なら ー2ー
セレナが示したその場所に、確かに奇妙な扉があった。
奇妙というのは、その扉が物珍しい素材で造られているとか、前衛的なデザインだとかそういうものではない。
むしろその扉はいたって普通の扉なのだが、それが洞窟の中にあるというだけで異質さが伝わってくる。
その扉はピンクの木材で作られていた。扉の中央には粘着フックが付けられていて、そこにネームプレートが掛けられている。ネームプレートに書かれた文字は擦れていて読めそうにないが、たったそれだけの普通な扉。どこの家庭にも置いてありそうだ。
「あまり見たことがないものだね。この金具は何だろう?」
アルノーは興味深そうに扉を眺めたあと、ドアノブを握りひねった。しかし扉はガチャガチャと揺れるだけで、開く気配は全くなかった。
「鍵が掛かっているのかな……」
アルノーが扉を開こうとするたびにネームプレートは大きく揺れて扉に当たり、バダンバタンと音を鳴らして洞窟内を木霊させた。
皆んなは結構この扉のことが気になっているようだけど、私にとってはただの扉だ。つまり開ける必要など無い。
「あの、開かないなら仕方がないので先に進みませんか?」
とうとう我慢出来なくなって、そう言ってしまった。
だって、ずっとここでこうやって立ち往生してそろそろ10分ほど経ちそうだから。
「何だか古そうな扉だし、体当たりしたら開きそうだけどな」
塩内さんは頭の後ろで手を組みながら、暇そうにそう言った。多分だけど、彼も飽きてしまってるんだ。
「……ちょーっとだけ気になるのよね、この扉の奥が」
反対にマルリーは少しだけ悔しそうにしながら、その扉を見つめていた。こう言ったらあれだけど、何でそんなに躍起になっているのだろう。ただの扉なのに。
「まぁでも確かに、ずっとここでこの扉と格闘していても仕方がないね。ここを開く手段なら、この奥にもあるかもしれないし、一度ここは諦めようか」
ようやくアルノーはドアノブから手を離してくれた。そのことに内心ホッとしつつ、ようやく先に進めるぞと心の中でつぶやく。
「……あ、そうよ。ミラ、あなたもう一度叫んでみたらいいんじゃない?『扉って開くものだよね——!』って感じで」
マルリーが少しだけニヤニヤしながら、私にそう言ってきた。先ほどの私の行動が、彼女にとって大いに気に入られたらしい。
ムウッと少しだけ口を尖らすと、アルノーは妹を軽く叱り、私のことを宥めた。
「にしても、この洞窟は随分と入り組んでいますね」
洞窟内を歩きながら、不意にペーシュがそう言った。
確かにこの洞窟は分かれ道が多く、そして迷路のように広い。正直言って、このまま考えなしに歩き続けていたら迷ってしまいそうだ。
一応アルノーが持っている剣で、洞窟の壁を削って簡易的な目印をつけながら進んでいるが、それが頼りになりそうかと言われたら何とも微妙なものである。
(せめて、何か特徴的なものがあるといいんだけど)
ア————————————
「またあの声です……!」
洞窟内に、女性の歌声のようなものが反響する。
最初に聞いたときよりも、声が随分と近い。
「この声って、何となくだけど“セイレム”に似ているのよね」
「ああ、それは僕も思っていたよ」
セイレム……って、確か海に出てくる人魚のような姿をした魔物だったよね?兄妹が反応したように、セイレムはアルノールート——つまりサラヴァン王国エリアで出現する魔物だ。
「でもまさか、こんなところにいるはずがありませんよね。だってセイレムは海に棲む魔物ですから」
「そうだよね。だから僕も勘違いだろうなって考えていたんだけど……」
ピチョンと水が落ちる音がした。
さっきまでは聞こえなかった洞窟音の一つだ。
(あれ……もしかしてだけど、ここってそういうこと?)
私は、これまで辿ってきたルートを必死で頭の中で思い起こし、それを記憶の中のものと照らし合わせた。
私はここと同じような道筋を、知っている。
私が画面に向かって何度も睨めっこしたあの場所と同じだとしたら、この先をどう進んだらいいのかわかるかもしれない。




