ここが誰かの記憶なら ー1ー
「戻したくないって、そんなんじゃないんだけどな。まぁ、少しだけ脅しみたいに聞こえちゃったかな?君たちにそんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけど」
セレナは私たちのことをじっと見つめて、そしてニコリと笑った。その姿を見たマルリーがハッとしたような表情になり、自分の頬をパチンと打った。
「お兄様が行くなら、もちろん私だって行くわ!それに、私はもうここまで来てしまったんですもの、今更怖気付くなんてあり得ないんだから!」
「わ、私も、もとよりその覚悟でここに来ています!」
マルリーに触発されてか、ペーシュまでもが行く気になってしまった。
「……でも、そんなに大層な推察を私たちに披露してくれたんだから、ここからはあなたが先導してくれるのよね?一人だけちゃっかりと、自前の武器を持ってきてるくらいなんだし」
「あぁ、これ?」
そういえば、セレナは私たちの中で一人だけ模擬訓練室から武器を拝借してこなかった。そんなに気にしていなかったけど、用意できるなら私たちの分も用意してくれば…………って、流石にこれは烏滸がましいかな。
セレナは別にいいよと言って、階段を下りていく。それに続いてアルノー、マルリー、ペーシュの順に地下へと入って行く。
塩内さんは「後ろは任せろ」と元気よく私に言ってきたので、ペーシュの後には私が続いた。
階段を一段慎重に下りれば、冷たい空気が私の体を包み込む。
(……寒!地下ってこんなに寒いの?)
もしかしたら、この寒さも幻覚なのかな。セレナはこの教会全てが幻覚だって言っていたけど、そしたらこの感覚も全て存在しないものになるのかな。
そしたら、私たちが今いる場所って実際にはどこなんだ?
ドォォオォォオ……ン
「………………今、地面が揺れませんでした?」
マルリーが顔を顰めながら、周囲を見渡す。
地鳴りのような音が、確かに聞こえた。
ア——————
「今度は女性の声が……!」
ペーシュが小さく悲鳴を上げる。
2人は互いに手を握りながら、震えている。
うわ、可愛いな。そんなこと言ってる場合じゃないけど。
「うーん、もしかしたらここに魔物がいたのかもね。廃教会で聞こえていた声は、ここにいる魔物の声だったのかも」
「な……、そ、それじゃあ、こんなに暗い中で魔物と遭遇したら危険じゃない!」
私たちの視界を照らすのは、先導を切るセレナが持っているカンテラだけ。もしあれが壊れたりしたら、私たちは暗闇の中を彷徨わなくてはいけなくなる。
それに、魔物との戦闘になったらカンテラ一つじゃよく見えなくて戦いに支障をきたすだろう。
「やっぱり、一度戻って準備をしないと……」
「いや、よく見て。壁に燭台があるよ。あれに火を灯していけばいいんじゃない?」
「……誰か火を灯すんですか?」
セレナは笑顔で私のことを見てくる。
マッチやライターなどの火を起こす道具が手元にない以上、ここで火を出すのは原始的手段か魔法しかない。もし魔法を手段にとる場合、それができるのは、赤魔法を使える私だけ……。
「これ、一つ一つに火を灯すんですか?」
「うん、頑張って」
洞窟の高さは3メートルほど。その壁の半分以上の高さに燭台が均等に並べられている。私が背伸びをしても、あと少しのところで燭台には届かない。ジャンプをしてギリギリだ。
そんなどこまで続いているかわからない燭台の列に、火を灯していけって?
(ちょっとめんどうだなぁ……)
もちろん視界が明るい方が安全だ。
でもいちいち自分の指をライターのように火を灯しながら、燭台に向かってジャンプして灯りをつけていくって骨が折れるんだけど……。
てか、ここって所詮私たちが見てる幻覚かもしれないんでしょ?誰かの記憶がここを形作っているのだとしたら、なんでそいつは灯りをつけた状態で記憶していなかったのよ。
(いや待てよ……)
すぅ、と息を吸い込む。
もしかしたら、もしかしたらこの方法で、この幻想を作り出した人の記憶が触発されれば……!
「ミラ様……?一体何を、」
『蝋燭って——!普通灯りがつけられてるものだよね——!!』
お腹に力を入れて、できる限りの声量で私は叫んだ。
皆んなは私を見てポカンとしていたし、叫び終わった私は顔に熱がたまっていくのを感じた。
洞窟内は、私の声が数回反響したあとにシーンと静まり返った。
……………………、
…………………………
いや、そうですよね。何にも起こりませんよね。
「お、おい……こりゃ、何が起こってるんだ?」
「あ、灯りが……」
皆んな視線が痛い——と俯いていたとき、塩内さんが声を上げた。それに続いてマルリーも困惑した声を出す。ええ、そりゃ困惑しますよね、だって突然大声出されたら……って、灯り?
慌てて顔を上げると、なんと壁に付けられていた燭台に火が灯っていた。その灯りは奥に向かって、ボッボッボッと順番に火をつけていく。
「ミラ、これは一体……?」
「え?!い、いや!なんとなくできるんじゃない?的な感じで……」
アルノーがひどく驚いた表情で私のことを見てくるものだから、慌てて私も説明する。ここが人の記憶……いわゆるイメージによって作られた空間ならば、その人が考えたものが私たちの視界に反映される。だからその人が、蝋燭には火がつけられているってイメージしてくれれば、ここにも灯りがつくんじゃないかなって適当に考えただけなんだけど……。
「……え?待って、それで大声を出したの?ふふ、てっきりあなたの頭がおかしくなったんじゃないかと思ったわ」
誰よりも私の行動に固まっていたマルリーは、私の奇行の意味を知って笑い出した。よくわからないけど、彼女のツボに入ったらしい。
「まいったなぁ……まさか本当に……」
「何かあったんですか?」
幾分かの緊張が解けたように笑う私の友人たちの後ろで、セレナが少しだけ暗い顔で何かを考え込んでいる。それを不思議に思い彼に声を掛けたが、セレナはみんなの視線が自分に集中していることに気がつくと、またニコリと笑った。
「何でもないよ。それより、君の後ろに扉があるよ。さっきは暗くて気が付かなかったけど、何だか見慣れない扉だね」




