その道をひらくのは ー3ー
“君たちはこの廃教会が、本当にただの廃教会だと思っているのかな?”
いや、そんなの………………思っていませんけど???
鐘が鳴っただけでガレキや壊れた床が直る建物なんて、どこにあるんだ。
でもセレナの言いたいことはわかる。“じゃあどうして、この廃教会にはそんなことが起こり得たのか”と聞いているんでしょ?確かにここに来てから不思議なことばかりが起きているから。
普通なら、崩れた階段が瞬時に直るなんてあり得ない。まさかあの鐘の音に修繕効果があったなんて考えられないし。
「私たちが幻覚を見ている……と言いたいのかしら?」
(え……?!)
「うん、そうだよ。そして次に問題なのは、どこからどこまでが幻覚なのか」
「そしたらあなたは、こう言いたいのね。“この教会はそもそも幻覚で、そこに入り込んだと思い込んでいる私たちは、相手の策略にまんまと嵌ってしまっている”と」
「話が早くて助かるよ。王女さまもそう考えていたってことかな?」
「でも、流石にあり得ないわ。こんなにリアルな幻覚を相手に見せるなんて、できるはずがない。絶対にどこかで綻びがでるはず。これは紫魔法術者としての意見よ」
「それは単に君が力不足なだけなんじゃない?それに、現実ではあり得ないようなことはすでに起こっているんだ。これが綻びにならなくて何になるの?」
マルリーはセレナの言葉にピクリと眉を動かしたが、グッと堪えるように深いため息を吐いた。
「私が言っているのは、“建物全体”ではなくて“この階段”に魔法が掛けられてるほうが現実的ってことよ!私たちはなんの変哲もない階段を、幻覚によって壊れているものだと思い込んでいたの。大方、相手は私たちに2階に行かせたくなかったんでしょうね。2階のあの部屋には、礼拝堂の隠し階段を出現させるスイッチがあったから」
「そしたら最初から、スイッチを見えなくさせればよかったんじゃない?それか隠し階段をさらに幻覚で隠すとか」
「そうしていたのかもしれないじゃない!でも、あなたみたいに“気づいてしまう人”がいるのよ!それが幻覚の綻びってものなの。でも、この“教会自体”にはそんなものは感じられないわ。確かにここに存在するって感じられるもの……」
「実在していたのは確かだと思うよ。こんなに大きな廃教会が現代の地図に載っていないのなら、それなりの理由がきっとあるんだ。実在していたって証拠に、2階にあったあの趣味の悪い部屋。もしここがただの幻想なら、あんな人間味あふれる場所は存在しないはず。だから、僕たちが見ているのはきっと“誰かの記憶”だ」
「記憶……?」
これには、アルノーも声を漏らす。
彼から出た言葉が、全く想像していなかったものだから。
「こうは考えられない?ここの廃教会が全盛期だった頃、教皇は私腹を肥やして贅沢三昧。天使像が見下ろす床にあったのは隠し階段で、大袈裟な仕掛けを起動させるのは彼の部屋の中。誰の目にも届かない地下で行われていたことは……、きっと誰にも言えないこと」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
そんな言い方をされては、良いイメージができるはずもない。こんな神聖な場所で、秘密裏に何かが行われていたとするなら……?
「例えば悪魔召喚…………。はたまた、魔王召喚とかかな」
シーンと静まり返る。
きっと誰もが彼の言葉に驚いて、すぐに喋り出すことができなかったのだ。
悪魔?魔王?…………話が飛躍し過ぎではないか?
「あ、あり得ないわ……。だ、だって……魔王なんて……」
「人身売買や密輸とかも考えられるけど、そんなちゃちな悪事ごときに大昔に滅んだ教会を甦らせるかな?」
この世界には……私が知っている“The sound of the bell”というゲームには、魔王は登場しない。話題として触れられることも一切なかった。
でも、アルノーたちが学園祭で披露した劇——『終わりの勇者』では、魔王の名が出てくる。
私はその劇を見て、初めて魔王という概念がこの世界にも存在するのだと知ったのだ。
(つまりあの話は作り話じゃなくて、実話だったってこと?)
え、じゃあ待って、ということはつまり……勇者によって倒された魔王を復活させようとしていた人がいたってこと?そしてそれが、この教会で行われていたの?
……でもそう考えると、こんなに大きな教会が地図や歴史にも残っていなかったのが頷ける。私たちはただ単に時間が経ち過ぎてしまっただけかと考えていたけど、国によって意図的に消された可能性が高い。
だって、それほどまでにこの教団が企てていたことは恐ろしいことだったから!
ではそんな悪名ある教会を、幻覚であったとしてもこうして復活させたその理由は…………。
「もしや、この時代に魔王復活を試みる者がいると仰るのですか?!」
ペーシュは信じられないというように声を上げたが、その顔色は白く、微かに震えた手をギュッと握っていた。きっと、彼女も私と同じこと考えに至ったのだろう。
「でも、先ほどあなたはこの教会は誰かの記憶に基づいた姿をしていると言ってましたよね?それはつまり、その時代を生きていた人ではないと、ここまで鮮明な幻は作り出せません。まさか、その人が今も生きているとでも言うの?」
「………………そこなんだよね、疑問なのは」
セレナは大して困ってもなさそうなのに、うーんと腕を組んで考え込む仕草をする。
「……仮にあなたの言っていることが本当なのだとしたら、やっぱり一旦戻るべきだわ。このままこの奥に行っても、」
「回りくどくなっちゃったけど、僕が言いたいのはここからなんだ。“ここまで大規模な幻覚を作り出す敵がいて、そして僕たちはすでにその魔法にかかってしまっている。もはや僕たちに残された道は、元凶を潰すしかない”ってこと」
残された道って…………。
「ど、どうしてそれしかないの?来た道を戻るだけじゃダメなの?」
思わず口に出してしまった。
だって、そうしないとここにいる皆んなが死ぬぞと言われたような気がしたから。
「紫魔法による幻覚を解くには、基本的に白魔法術者による治療か、魔法を掛けた本人をどうにかするかの2つ。今回の場合、ここら一帯を幻想で包み込むほどの威力なのだから、白魔法による治療は絶望的。だから元凶を叩きに行くしかない。このまま学園に戻ってもいいけど、魔法が掛けられたままでいたら、時期に僕たちは正気ではいられなくなると思うよ」
「………………」
私は、階段の奥に続く暗闇を見つめる。
この奥に、恐ろしい秘密が隠されている気がしてならない。
学園で起きている謎の現象を解明したかっただけなのに、まさかこんなことになるなんて……。
「わかった、行こう。どうやらあなたは僕たちのことを学園に戻したくないみたいだから」




