様子がおかしい彼 ー1ー
廃教会の中は少しだけ明るい。ステンドグラスから月の光が入り込んで、中を照らしているようだ。外は少しだけ霧が出ていたから、光は散乱して建物の中になど届かないだろうと思っていたのに、ここに差し込む光は真っ直ぐだった。
(この建物の中だけ、別世界みたい……)
「上に行く階段は崩れていて登れそうにないね」
「まずは全体を探索して、何もなさそうだったら上に行く手段を考えようか」
セレナとアルノーが崩れた階段を眺めながらそう話し合っていた。廃教会に来るまではあんなに邪険そうだったのに、ここでは冷静に2人で話し合っている。
まぁ、邪険だったのはアルノーだけだったけど……。
「ウワァ!」
塩内さんが唐突に叫び、その声に驚いたマルリーが悲鳴を上げた。セレナが冷静に「どうしたの?」と聞くと、塩内さんが階段の横側を指差した。
「ありゃ、甲冑ってやつか?人の頭が転がってるかと思って驚いちまったよ……」
彼が指差す場所には、確かにゴロゴロと何かが散乱していた。多分、籠手らしきものが落ちていてその横に丸いものがゴロンと転がっているから、確かに人の体がバラバラに落ちているようにも見える。
「これは……行方不明になっていた、第三調査隊が身につけていた鎧だね。まさかこの教会内で見つかるなんて」
「それって……、報告書に書かれていた調査隊のことですか?」
「うん、そうなんだけど……この調査隊を派遣した場所は、ここよりもう少し南寄りの場所だったはずなんだよね。もしかしたら、この者たちも魔物に遭遇してここに逃げ込んだのかもね」
「それならその調査隊とやらは今何処にいるの?ここには甲冑が落ちているだけで、人はいないじゃない」
「さぁね。流石にこれだけを見て何が起きたかなんて、僕にはわからないさ」
マルリーの質問に、セレナは肩をすくめながら答えた。
確かにここには、甲冑が落ちているだけで人が倒れているわけではないのだ。
(でもここにその人たちの甲冑が落ちてるってことは、やっぱりここも危ないんじゃない?)
甲冑付近に血痕などは見られないが、防具だけ残して人が消えるなんてあり得るのだろうか。もしかして、甲冑を脱いで一休みしているときに何かに遭遇して逃げた……とか?
「お、これは使えそうじゃないか?」
塩内さんが何かを拾い上げる。
それが彼によって掲げられると、ギラリと銀色に光った。
「流石に甲冑なんてものを着たら動きにくそうだが、この剣くらいならちょうどいいだろ」
「待ちなさい。まさかあなた、それを持っていく気?」
「ああ、そうだぜ。正直言って渡された武器も心許なかったし、こっちのほうが良さそうだ」
いつの間にか塩内さんは学園から持ってきた木刀を床に捨てていた。彼が持ってきたものは、所謂大剣に分類されるものだけど、今拾った剣は至って普通の大きさの剣だ。
真剣と木刀じゃ全然質量が違うと思うけど……。
「ジークさん、真剣なんて握ったことあるんですか?」
「いや、ないぞ。でも剣道なら昔やっていたから、それとおんなじ要領で……」
「待った、それならその剣は僕が持つ」
アルノーが塩内さんから剣を取り上げる。
塩内さんはオイオイ、と口に出したが無理に取り返そうとはしなかった。セレナが止めたからだ。
「慣れない武器は、仲間にも被害が及ぶ可能性がある」
「そうだよ、君にはアレがあるだろう?」
セレナがチラリと視線を下に向ける。
塩内さんはしばらく黙っていたが、仕方がないといいたげに緩慢な動きで木刀を拾い上げた。
「お兄様、」
マルリーがコソッとアルノーに耳打ちする。
私はそれが気になって2人のやりとりをじっと見ていたが、その視線に気が付いたアルノーが声を潜めて私にこう告げた。
「実は、僕にとってもこの剣は少し重くて扱いづらいんだ。でも彼に持たせるよりは安全だから、安心して」
そんなやりとりをしながら、私たちは廃教会の中を歩き続けていた。教会の中を歩いていると、たまに魔物らしき唸り声が聞こえてくる。その度に私たちは体を寄せ合って、くるかもしれない戦闘に備えた。
…………そういえば。
「塩内さん、魔法の使い方わかりますか?」
「ん?……あぁ、」
さっきは剣の腕前がどうのこうのと話していたが、肝心の魔法の腕前がどうだったのかを聞いていなかった。以前彼と、くるかもしれないラスボス戦に備えて魔法の練習をしようと話していたことがあった。けれど結局そのような機会は訪れず、塩内さんがどのくらい魔法を使えるのかを私は知らないままだった。
「……実は、まだそんなにわからないんだ」
「え……?!じゃ、じゃあ自分の属性魔法を知っていますか?」
「……んーいや、よく知らないな」
え、まさかそれすら知らないの?
この世界は、魔法が戦闘内で何よりも重宝される世界だ。魔法の腕前が自身の生命に大きく関わると断言してもいい。
(セレナは何で塩内さんを連れてきたの——?!)
いやでも、あのセレナも彼が魔法の“ま”の文字も知らないことは予想外だろう。
待った待った、これは結構危ないんじゃない?
「塩内さん!今からでも安全な場所を見つけて、少しだけでも練習しましょう!?」
「え……?!な、何でそんなことを言うんだ……?」
「はい?!逆にこっちが“え?”ですよ!流石にそれは自殺行為が過ぎます!」
「それはつまり……、俺のことを心配してくれているってことか?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
目を白黒させて驚く彼に、私も驚く。そんなにおかしいことを言っただろうか。私のことを何だと思っているのだろう。
もしかして、塩内さんがルナと共謀したことを私が根に持っていると考えてる……?




