第41話:この子、ちょっとくらい無理しても、いつも平気だから……
休戦協定が明けた21日1200時。休戦期間中に準備万端整えたパラティア教国が3度目の攻撃を開始した。それは多くの者が予測した通り、巡航ミサイルと戦闘・攻撃機の多数投入によるバーラタ航空宇宙軍基地への飽和攻撃であった。無論バーラタ側も当然のようにこれを予期している。前日からはチェンナッパ基地にある戦略偵察空軍第5警戒群所属のEW-100早期警戒管制機8機がベンガヴァルに駐留し、基地警戒に努めていた。常に2機のEW-100が上空警戒するようローテーションしているが、今は敵襲を受けて更に2機が上がったようである。合計4機のEW-100は、ベンガヴァルに配備された24両の現地改修SAMランチャーとデータリンクすることで、100基程度の巡航ミサイルであれば難なくこれらを迎撃してくれることであろう。現在のところこの現地改修SAMランチャーには未だ制式番号や名称が与えられていないのではあるが、ベンガヴァルではフレミング中隊が発案したことに因んで『ロリポップファイヤー』の愛称で呼んでいる。一部の整備士には、ロケットエンジンの噴射口にカラースモーク発生装置を取り付けるべきだと主張する者もいたが、戦時中であり、また貴重な休戦期間をそのような作業に充てることはできない、との常識的な判断により、その具申は今のところ採用されずにいる。
EW-100の緊急発進と|現地改修SAMランチャー《ロリポップファイヤー》の一斉射出の後、第00防衛航空軍隷下飛行群は順次発進を命じられる。010W所属48機のAMF-60Aは第1滑走路からの、000W所属48機のAMF-75Aは第2滑走路からの発進である。000Wはファラデー中隊、テイラー中隊、マクスウェル中隊、フレミング中隊の順番-すなわち格納庫の並び順である-で出撃する。ベンガヴァル上空で4個中隊は横陣編隊を組み、敵戦闘・攻撃機群へと進軍する予定である。
「中隊各機、いよいよ私達の番だけど、準備はいい?」
「パパン小隊、いくぜ」
「ガリレイ小隊、問題ない」
中隊長の確認に隷下小隊長が返答する。
「じゃぁ、みんな。菱型-三角ね」
そう言って滑走路に進入するキャンディーマルーンの機体の左後方にはアンティークゴールド、右後方には水色+桜色、殿には蜂蜜色のAMF-75Aが、当たり前のように位置につく。
「フレミング小隊より管制、離陸許可願います」
「管制よりフレミング小隊、離陸を許可します。ご武運を」
管制から許可を得たフレミングが小隊メンバーに発令する。
「フレミング小隊、発進」
ロリポップ小隊はマルーンの小隊長機を先頭に、4機の菱型隊形を組んだまま編隊離陸を行う。
「あいかわらず凄ぇなぁ~、ロリポップ小隊は……」
感嘆してみせる瞬間湯沸かし器小隊長を、幻影小隊長が諭す。
「ガリレイ達は2機づつ行く」
「あぁ、そうだな……ボース編隊は後から上がってこい。カルマン、アタシらは先行くぜ」
そう言ってパパンはカルマンと離陸手順に入る。その後順次離陸したロリポップ中隊は、000Wの最右翼の位置についた。会敵はおよそ1時間後、西ガウツ山脈を超えて洋上300kmのヴェスターバーラトオーシャン上空との予想である。
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敵戦闘機群との距離が240kmに近づく。ベンガヴァル方面に侵攻する敵はおよそ200機。そのうち150機あまりが中距離空対空ミサイルを射出した模様である。こちらも対抗ミサイル-今回は少し控えめである-を射出した後、一旦後退する作戦をバーラタ軍は採った。これが3度目の戦闘であり、敵の攻撃パターンは既にお馴染みなのだ。敵のミサイルが全て消失したのを確認した第00防衛航空軍隷下96機は再反転して敵機群を指向する。
「まるで『馬鹿の一つ覚え』だな」
パパン先輩が言う通り、パラティア軍は相も変わらず距離140kmで残弾を射出してきた。010Wが各機2発づつ、000Wが各機8発づつの中距離対空ミサイルでこれに対抗する。ここまでは事前の想定通りの展開であり、バーラタ軍は敵のアウトレンジ攻撃の前に、今のところはその被害をゼロに抑えている。序盤研究の成果であろう。
尚も進軍する敵に対し、第00防衛航空軍は迎撃作戦を継続した。
「今度はワタクシ達の番ですわね」
ゆるふわ金髪の一言がフレミング中隊に静かな戦意を灯す。距離80kmで今度は、AMF-75Aが温存していた最後の中距離空対空ミサイル合計96発を、敵対地攻撃機群と想定される50機を目標にして射出した。
「敵も意外とやる」
こちらの迎撃パターンを少しは学習したようであるパラティア軍に、思わずガリレイ先輩が口を開く。対地攻撃機群と想定された50機のうち20機はダミーであったのか、護衛を対地攻撃機群に紛れ込ませていたようである。各6発のミサイルが対抗射出され、バーラタの中距離ミサイルを喰いつくしていく。しかしその数と精度は彼らの期待に応えるには明らかに不十分であった。バーラタのミサイル群は、今や真の攻撃機と推測される30機に目標を変更して次々に命中弾を得ていく。
「この後は格闘戦に入るけれど、みんな、準備はいい?」
12機の対地攻撃機を消失したパラティアは尚も進軍を続けるようであった。ロリポップ中隊にとっては2度目の格闘戦であり、4人の新任パイロットにとっては初陣である。それぞれに緊張しているであろう中隊メンバーに、赤髪の中隊長は単純な原則だけを想い出させる。
「じゃぁ、青いところだけ目指していくよ! みんな、私についてきて!」
バンクを振ったり敬礼したり、それぞれに了解の意を示す11人に安堵したフレミングが命令する。
「各機、増槽分離!」
シミュレータによる訓練は000Wの4中隊に、2つの恩恵を与えてくれていた。ひとつは無論、部隊の練度向上である。000Wはこの会戦において、更なる戦果を挙げることであろう。
しかし編隊運動、特に連携運動面において著しい成長を果たした各中隊は、結果としてみな同じ隊形、すなわち菱型-三角を選択することになった。そして、同じ性能の戦闘機が同じ隊形を組み同じ行動-脅威度の低い空域を指向して運動する-を企図した結果を待ち受けていたのは、シミュレータ訓練のマンネリ化である。常に互いを牽制し合うことで30分の戦闘時間を消化させるような局面が増えてくると、操縦士達の成長率は目に見えて低下するようになってしまったのだ。そのことを見かねた中隊長はその機付長に、次のアイディアについて相談する。
「ねぇ、こやっさん。敵の戦闘機をシミュレートして対戦すること、できないかな?」
それはすなわち教導部隊の導入であった。
幸いなことにキャンディーマルーンの戦術コンピュータには、先の格闘戦時に得られた敵戦闘機の各種データ-最高速度・加速度・旋回率・上昇率など-が蓄積されていた。こやっさんはそれらのデータを元にSS-20の諸元を推定し、その推定値を15%増ししたパラメータを教導、すなわち仮想SS-20部隊としてシミュレータに登録してくれた。つまりシミュレータ訓練時に、片方の中隊はSS-20部隊として訓練を行うことができるようになったのである。
このことが中隊に2つ目の恩恵を与えてくれたのだ。すなわち、敵戦闘機に対する深い理解と、会敵時の心得である。
「うわぁ、何コレ。敵のパイロットって、こんなに鈍い機体で戦ってるの?」
教導部隊側としてテイラー先輩率いるAMF-75A中隊と対戦中の赤髪の中隊長は思わず叫ぶ。000Wの各パイロットは、仮想的にSS-20を操縦することにより、その特性を理解したのである。それによればSS-20は、AMF-75Aよりは推力比が大きく素早い加速が可能である一方、最高速度はAMF-75Aと同程度であり、旋回率ではAMF-75Aの方が優っていたようであった。
「そうですわね、フレミー。これではAMF-75Aの内側に入り込むのは、かなり難しいですわね」
金髪の親友が同意する。教導部隊として操縦する場合にはその機動性に不満だらけのSS-20であるが、一方でそのことはロリポップ中隊に大きな安心感を与えてくれた。格闘戦における決定権は、AMF-75Aが握っているのだ、と。すなわち、互いの背後を取る運動を継続している最中、AMF-75Aが先に離脱を決意した場合にSS-20がこれを追尾することは極めて困難である一方、AMF-75Aが先に離脱を図ったSS-20を追尾することは、時として可能であったのだ。
「でも、『いざとなれば、いつでも逃げられる』って分かって、よかったね」
という水色の安堵は、中隊全員が共有する正直な感想であろう。『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』とはソンムーの格言であったか。仮想とは言えSS-20を体験したことは、戦場においてパイロットの緊張をほぐし、己を取り戻させる効果を挙げることであろう。
「みんな、SS-20の特性も思い出してね。私達には怖れることなんて、何もないんだからね」
高度を上げた000Wは各中隊毎に隊形を維持しながら編隊運動を続けていく。
後にホッブス教官は、自身の受け持つ戦史・戦術理論の講義においてこの時の000Wの運動を『空戦幻惑』と候補学生達に紹介することになる。何しろ1機の敵機を撃墜することもなく、しかし確実に敵護衛戦闘機群から敵対地攻撃機群を引き離し、これを徐々に不利な状況に追い詰めていくのであるから。
特にロリポップ中隊の動きは玄妙であった。時折、傍目には意図不明なミサイルが中隊所属機から射出されたかと見えるや、その後の状況が圧倒的にロリポップ中隊優勢に変化してしまうのである。ホッブス教官ですら目を疑うこの行動は、まさに幻惑の名に相応しかろう。学んで真似のできる類の代物ではなく、それは操縦士のセンスと、それを支える整備士の調整の賜物であったろう。
「キルヒー、左上のアレお願い」
フレミングが隷下各機にミサイル射出指示を行う際に命令が『アレ』でこと足りているのは実は、フレミングが被る全周戦術情報表示装置に内蔵される視線追跡装置の座標情報を、指示されたパイロットの全周戦術情報表示装置にも共有して投影表示されているからである。これも、こやっさんの開発によるロリポップ中隊の秘密兵器である。
そうして今や護衛戦闘機群からはぐれた敵対地攻撃機群が、既にエネルギーも消失して自らを守るべき盾を失った状態にあることを確認した中隊長が、隷下各小隊に発令する。
「パパン先輩はアッチの編隊を、ガリレイ先輩はそこの編隊をお願いします。私達はあの護衛編隊をやるわ。終わったらここで再集結ね。各機、あとは小隊長の指示に従って」
そう言ってフレミングは自機の航法表示装置を使って再集結地点を示す。
「よっしゃ、いくぜ!」
「ガリレイ達もやる」
2人の小隊長から簡潔ながら確かな返答が来る。こんな曖昧な指示でも今や立派に中隊としての統制を保って運動できるのは、
「お姉ちゃん達のお陰ね……」
口には出さないがフレミングは、内心で3人の先輩達に感謝している。
「私達もいくわよ、小隊基本隊形」
充分敵を追い詰めた今や、複雑な機動は必要ない。そうであれば後は攻防に適した基本隊形を組むことが理に適っていよう。ロリポップ小隊が編隊を変更する。
「ワタクシはあちらを」
「じゃぁ、私はこっちねぇ~」
「私は2人を援護するわねぇ~」
以心伝心というのはこういうことを言うのであろう。それぞれに自分の役割を理解して最善と思われる行動をするのみならず、互いに相手の行動を予測して互いに助け合う。フレミングは「我ながら良いチームができたな」などと思いながら、時折『踊る赤髪』と呼ばれる機動を披露する。予測不可能な動きに翻弄された敵機が我を見失う、その隙を見逃さずに3人の小隊メンバーがそれぞれにトリガーを引く。「そっかぁ、こういう戦い方もあるんだぁ」と悟ったフレミングは、それはガリレイ先輩に教えてもらったものだと気がついていた。
「みんな、再集合!」
ロリポップ中隊はこの戦場でも充分な戦果を挙げたようであった。周囲の敵機が全て掃討された様子を確認したフレミングは、中隊に再集結を命じ、自らも予め指定した地点に向けて移動を開始する。集結した小隊が編隊飛行に移る頃、突如、キャンディーマルーンの右主翼を曳光弾がかすめていった。同時に機体に若干の衝撃を感じたフレミングは、咄嗟に右手のスティックを前方に倒して機首を下げ、機体を機銃弾の軌道と平行に傾ける。同時に周囲を見渡すが、空域脅威度は全て『青』である。判定プログラムの異常であろうか。そう疑った赤髪は素早く360度ロールを行い全周を確認するが、やはり周囲に敵機は見られない。
「フレミー、大丈夫ですか?」
ゆるふわ金髪の親友の問いに返答するフレミングの口調からは動揺が隠しきれていない。
「うん、大丈夫だけど、敵はどこ? 私には見えなかったんだけど……」
フレミングの問いに蜂蜜色が癒しヴォイスで応える。
「フレミーちゃん、周囲に敵はいないから大丈夫よ、まずは安心して」
「えっ、でも今、私、後ろから……」
フレミング機の状況を最もよく観察していたのは、小隊基本隊形で最も後方に位置するケプラーであった。
「あのね、私達の上空2,000ftを通過していった敵機がいたでしょ?」
その機体にはフレミングも気がづいていた。尤も、その進行方向と高度差からフレミングは、その敵機を脅威と見做してはいなかった。無論、空域脅威度判定プログラムも同様に判断したのであろう。それが何故?
「その機体を追ってた味方機が射った弾がね、フレミングちゃんの方に流れていったの……」
流れ弾……友軍誤射はしかし、本来は起こるはずがなかった。バーラタ航空宇宙軍の戦闘機は全て、機銃攻撃の際にその射線上に友軍機がいる場合には、例え操縦士が引き金を引いても機銃弾が射出されないように安全装置が働く仕様になっているのだ。
「流れ弾って、そんなこと……?」
フレミングの当然の疑問に応えてくれたのは、つい先日まではAMF-60Aの操縦士であった蜂蜜色のお姉ちゃんであった。
「フレミーちゃんを射ったのは、マクスウェル中隊のパイロットだったわ……あのね、フレミーちゃん。AMF-75Aの機銃って機首両脇についていて、目標距離で射線が交差するでしょ? でもね……AMF-60Aは違うのよ……機首右側にしかついていないの」
トリチェリの、天使の歌声とも言われた常の口調とは異なり重々しい声音の説明を、金髪の親友が引き継ぐ。
「つまりトリチェリ先輩。AMF-60Aの設定に慣れたベテラン整備士の方が、AMF-75Aの射軸調整と射線設定を、誤ってAMF-60Aのそれと同じようにしてしまった、と仰るのですか?」
「そうね、恐らくは……だから安全装置が作動しなかったのだと思うわ……」
恐縮そうに言う蜂蜜色の編隊長を庇うように、その僚機が口を挟む。
「トリチェリ先輩が悪いわけではないんですから、そんなに申し訳なさそうに言わなくても……」
「そうねケプラーちゃん、ありがとう。それよりフレミーちゃん、機体は大丈夫?」
そんなやり取りをしている間、フレミングは統合機体情報表示装置のタッチパネルを手早く操作して、機体の自己診断機能を走らせていた。結果、どうやら機体に異常はないようである。
「キルヒー、ケプラー、トリチェリ先輩。みんな、ありがと。お陰様で私も機体も大丈夫。この子、ちょっとくらい無理しても、いつも平気だから……」
にこやかに宣言する赤髪の小隊長に、各自各様の表現で喜びを表す。
「そうですわね。コブラとかクルピットとか、フレミーはいつもその子に無理させてますものね」
「だって、フレミングちゃんは『踊る赤髪』だもん!」
「何より、フレミーちゃんが無事で良かったわ」
左右に軽くバンクを振って、自身と機体の健在をアピールする小隊長のヘルメットに、パルティル司令官の声が入った。
「敵の撤退開始が観測された。第00防衛航空軍隷下各中隊は、戦況を適宜確認の上、ベンガヴァルへ帰投せよ」
予定地点で中隊の集結を待ちながらフレミングは戦況を確認する。ロリポップ中隊は元より、今回は000Wに損害は無いようである。敵の撤退を自分でも確認したフレミングは安堵しつつ中隊に発令する。
「みんな、ベンガヴァルに帰るよ」
「了解!」




