第40話:後でお話ししようと思ってたのですが、私達には秘密兵器があって……
中隊対戦シミュレーションは、フレミングvsファラデー、ファラデーvsテイラー、テイラーvsマクスウェル、マクスウェルvsフレミング、という順番で、対戦カードをローテーションしながら行われる。戦闘時間は30分とし、対戦後に15分の意見交換-これは48人全員で行う-と15分の休憩を入れて1セット60分。これを繰り返していく。シミュレーションだけに離発着や機体整備の時間が不要であり、短時間でより多くの戦闘訓練を実施できる。尤もそれは、パイロットにかかる負担が大きいことと同義ではあるのだが、若いパイロット達には今のところ心身両面における不調は見られない。
フレミング中隊12人の全周戦術情報表示装置には、既に2つの新機能が表示されている。そしてこのシステムの有効性は、ファラデー中隊との対戦開始後すぐに証明されることとなった。30分の戦闘訓練の後、ファラデー大尉が問う。
「なぁ、フレミング。そっちの新任の4人には、これが初めての中隊飛行だろ? 何故そんなに簡単に連携が取れたんだ?」
ファラデー中隊にも2人の新任少尉がいるが、ややもすればここが中隊の弱点となりがちであったファラデー中隊であった。連携運動から遅れて機動するモーリー少尉-先の戦闘で撃墜されたノビーリ少尉の後任である-が狙われ、これをフォローしようとマリア小隊長がカバーに入ると中隊全体の連携が乱れる。フレミング中隊はその隙をつき、30分の対戦で3機撃墜の戦果を挙げていた。無論ファラデー先輩もフレミング中隊の弱点を探すことに務めていたが、ファラデーには不幸なことに、ロリポップ中隊には死角が見つけられなかったのである。
「あぁ、先輩、すいません。後でお話ししようと思ってたのですが、私達には秘密兵器があって……」
『秘密兵器』という言葉に敏感に反応したトリガーハッピーが興奮気味に問う。
「秘密兵器って何だ、フレミング? もしかして、全弾発射とか、そういうのか?」
マクスウェルの質問に、やや呆れ返ったファラデーが返答する。
「マクスウェルは相変わらずだな。全弾発射なんか、フレミング中隊はしてなかっただろう?」
むしろ、中隊のミサイル発射数ではファラデー中隊の方が多かったくらいである。ある意味においては、ファラデー中隊が無駄弾を射たされていた一方で、フレミング中隊は必中弾だけを放っていたとも言える。
「すいません、あの……有効性を確認してからお話ししようと思ってたので……」
『秘密』にしていたことを詫びた後、後輩が説明を続ける。
「私達の中隊では、全周戦術情報表示装置に空域脅威度判定プログラムと隊長航路予測システムが組み込まれていて、要するに、中隊みんながどこに向かって機動すべきか、可視化されているんです」
「あぁ、なるほど、それでか……フレミングは昔からそういう、特異な機能を考えるのが得意だったからな……その、空域脅威度判定プログラム、だったか? 私達にも付けてもらうことはできるか? 有効性は今の一戦でもう充分に証明されただろう?」
状況を納得したファラデー先輩はそう言って、他の2人の中隊長を見廻す。金髪のハネハネショートも紫紺のレフトサイドテールも黙って頷いている。
「こやっさん。先輩達も使えるようにできる?」
赤髪の中隊長からの下問に、その機付長補はいつも通り明瞭に答える。
「昼休憩の間に作業しときますんで、午後の訓練からであれば」
******************************
食堂でランチを取りながら、フレミングは隷下パイロットに相談する。
「さっきのファラデー先輩との対戦なんだけど……」
「何だ、中隊長? 初めてにしてはアタシら、上手く連携できてたじゃねぇか。やっぱ、あのエリア何たらのおかげだよな。アレさえあればアタシら、いつでも行けるぜ、なぁ?」
不安そうな口調で問いかける中隊長に、パパン先輩が感想を述べながら自分の小隊に同意を求める。求められたカルマン、ボース、ミリカンもそれぞれに頷いている。特に新任のボース、ミリカンには、それなりの手応えが感じられていた様子が、その態度からも明瞭であった。
「うん、そうなんだけど……」
ファラデー中隊との対戦時、フレミングは中隊の隊形を小隊基本隊形-横陣に組んでいた。小隊基本隊形とは、小隊長機を先頭に左後方にその僚機、右後方に編隊長機、更にその右後方に僚機を配した小隊隊形のことであり、丁度その形が、手指4本を伸ばして揃えた形に相似することから『4本指』の名前で呼ばれており、バーラタ航空宇宙軍の基本隊形であった。フレミングは小隊基本隊形に組んだ3個小隊を横一列に並べてファラデー中隊と対峙したのである。
「やっぱり……あの隊形では連携が遅くなるよね」
フレミングはこの小隊基本隊形-横陣では、旋回運動に時間がかかり過ぎることを懸念している。この隊形は横幅が広くなる傾向にある。そのことは、広い空域をカバーすることには向いているのだが、中隊全体で旋回することには不向きなのである。例えば中隊全体で右旋回することを想定した場合、最左翼の機体が移動を終えるまでの時間が長くなる一方、最右翼の機体は速度を墜として左翼部隊がついてくるのを待たなければならない。無論右翼と左翼で-そして小隊内でも同様に-ポジションを替える機動もあるのだが、その技術を習得する時間が無いことが000Wの最大の課題なのであった。そのことは、実際に現地部隊に配属され中隊単位での訓練に日々明け暮れていた40期の3人が最もよく理解しているであろう。何しろ、昨日までできていたことが、今日はできなくなっているのだから。パパン小隊長にしても、よく分かっているからこそ「初めてにしては上手く」などと言うのである。つまりまだ、フレミング中隊は実戦レベルの連携を習得しているとは言い難い。
場が暗い雰囲気になりそうになるのを見かねて、慌ててフレミングが続ける。
「それでね、えっと……午後からは、いろんな隊形を試してみたいと思うの。三角とか菱型とか……。それでね、私達に一番合う隊形を見つけたいと思うんだけど、みんな、いいかなぁ?」
これは賭けである。訓練に充てることのできる時間は短い。その少ない時間を、基本隊形の習熟に使うのか、それとも最適な隊形の発見に使うのか。無論フレミングは色々試してみたいと考えているが、そのことがみんなを混乱させてしまうかもしれないのだ。こういう時……逡巡する中隊長を救ってくれるのは聖母様である、と古来相場は決まっているのであろう。天使の歌声もかくやという蜂蜜色の癒しヴォイスが中隊長の意見を支持する。
「私も、フレミーちゃんの言う通りだと思うわ。大丈夫。フレミーちゃんはもっと自分を信じていいわよ」
「ガリレイも中隊長を信じてる」
「中隊長! アタシもだぜ」
3人のお姉ちゃんの後押しに少し意を強くしたフレミングは、3人に謝意を述べた後、同期生にも確認する。
「ありがとうございます。トリチェリ先輩、ガリレイ先輩、パパン先輩。みんなも、それでいい?」
キルヒーとケプラーは言うにおよばず、カルマンもプランクも、そして4人の新任同期生も、みなフレミングの目を見て頷いてくれた。
******************************
いくつかの試行錯誤の結果、フレミング中隊は菱型-三角というコンパクトな隊形を中隊の基本隊形とすることで、12人の意見の一致を見た。小隊長を先頭に、編隊長を殿にして、それぞれの僚機を左右に配置した菱型編隊を各小隊の基本隊形とする。そして、フレミング小隊を戦闘にパパン小隊を左後方、ガリレイ小隊を右後方に三角に配置した中隊編隊を形成する。どうやらこのコンパクトな隊形がフレミング中隊にとっては、効率よく脅威度の低い-青い-空域を占位し続けることに最適であった。
「それにしても中隊長、あの感覚はどうやって身に着けたんだ?」
圧巻であったのはフレミングのミサイル発射タイミングである。脅威度の低い空域を指向するとは言え、それは相手との相対関係によるものであり、相手の選択した行動によっては、さきほどまで青かった空域が一瞬にして橙や赤色になることもあり得ることである。そのような場合、最大パワーで危険空域からの離脱を図るのは当然のことであるがその一方、フレミングは突如としてミサイルを発射することがある。
「ガリレイにもアレは真似できない」
フレミングの発射するミサイルは当然敵機の回避行動を誘うが、その行動がまた空域の脅威度を書き換え、結果として中隊への脅威度を下げることに資するのである。そうであると理屈では分かっても、どのタイミングでどの方向にミサイルを発射すれば効率よく脅威度を変更できるのか、その感覚を掴むことは誰の目にも難しいようであった。
「えぇ~、何となく……かなぁ?」
「Bet on it!」
などと言ってプランクなどは何度かそれを試してみたのであるが、脅威度が改善されるのはせいぜい6割程度の確率であった。2割はよく言って現状維持、残りの2割に至っては更に状況を悪化させる始末である。そんな時にはガリレイが独断専行して得意の幻影機動で相手を混乱させ、その隙にフレミングが事態の収拾を図ったりするのであるが、無論そんな無茶もシミュレータ訓練だからこそできる所業である。プランクに言わせれば「訓練だから」というところであろうが、中隊メンバー全員が「頼むから実戦ではやってくれるなよ」と思っているに違いない。
「次の対戦訓練では、フレミーちゃんがミサイル発射を指示してみる、というのはどうかしら?」
蜂蜜色の提案にみなが頷く。フレミングがいかにセンスがあっても、彼女のAMF-75Aが搭載できるミサイルの量には限りがある。それなら、フレミングの指示で中隊の他の機体からもミサイル発射ができることが望ましいであろう。そのことは無論、ミサイルの数以外にも利点がある。ミサイルの発射地点を複数用意できれば、それはより有利な選択肢を中隊長に与えることになるのだから。
こうして訓練を行う度にフレミング中隊は練度を上げていく。どうやらフレミング中隊12機の連携運動は、休戦明けまでに何とか実戦レベルに到達することができそうであった。
******************************
新機能を搭載した初めてのシミュレータ訓練が終わった夜、食堂から寮舎に戻る道すがら、トリチェリがフレミングに訊ねた。
「ねぇ、フレミーちゃん。中隊編成はフレミーちゃんが自分で考えた、って聞いたのだけれど、私ね、嬉しかったわ。フレミーちゃんが私を小隊メンバーに選んでくれて……」
突如そのように言われたフレミングは、トリチェリ先輩の意図がよく分からずに聞き返す。
「トリチェリ先輩、もしかして先輩は……私がガリレイ先輩を小隊長に選んだこと……」
不安そうな後輩の表情を見た聖母は、努めて明るい笑顔を可愛い後輩に返す。
「ううん、フレミーちゃん。そんな心配はしなくていいわ。私はね、本当に嬉しかったの。私を、フレミーちゃんの小隊に残してくれて」
「えっ? どういう意味ですか、先輩?」
「そのままの意味よ。だってね、フレミーちゃんは、私を必要だと思ってくれたから、私を残してくれたんでしょ?」
その通りであった。フレミングにはトリチェリ先輩を小隊長にする案もあったのだ。しかしその案を選択しなかったのは、無論全体のバランスを考慮した結果でもあるのだが……
「トリチェリ先輩、本当は先輩に小隊長を、とも思ったんですけど……私のわがままで……やっぱりトリチェリ先輩には側にいて欲しいなって……」
最後まで言わない前にトリチェリ先輩がフレミングをぎゅっと抱きしめる。
「フレミーちゃん、ありがと。私を選んでくれて。それから……色々一人で考えて、偉かったね」
後輩たちの頼れるお悩み相談所は、戦時中であっても癒しを提供してくれる。やっぱりトリチェリ先輩がいてくれてよかった。そう思ったフレミングは素直に頷いた。
「はい……」




