第28話:もう、まったくしつこいなぁ
「メーデー、メーデー、メーデー、こちら November-11、至急援護を求む。November-12がやられた」
ボルタから緊急通信が入る。ボルタの僚機であるクーロンが撃墜され、ボルタ自身も敵機から追撃を受けているらしい。
「援けに行かなくちゃ」
そう呟くとフレミングは、航法表示装置上でボルタ機-November-11-の現在地を確認する。フレミング中隊の現在地から南南西に30km、高度19,000ftの地点にボルタ機を発見した。
「Oscar-1よりNovember-11、これより援護に向かう。繰り返す、Oscar-1よりNovember-11、これより援護に向かう」
「Oscar……フレミング? お願い、早く来て」
「ボルタ、待ってて、すぐ行くから」
ボルタに救援の意を示した後、フレミングは手早く隷下中隊に命令する。
「パパン小隊は先に帰投。帰路の安全を祈る」
「アタシらもいくぜ、中隊長」
スティックを操作して旋回、機首を方位210に向けつつフレミングはパパン先輩に応答する。
「いえ、今は少ない数で行く方が早いので……」
「ちっ、分かったよ……」
言い合いをしている余裕は無いことを理解しているパパンは、すぐに折れてくれた。
「小隊はアタシが預かる。中隊長も気を付けて」
「パパン先輩、ありがとうございます。フレミング小隊は私に付いてきて。菱型隊形」
フレミングはスロットルを最大パワーに入れる。小隊長機の突然の進路変更と最大加速に、しかしアンティークゴールド、水色+桜色、蜂蜜色の3機のAMF-75Aは、キャンディーマルーンの航路を予め知っていたかのように追従しながら、編隊を組んでいく。
「アレが本当に落ちこぼれ小隊なのか……?」
フレミング小隊の出自を訝しむ瞬間湯沸かし器の自問をファントムが解題する。
「アレはロリポップ小隊」
「もう間に合わない、早く来て、フレミング!」
ボルタの切迫した悲鳴が聞こえる。恐らくボルタ機の中では、敵のロックオン信号を検知したアラート音の間隔が短くなってきているのであろう。しかし、緊迫すればするほど、冷静な判断と操作が行えなくなるものである。
「ボルタ、落ち着いて。短距離空対空ミサイルは何発残ってるの?」
「全て射ち尽くしたわ!残弾2発」
全て射ち尽くして残弾2とはおかしな表現であるが、落ち着きを失っている今のボルタ的には正しい表現であった。何故なら航空士官学校では常々、帰投時まで最後の2発は取っておくこと、と教わってきたのである。それは、帰路に万一の事態-例えば伏兵の襲撃-が発生した場合の、自衛が理由であった。第三者の視点から見れば無論、この状況において尚もミサイルを温存しておこうとする選択の方がおかしいのではあるが、そんな冷静な判断でさえも今のボルタには難しい。逆に言えば、ボルタはそれほど切迫した状況下にあるのであろう。
「ボルタ、とにかくそれを射って! オフボアサイトでも射てるでしょ?」
「でも……」
なおも躊躇うボルタをフレミングが叱責する。
「今がその時でしょ! ボルタ!!」
こういう時……すなわち、友人に校則違反を唆す際の上手いやり口は、第18小隊なら誰でも心得ているものである。赤髪の悪友はこの際、少しだけその特技を披露することにした。
「ボルタ、射てば機体は軽くなるし、敵が回避行動に移れば逃げる余裕もできるわ。その間に私達が追いつけば、あとはうちの小隊があなたを護衛する。約束するわ、ボルタは私達が守るから。もうミサイルは要らない。今射っても、あなたは大丈夫だから」
ボルタの耳をつんざくアラート音に、フレミングの怒声が勝る。
「射て! ボルタ!」
思わず後方の敵機を振り返り目視でロックオンした青銀色は、自機に音声入力で指示を与える。
「発射」
2発の短距離空対空ミサイルが左右両翼端のランチャーから射出される。ボルタの後方から追尾する敵機は最初、他になす術も無く悪あがきする敵を哀れんだことであったろう。そして、次の瞬間には戦慄することになる。あらぬ方向に飛翔していたミサイルが急旋回するや、ボルタ機を追尾していたパラティア軍機に襲い掛かった。
敵機が回避行動に移る様子を航法表示装置上で確認したフレミングは、その隙にボルタに進路を指示する。
「ボルタ、方位040。あと10数秒で邂逅できるから」
「了解」
ボルタの少し落ち着きを取り戻した声に安堵しつつ、フレミングは航法表示装置を再確認する。敵はミサイルの回避に成功し、再びボルタの追撃に移ったようであった。まだボルタとの距離はあるようだが、こちらから小隊4機が近づいていることに気づいていないのか、あるいは……
「敵はEnemy-19のようですわね」
金髪の親友が同じ懸念を口にする。フレミング小隊が先に取り逃がした小隊の生き残り2機が相手のようであった。「江戸の仇を長崎で」とボルタ機を狙ったものであったか、あるいは「ここで逢ったが100年目」などとでも考えているものであろうか。Enemy-19、Enemy-20の2機が猛然と迫ってくる。更にその後には、Enemy-1、-7、-8、-9の4機が続いているようである。フレミングとキルヒホッフには各4発、トリチェリとケプラーには各6発が、フレミング小隊のミサイル残弾数であった。あとは機銃弾が各数秒程度。「ガリレイ先輩にも来てもらえればよかったかなぁ~」と少し後悔するフレミングであるが、この緊急時に8機の行動を指示する余裕が無かったのも事実である。敵機にしても恐らく余剰のミサイルなど今や吊るしてはいないであろう。ガリレイ機の残弾数の多さは魅力的ではあったが、今は身の丈に合った指揮に専念することにしよう。いや、小隊長すら本来は身に余る重責なのだから……
「トリチェリ先輩はEnemy-19、-20の2機を指向。ケプラーはEnemy-1、-7の2機を。キルヒーはEnemy-8を、私は-9を狙う。各2発づつ発射の後、トリチェリ編隊は左旋回、高度5,000ftまで降下加速しながら進路160でベンガヴァルに帰投」
「了解」
「ボルタ、聞こえた? 蜂蜜色と水色+桜色の2機が先導するから後ろについて!」
「了解」
ボルタからも応答がある。進路と高度を予め指示しておけば、ボルタの腕であれば問題なく追従するであろう。
「キルヒーも進路160に転進、ボルタの後ろについて」
「フレミーは?」
金髪の親友が心配する声に、赤髪の小隊長は力強く答える。
「私は敵の様子を伺ってから、殿軍を務める」
「分かったわ、フレミー。気を付けて」
「ありがと、キルヒー」
「小隊各機、ミサイル発射」
フレミング小隊がなけなしのミサイル12発をばら撒く。必中など期待できない象限と距離からの攻撃ではあるが、敵機撃墜が目的ではない。敵が回避する間にこちらが逃げ切るだけの距離を稼ぐことが目的なのである。敵も撤退しつつある状況で、深追いはしてこないであろうとの読みもあった。ある程度の距離が稼げれば、敵もそれ以降の追撃を諦めるであろう。
思惑通りに敵が回避行動を取る中、予想外にも戦果があった。
「キルヒー、1機撃墜」
ゆるふわの金髪は戦の神にも愛されたのであろうか。小隊メンバーとは逆の右方向に旋回するフレミングの目にEnemy-8のパイロットが空中で落下傘を展開する様子が映った。それはフレミング中隊16機目、キルヒホッフには3機目の撃墜戦功であった。フレミングは尚も状況観察を続ける。どうやらトリチェリ先輩を頭に、ケプラー、ボルタ、キルヒーで菱型編隊を組んで戦場から離脱することに成功しつつあるようであった。一方、Enemy-9は回避中に高度11,000ftまで降下したようであり、最早脅威ではなくなっていた。また、Enemy-1は高度を維持しつつも速度エネルギーを大幅に損耗しており、最大パワーのAMF-75Aを追撃できる状況には無いようだ。
敵状観察を続けるフレミングの目の前へ、必死の様子でフレアをばら撒きながら切り返しを繰り返すEnemy-7が飛び込んでくる。
「武装選択、機銃」
音声入力で武装を機銃に切替えるやフレミングは全周戦術情報表示装置に投影されるレティクルにEnemy-7を捉え、トリガーを引く。敵機は恐らく、フレミング機の近傍によればバーラタのミサイルを躱せると考えたのであろうが、その目論見は崩れ去った。空対空ミサイルはその近接信管の作動により敵機近傍で自爆し、自らの破片をばら撒くことで敵機を破損させる仕組みとなっている。つまりミサイル近傍に複数の機体があれば、1発のミサイルでそれらを同時に破損させることも可能なのである。従って友軍誤射を防ぐために、バーラタのミサイルにも近傍に自軍機がいる場合には自爆しないような安全装置が組み込まれていた。敵は最後の回避手段としてそれを狙ったのであろうが、フレミングの反射神経はそれを許さなかった。
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旋回しつつ状況観察を続けていたフレミング機の機首が方位160を向いた時、赤髪の小隊長もベンガヴァルへの帰投を決した。このタイミングであれば離脱は容易であろう。最大パワーで戦場を離脱するキャンディーマルーンのAMF-75Aに、しかし尚も追いすがる敵影があった。そもそもボルタが危地に追い込まれた原因には2つの不幸な原因が重なっていたのであるが、今やボルタの身代わりとなったフレミングには、その不幸が一身に押し寄せることとなってしまったのである。
一つ目の不幸は、この急造の000Wの上級司令部はベンガヴァルにあったことである。2個飛行隊48機を束ねる防衛飛行群司令は通常、大佐を以ってその任に充てることとなっている。無論群司令には自らも愛機に搭乗し直接現地指揮を採ることが期待されているのであるが、ひよっこと新米パイロットの寄せ集めにすぎないこの飛行群に、現地指揮を採る群司令は存在しなかった。そのため撤退命令はベンガヴァルから出された訳であるが、その指示は少し早すぎた。
確かに、敵が撤退を開始したことは観測されていた。またパルティル司令官は正しく「敵の引き際に合わせて適宜後退せよ」と発令していた。しかし敵が撤退するにしても、「全局面・全部隊・全機同時に」などということはあり得ない。局地的には乱戦状況のところもあれば、互いに距離を取って牽制しているところもあろう。すなわち、後退とは敵と呼吸を合わせて行うべき類のものであるが、遠く離れたベンガヴァルにあっては敵の息遣いなど読めるはずもなかったのである。
そこに二つ目の不幸が重なる。ボルタの所属するハーン小隊は、元はテイラー中隊に所属していたものである。それが、ファラデー中隊3個小隊のうち、マリア小隊とホイヘンス小隊が敵中距離ミサイルにロックオンされたため後置された結果、臨時にテイラー中隊からファラデー中隊に異動になっていたものである。そしてファラデー中隊長が「ファラデー中隊、全機後退」と発令した際、ボルタは僚機のクーロンと共に戦場で突出してしまっていた。
ファラデー中隊の識別符号は「Mike」であり、ファラデーの機体はMike-1である。一方、元々はテイラー中隊に所属していたボルタの識別符号はNovember-11。後退命令を発する直前、ファラデーが自機の航法表示装置上で隷下中隊の状況を確認する時に、November-9以下への注意が薄くなってしまっていた可能性は否定できない。あるいは、「ファラデー中隊」との呼びかけにボルタ編隊長の反応が鈍かったということも考えられる。いずれにせよこの連携の不徹底が000Wの弱点となり、そこを敵に突かれたのが実情であった。
この点においてフレミング中隊の救援は素早く、かつ、適切であった。敵を牽制、撃破し味方機を護衛の後、素早い転進と後退。流れるような展開であったが赤髪の中隊長にも読み間違えがひとつだけあった。それは敵の「執念深さ」であった。
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「もう、まったくしつこいなぁ」
桜色の二つ結びであれば「うち、しつこい男はまじ嫌いだし」などとぼやくところであろう。キャンディーマルーンのAMF-75Aを追うのは、Enemy-19とEnemy-20の2機であった。先にゆるふわ金髪が懸念を示した通り、この2機の生き残りは、今やフレミングを討つことだけを目的としているようにも見えた。両機から見ればフレミングは不倶戴天の敵であろう。護衛戦では隷下中隊9機のうち7機を墜とされ、たった今も6機で追撃したボルタ機を墜とせないばかりか、更に2機の味方が返り討ちにあったEnemy-19である。その2機は、距離はまだあるようだがフレミング機の後ろについて、地獄の底まですらも追ってくる様子を見せている。
また、高度17,000ftを飛ぶフレミングの下方、高度10,000ft近辺には、こちらも先に対戦したEnemy-1とEnemy-9がいた。先にフレミング小隊のミサイルを回避するためにエネルギーを失った両機ではあるが、戦闘によりフレミング機がエネルギーを失い降下してくるのを予め下方で待ち構えているかのような態勢である。空戦とはいわば互いに敵の物理エネルギーを失わせる闘いであり、そのルールは速度エネルギーと位置エネルギーの合計がゼロになると負けという単純で明快なものである。空戦機動の連続は速度エネルギーを失わせるが、失った速度エネルギーを回復するためには位置エネルギーを失う。後方の敵に格闘戦を挑まれれば、キャンディーマルーンの高度は下がることになろう。
そして、高度22,000ftの上空には、こちらは新手のEnemy-4とEnemy-5がついてくる。今やフレミングは、合計6機の敵機に上下から挟み撃ちにあっていた。Enemy-1から-9までの敵機はいずれもファラデー中隊の射ち漏らしである。ファラデー小隊には42期首席のイッセキも所属しており個々のパイロットとしての技量は充分であろうが、やはり急造の中隊では連携が難しいということであろうか。特に途中でテイラー中隊から小隊を転入させたことは、ファラデー中隊に余計な混乱を与えたことであろう。そんなことを想像するフレミングは自分の中隊メンバーへの感謝を新たにしてもいた。ゆるふわ金髪と水色とは第18小隊以来の気心の知れた仲間であるし、聖母先輩は、そんな後輩達をいつも暖かく見守ってくれている。パパン先輩とガリレイ先輩は常にフレミングがやりやすいようにフォローしてくれるし、プランクは何を考えているのか分からないことも多いが、カルマンはいつも空気を読んでくれる。
「ファーレンハイトだって見てるんだから……」
無様なことはできないであろう。改めて意を強くしたフレミングは、この劣勢をどう凌ぐか算段していた。フレミング機の残弾は短距離空対空ミサイル2、機銃弾450である。




