第29話:悔しかったから、こっちもずっとロックオンし返してやってたの
先に仕掛けてきたのは、上空にあるEnemy-4とEnemy-5の2機であった。上空から降下しながら加速し、一気に距離をつめてくる。先ほどフレミング達がFoe群に対して仕掛けた一撃離脱戦法と同じ作戦であろうか。しかしフレミングの目は、上空から突撃してくる機体が既にミサイルを射ち尽くしていることを確認していた。
「機銃だけなら!」
Enemy-4の火線を左80度バンク、8Gオーバーの急旋回で躱す。右側方をEnemy-4がすり抜けていくのと同時に、Enemy-5が見越し射撃を行い、フレミング機の予測進路に厚い弾幕を形成してくる。Enemy-4の射撃は牽制で、フレミングが回避するその頭をEnemy-5が抑えるという敵の連携攻撃である。そうと知る赤髪の操縦士は左ロールで背面に入りつつスティックを手前一杯に引いて敵の火線と機体を並行させた後、更に左ロールを行って右方向に回避する。キャンディーマルーンの後方を急降下していくEnemy-5は今や脅威ではなくなった。
機体を水平姿勢に戻した後、フレミングは素早く周囲の状況を確認する。今の回避行動によりフレミングは高度を2,000ftほど失うと同時にEnemy-19、Enemy-20の2機に差を詰められてしまった。一方、上空から仕掛けてきた2機は距離をとって再上昇に転じたようである。またEnemy-1とEnemy-9は相変わらず高度10,000ftで網を張って待ち構えている。次も再びEnemy-4のチームが上空から同じように仕掛けてくるのか、あるいは今度はEnemy-19編隊が仕掛けてくるのか。いずれにせよ両チームが交互に仕掛けを繰り返す度に、たとえそれらを躱せたとしても、キャンディーマルーンの機体は高度を失っていくことであろう。そうならない前に……
フレミングはスロットルを最大パワーからミリタリーまで戻した。後続のEnemy-19との距離が一気に縮まる。AMF-75Aはオフボアサイト攻撃、すなわち真横や後方にある敵機をロックオンしてミサイルを発射する能力を有しているが、後ろの2機はフレミングのAMF-75Aが翼端に尚2発のミサイルを残していることに気づいているようであった。先にボルタ機が真後ろの敵機に向けてミサイルを発射したことを知るがゆえであろうか、Enemy-19とEnemy-20の動きには、それを警戒する様子が見て取れた。
「機動制限装置、解除」
敵の動きを待って対応することなど、自分の性には会わない。そう思ったフレミングは、航空士官学校時代に演習で披露してみせたあの機動を再び実施することにした。
「コブラっ!」
フレミングはスロットルを再び最大パワーに押し込み、スティックを手前一杯に引く。キャンディーマルーンの機体は急激に機首を上方に向け、進行方向に対してほぼ垂直に起立するような姿勢になる。「結局あの時は何で怒られたんだっけ?」と追憶しながら「ほら、やっぱり練習しておいて正解じゃない」などと思うフレミングである。あの時と同じように後続の敵機は、追尾する機体の急激な姿勢制御と減速に戸惑い、慌てて左下方に回避していく。
あの時はその後スティックを戻してキルヒホッフ機を追撃したのだが、今は更にEnemy-20が後続している。ここでEnemy-19の追撃に移行するなど、自殺志願者にだってお勧めできない。まずはEnemy-20が先だ。
「か~ら~の~」
更にスティックを手前に引き続け、スロットル脇の推力偏向レバーを上向き最大に入れる。
「クルピットっ!!」
キャンディーマルーンの機体は180度反転して背面姿勢になる。但し、進行方向は変わらないまま、機首を後ろに向けた姿勢である。フレミングは背中に向けて全速前進しながら、後続のEnemy-20を正面に捉える。推力偏向レバーをとスティックを戻しながらフレミングは音声入力で愛機に指示を与える。
「武装選択、機銃」
キャンディーマルーンの全周戦術情報表示装置にガンレティクルが表示される。フレミングは右手人差し指でトリガーをハーフクリックして、Enemy-20をレティクルの中心に捉えた。レティクルが赤く明滅し、その下に標的との距離を表す数値が表示される。AMF-75Aは機首左右両脇にそれぞれ1丁の27mmリボルバーカノンを内蔵しているが、その射軸は可動式である。すなわち1,000ftから5,000ftの間の距離であれば、レティクルで捉えた標的の距離で射線が交差するよう自動調整されるのである。また実際の照準-レティクルの移動-は全周戦術情報表示装置に内蔵された視線追跡システムにより行う。要するにその操作は、丁度カメラのシャッターボタンと同じ要領なのだ。つまり、カメラがハーフクリックでフォーカス距離を定めた後に画角を指定するのと同様に、AMF-75Aの機銃はハーフクリックで射線交差距離を設定し視線追跡システムで照準するのである。
ガンレティクル下の数値が5,000ftを切った。敵機は眼前に迫る「踊る赤髪」の機動に、一瞬我を失ったようである。回避行動も取らずに直進してくるEnemy-20をレティクル中心に捉えたまま、フレミングはトリガーを引き絞る。爆発四散する敵機の破片が慣性のままフレミング機のいた空域に降り注ぐ中、赤髪の操縦士は急いでスティックを手前一杯に引き推力偏向レバーを上向き最大に入れて、下方へ離脱を図る。
失った速度を降下により回復しつつ、今度はEnemy-19の追撃に移行する。敵はフレミングのコブラを下方向に回避した後、後続の味方機と連携してフレミングを討とうと考えていたようである。緩上昇に移行するEnemy-19を前下方に発見したフレミングは、降下加速しつつ接近し、5,000ftで短距離空対空ミサイルを発射。回避する敵と一気に距離を詰め、2,000ftで留めの一発を射った。
「ようやく、しつこい送りオオカミをやっつけられたかぁ」
いつかの戦術演習を思い出しながらフレミングは周囲の状況を確認する。相変わらず高度20,000ft付近に2機、10,000ft付近に2機の敵機がついてきているようであった。バーラタの海岸線まではあと30kmほど。流石に本土上空まで到達すれば敵機は諦めてくれるであろう。キャンディーマルーンの機体には、もう1発のミサイルも残されていなかった。機銃弾も数秒の射撃を行えるのみ。
「あとはできるだけ距離を離して、海岸線までたどり着くしか……」
フレミングは降下加速で一気に敵機群を引き離すことに決めた。高度5,000ftまで降下して一気に海岸線を目指す。上空20,000ftの敵は高度を若干下げたようであるが、4機とも未だフレミング追撃を諦めていない様子である。更に3,000ftまで降下するフレミング。
「ここまで降下すれば流石に対空砲火を警戒するでしょ?」
そう考えたフレミングであるが、どうやら敵の企図を再び読み間違えたらしい。よほどフレミングは敵から恨まれているのであろうか。
「まぁ一杯やっつけたし、それに……」
何しろ派手な機体なのである。
「囮役のつもりなんかないのになぁ~」
席次3位のボルタなどは、初めてキャンディー塗装されたマルーンのAMF-75Aを見た際に「これは囮専用機か?」と訝しんだそうである。結局のところは今、その青銀色を逃がすための囮になってしまった赤髪である。
バーラタ亜大陸の西岸には海岸線から50kmほどの地点に2,000m級の山々が南北に連なる西ガウツ山脈がある。高度1,000ftまで降下したフレミングは、後方3km、高度2,000ftに2機、後方15km、高度17,000ftに2機の敵機を視認している。敵はフレミングを弄んでいるのであろうか。あれ以来、一向に仕掛けてくる気配が無い。17,000ftの2機-Enemy-4と-5-にはミサイルが無いことを確認しているフレミングであるが、2,000ftに位置するEnemy-1編隊の残弾状況は不明である。尤も先ほどからキャンディマルーンのヘルメットはロックオン信号を検知したアラート音を鳴り響かせている。
「それならこっちも」
フレミングは音声入力で愛機に指示を与える。
「武装選択、中距離空対空ミサイル、セット、多目標同時照準モード」
視線追跡システムで後続の4機をロックオンする。今頃は敵機もロックオンアラートを発報していることであろう。無論、こちらのミサイルが尽きたことは先刻承知であろうが……
西ガウツ山脈までたどり着いたキャンディーマルーンの機体が山肌をなめるように上昇していく。Enemy-4編隊も17,000ftから降下を開始したようである。恐らくフレミングが西ガウツ山脈の尾根を超えて高度7,500ftほどまで上昇したところを、上下から4機で集中攻撃を加えるつもりなのであろう。
追われるフレミングには最後の選択肢が残されていた。それは、乗機を捨ててコクピットブロックを射出させることである。国際法は脱出したパイロットを射つことを認めてはいない。無論、敵がそれを守るという保証は無いが、それでも今の状況よりは遥かに助かる確率が高そうである。しかし、フレミングはそれを選択しなかった。
「AMF-75Aを見捨てて、私だけ助かるなんて……」
フレミングの独白を金髪の親友が聞いていたならば「フレミーは優しい子だから」などと感想を漏らしたことであろう。
「それに、おやっさんやみんなにも申し訳が立たないし……」
自分が今こうやって飛べるのは、おやっさんを始めとする整備士のみんながいるからである。おやっさんと初めて会った時のことを想い出す。
「AMF-75Aは私だけの子じゃないから……」
そう思うフレミングには、おやっさんの許可なく機体を放棄することなどできなかった。
「最後まで一緒に……」
そう自分に言い聞かせて山肌を駆け上がっていく。尾根を越えたら180度ロールから背面降下。今度は山肌に沿って降下して、あとは地表すれすれに飛んでやろう。そうすれば、敵だって一撃離脱戦法は取れないし、ミサイルだって当たらない。そうやって常に先の機動を考えて、思い描いた航路を描く。それこそが、操縦士の矜持というものであろう。
ついに尾根を越えた。スティックを右に倒してロールしようとしたまさにその瞬間、耳をつんざくアラート音に混じって、野太い男性の怒鳴り声が聞こえた。
「お嬢、中距離空対空ミサイル、マルチロック!」
「おやっさん?」
と、フレミングのAMF-75Aがかつて見知ったような挙動を示す。レーダー武装表示装置が赤く点滅し、中距離空対空ミサイルが8発装備された状態として表示された。そう、これは……直感的に全てを理解したフレミングが音声入力を行う。既に武装選択は済ませ、敵機をロックオンしているのだ。
「発射」
西ガウツ山脈東側の台地上、フレミング機から東方10kmの地上から8発の中距離空対空ミサイルが発射されるのをフレミングは視認した。そう、それはあの航空士官学校上空で敵巡航ミサイル群を迎撃した時と同じであった。あの時と同じようにおやっさんは、フレミング機の戦術コンピュータを一瞬ジャックし、現地改修地対空ミサイルを発射させたのであろう。
8発のミサイルが4機の標的を2発づつ追尾していく。ただの強がりだと思われていたロックオン信号から突如本物のミサイルが現れ動揺したのであろうか。適当な回避行動もできず次々と撃墜されていくパラティア軍機。唯一回避に成功したEnemy-1も、流石に劣勢を悟って撤退していったようである。
「お嬢、よくそんなに早く反応できたなぁ~」
感心してみせる機付長に赤髪の分隊長は、にやけながら本当のことを話す。
「私ね、ずっと敵に追っかけられてロックオンされてて……悔しかったから、こっちもずっとロックオンし返してやってたの」
「あのなぁ、お嬢……まぁ、何だ……その、無事でよかった」
おやっさんの声を聴いてようやく落ち着きを取り戻したフレミングが報告する。
「あのね、おやっさん。私、一人前の……」
報告が終わらない前に、四散した敵機の破片がおやっさんの乗る8連装地対空ミサイルランチャーの周辺に降り注ぐのをフレミングは視認した。
「おやっさん、おやっさん大丈夫?」
無線からはノイズだけが返ってくる。8連装地対空ミサイルランチャーは爆発炎上の類はしていないようだが、無線機やその周辺に異常が生じたのであろうか。
「おやっさん、おやっさん!」
必死に呼びかけ続けるフレミングのヘルメットから、パルティル司令官の声が聞こえた。
「フレミング大尉、聞こえますか。状況はこちらでも確認しています。貴官は直ちに帰投しなさい」
司令官というよりは校長先生のような物言いに、思わずフレミングは反抗する。
「校長先生、おやっさんが……」
フレミングの応答に、しかし校長先生は気を悪くせずに諭す。
「フレミング、あなたの気持ちはよく分かります。ですがあなたの機体にはもう燃料がないのでしょう? あなたはまず、あなた自身と、何よりチャンドール准尉が整備した機体を無事にベンガヴァルまで運ぶことだけ考えなさい。チャンドール准尉のことはこちらで確認しますし、すぐに救援も送りますから心配しないで。分かりましたね?」
うなだれたまま小声で何ごとか呟くフレミングに、パルティル司令官が喝を入れる。
「フレミング大尉、貴官は直ちにベンガヴァルへ帰投せよ。復唱!」
はっと頭を上げた赤髪が大声で復唱する。
「フレミング大尉、これよりベンガヴァルに帰投します」
「機動制限装置、作動」
フレミングは高度15,000ftまで上昇し、エンジンを希薄燃焼モードにセットする。航法表示装置上でベンガヴァルを指定して最短距離を最少の燃料で飛行するよう愛機に指示した赤髪は、何やら居心地の悪さを感じている。それは中隊指揮の重圧と格闘戦の緊張から思わず失禁してしまったことだけが理由ではなかった。一人前のパイロットになったと言って褒めて欲しかった相手を犠牲にして自分だけが助かり、尚もその汚れたシートにあり続けることがフレミングには辛かったのである。
「おやっさん、みんな、無事でいて」
今は祈ることしかできないフレミングであった。




