第776話 20年後の妹へ
「こんにちはー」
「おー、坊主か」
ジェレパパさんのホムセンにやってきた。
お店に入ると、ちょうどカウンターにジェレパパさんがいたので、元気よく挨拶した。
そしてそのまま、お店に展示されている感慨深いハンマーを持ち上げようとして、失敗して、それから僕もカウンターへ向かった。
ここまでが、ジェレパパさんのホムセンに来たときのルーティーンである。
「惜しい」
「そうだなぁ」
ハンマーを持ち上げられなかったことについて、とりあえず敗者の弁を語ってみたところ、ジェレパパさんからはわりと雑な返事をもらった。
「ところで坊主」
「おや、なんでしょう」
僕も用事があってお店に来たのだけれど、ジェレパパさんからも僕に話したいことがあるらしい。はて、なんの話だろうか。
「この前の催しは良かったな。世界樹様の酒、開封パーティだったか? あれは良かった」
「お、そうですかそうですか。それは何よりです」
パーティの感想だった。
あれは良かったらしい。それは良かった。そう言ってもらえると、僕も頑張った甲斐があるというもの。
「まぁ正確には世界樹様の酒ではなく、世界樹の酒(仮)ですが」
「……仮な時点で、あんまり正確には感じねぇなぁ」
そう言われるとそんな気もする。いずれはしっかりとした正式名称を決めたいところではある。
「あと、あのイベントは僕一人では開催できなかったものですし、ナナさんや世界樹様の尽力があったことも心に留めていただけるとありがたいです」
「おー、そうだな、確かにナナの嬢ちゃんも頑張ってた。あとは世界樹様か。やっぱり世界樹様の樽ってのがすげぇのかな? 酒も美味かったしな」
「そうですね。素晴らしいお酒でした。なんでも聞くところによると――『ここ10年で最高の出来』と評判らしいです」
「うん?」
「ここ10年で最高の出来」
「……初めて作ったんじゃねぇのか?」
「まぁ細かいことは気にしないでください」
キャッチコピー自体は適当なものなので。
でもほら、ここ10年で初めて作った物ですし、それは当然ここ10年で最高の出来ということにもなるはずです。一応は間違っていないはず。
「そう言われるくらい素晴らしいお酒で――まぁ僕は飲んでいないのでわからんのですが」
「え、飲んでない?」
「飲んでないですねぇ」
「なんでだ?」
「ついうっかり飲み忘れて、気が付いたら全部終わっていました」
我ながら呆れるほどのうっかりである。
元々は自分のために作っていたお酒なのだ。エルフの掟を達成したお祝いに、特別なお酒を飲もうというのがそもそもの計画だった。
そうして二年掛けた計画のはずが……まさかうっかり自分が飲まないで終わることになるとは……。
「そんなうっかりがあるのか……」
「やっぱりお酒を飲むっていう習慣がないからなんでしょうね」
「ああ、成人してからも飲まなかったのか?」
「飲んでないです。ここで飲もうと思っていたこともあって、一度も飲んでないんですよ」
なので習慣がない。というより――前世からお酒を飲む習慣がない。
前世からそうだった。お酒がちょっと苦手で、飲む習慣もなくて、飲みたいという欲もなかった。
とはいえ転生して僕の嗜好も変わったかもしれないし、とても良いお酒に仕上がったらしいし、飲んでみたい気持ちはあったんだけどねぇ……。
「さすがに少し不憫だな……。まぁ坊主のうっかりでしかないんだが……」
「ええまぁ、僕のうっかりですとも……」
「もう本当にないのか? 一滴も?」
「あー、実は何本かはボトルに詰めて保管しているんですけどね」
「お、なんだあるのか。じゃあそれを飲めばいいんじゃねぇか?」
「いやでも、それはプレゼント用なんですよ。人界の知り合いとか、遠くに住んでいる人にプレゼントしようと思っていて」
人界にいるスカーレットさんとかリュミエスさんとかカークおじさんとか、あとはまぁ天界のウェルベリアさんとかレーテーさんとか。
勇者様とか魔王様とかおじさんとか女神様にもプレゼントしようと考えて、ボトルに詰めておいた物なのだ。
「それから、妹のためですね。妹が成長したらプレゼントしたいんです。妹が成人を迎えたとき、『これは妹が生まれた年に作ったお酒なんだ』と、そう言って開封したいんです」
「へー? それは良さそうだな。良い贈り物な気がする。ちょうど生まれた年のワインで……あん? そうか? ちょっとズレてねぇか? 気の所為か?」
「…………」
……まぁワインの年号で言うと、正確には妹が生まれる一年前だったりする。
一昨年に世界樹の酒(仮)の第1号を作って、去年に妹が生まれて、今年は世界樹の酒(仮)の第2号を作る予定である。
つまり、ちょうど妹が生まれた年のワインだけなかったりする。なんかちょっと申し訳ない。そこは20年後の妹に謝らなければならない。そこだけは負の遺産。
「まぁそんな感じでして、やはり保管用は保管したままにして、僕が世界樹の酒(仮)を飲むのは来年のことになりそうです。また新たにお酒を仕込んで、来年には開封パーティを開催する予定ですので、そのときはジェレパパさんも是非参加してください」
「おお、楽しみにしてるわ」
なので来年だ。来年こそお酒を飲むのだ。来年から本気出す。
――さてさて、世界樹の酒(仮)についての雑談で、ひとしきり盛り上がったわけだが、ここらでちょいと別の話題に移らせていただきたい。他にもジェレパパさんに話したいことがあるのだ。
「ところでジェレパパさん」
「うん?」
「少々お話があるのですが――」
「…………」
「……なんでそんなに警戒しているのです?」
僕が話を切り出した瞬間、ちょっと引いたジェレパパさんに気が付いた。何故なのか。
「なんかまた面倒事を俺に押し付けようって雰囲気を感じたからな……。また俺を地獄に巻き込もうとしてるんじゃねぇか……?」
「いやいや、そんなことはないですよ」
そう言いつつ、マジックバッグから小さな大シマリスキーホルダーを取り出し、カウンターへ置いた。
「別に僕は、ジェレパパさんに面倒事を押し付けようなんて考えていないです」
「……じゃあなんで人形を取り出した?」
「ええまぁ、なんとなく」
他意はないです。ただお話がしたいだけです。現在僕が地獄を見ている小さな大シマリスキーホルダーについて、ジェレパパさんと軽くお話がしたいだけなのですよ。
「……どうせあれだろ? 俺にも『小さな大シマリスを作り続けろ』って、そう言いたいんだろ?」
「違います」
「違うのか」
「よければジェレパパさんも作ってみませんかと、提案したいだけです」
「違わねぇじゃねぇか」
いやいや、そんな『作り続けろ』みたいに命令口調で要請したいわけではないですよ。
あくまで提案です。やはり僕らは一蓮托生。共に地獄を歩みませんかという、そんな提案。
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