第775話 祭りの後2
「あ、ミコトさんだ」
世界樹の酒(仮)開封パーティの会場を練り歩いている最中、ミコトさんを発見した。
とりあえず話しかけようと――
「もぐもぐ」
「…………」
軽食を……。軽食をひたすら食べてる……。もはや軽食ではないレベルで食べている……。
うん。まぁミコトさんもパーティを楽しんでくれているようなので、そっとしておこう……。
◇
「おぉ、ユグドラシルさん」
「うむ」
引き続き会場内を散策中、ユグドラシルさんを発見した。
当然ユグドラシルさんにも今日のパーティのことは知らせていて――なんならユグドラシルさんの予定を聞いてから日程を決めたパーティである。これは是非挨拶をせねば。
「……というより、むしろユグドラシルさんに挨拶をお願いするべきだったのでは?」
「うん? 何じゃ急に、なんの話じゃ?」
「パーティを始めるとき、僕からみんなに軽く挨拶したんです。それはそれは素晴らしいスピーチだったと自負しているわけですが、どうせならユグドラシルさんにも一言いただけばよかったなと」
「わしがか? いや、別にいらんじゃろ」
「いやいや、ユグドラシルさんのお言葉というだけでも、我々からすると感涙に咽び泣くほどにありがたいもので、しかも今回のお酒は、ユグドラシルさんの協力なしには完成しなかったものですから」
「まぁ確かにわしも多少は手伝ったが……」
「多少どころではないですよ。ユグドラシルさんがすべてです。ユグドラシルさんのおかげでお酒が完成して、ユグドラシルさんのおかげでパーティを開催することができました。ユグドラシルさんが頑張って素足で踏んでくれたおかげで、村人みんな大喜びです」
「う、うむ……」
むしろ僕がそのことをみんなに伝えたらよかった。最初のスピーチでユグドラシルさんに感謝を伝え、みんなもユグドラシルさんの素足に感謝するよう伝えたらよかった。
「まぁ実際に評判は良いようじゃからな――どれ、わしも一杯貰いにいってくるかのう」
「……え?」
「む? どうした?」
「いやいや、何を言っているんですかユグドラシルさん。幼女がお酒飲んじゃダメですよ」
「……うむ?」
人族もエルフ族も、お酒は二十歳になってから。世界樹のユグドラシルさんも、当然二十歳にならないと――
「あれ? でもユグドラシルさんって、もしかして二十歳超えてますか?」
「それはそうじゃろ……」
まぁそうか。それはそうだ。悠久の時を生きるユグドラシルさんだった。
とはいえ、ユグドラシルさんの年齢について直接言及したのは、これが初めてのことだったかもしれない。そういう意味では新事実。そういう意味では重大ニュース。
驚愕の真実――ユグドラシルさんは二十歳を超えていた!
「しかしですね、さすがにどうなんでしょう。それでも見た目的には幼女なわけで、幼女がお酒を飲んでいる姿というのは、果たしてどうなのでしょうか……」
「確かにそう言われると、わからんでもないな……。やはりまずいか?」
「やはりコンプライアンス的に……」
「なんじゃそれは」
コンプライアンス。それはもはや世界の絶対的な理。コンプライアンスに逆らうことは許されんのです。
「というわけで、幼女の姿で飲むことは避けた方が……」
「そうか……。わしも飲んでみたかったのじゃがのう……」
「ああ、そこはご安心ください。ボトルに詰めてプレゼントしますよ」
「おお、良いのか? しかもボトルじゃと?」
「それはもう世界樹の酒(仮)なのですから、世界樹様にはいくらでも奉納しますとも」
他でもないユグドラシルさんなのだ。一番の功労者であるユグドラシルさんには、ジョッキ一杯以上の量を贈呈しても構わないはず。
「では、さっそく行きましょうか」
「うむ」
そう話し合って、二人で世界樹の樽まで歩き始めた。
その道中、今からでも遅くはないと、会う人会う人にユグドラシルさんの素足の素晴らしさを喧伝し始めて、ユグドラシルさんに「やめい」と頭を掴まれたりもしながら、二人で歩き続けた。
「しかし、こうして大勢の村人が楽しんでいる姿を見ると、わしもやって良かったと報われた気持ちにはなるのう」
「そうですねぇ。みんなお酒を片手に楽しそうです。来年もこんなパーティが開けるよう、今年もぶどうの収穫時期が来たら、仕込みの方を何卒よろしくお願いしますね」
「おぉ……。今年も踏むのじゃな……」
「ユグドラシルさんの素足に、村人全員が期待しております」
「…………」
◇
てな感じで、みんなにお酒を注ぎ続けて、注いで注いで注ぎ終わって――
「いやー、終わったねぇナナさん。祭りの後だねぇ」
「そうですねぇマスター」
長い一日が、ようやく終了した。
世界樹の酒(仮)開封パーティも終わり、大勢いた来場者も一人また一人と帰っていき、あれだけにぎやかだった広場も、今ではしんみりとした空気に包まれている。まさしく祭りの後の雰囲気だ。
「今日はありがとうねナナさん、本当に助かったよ」
「いえいえ、マスターのお役に立てて何よりです」
そう事も無げに言ってくれるが、今回ばかりは本当に助けられた。
「後でナナさんにはお返しをするから――とても良いお返しを考えているから、期待して待っていてね」
「ありがとうございます。期待せずに待っています」
……何故なのか。
「さて、あとはもう帰るだけかな。とりあえず小物は全部アイテムボックスにしまったし、テーブルとかは明日でいいでしょ」
テーブルもアイテムボックスを使えば、すぐに片付けることができるのだけど、一瞬で綺麗さっぱり会場の後片付けが終わってしまうのも、ちょっぴり不自然な気がしないでもない。
あと、やはりアイテムボックスというワードを出した瞬間にナナさんから舌打ちされたので、これ以上アイテムボックスの利便性をアピールするのもよろしくないと考えた。
「でもまぁ、樽だけは持って帰ろうか」
実はもう中身は空っぽなのだけど、世界樹の樽自体が大変貴重な品なので、樽だけは台車に乗っけて自宅まで押して帰ろう。
「しかしマスター、これで良かったのですか?」
「うん? 何がかな?」
「マスターが良いと言ったので、樽が空になるまで私も大盤振る舞いしてしまいましたが、一日ですべて消費してしまうのはどうだったのかと……」
「あー、でもまぁ、いいんじゃない? みんな楽しんでいたし、村のみんなと楽しむ以上の消費の仕方なんて、きっとないはずだと僕は思うな」
「おぉ……。マスターらしからぬ爽やかな台詞……」
どういうことか。
「とにかく、そういうわけだからお酒が全部終わってしまったとしても、それは別に…………あれ?」
「はい? どうしました?」
「全部終わった? 樽のお酒は、全部終わったんだよね?」
「ええはい、樽はもうすっからかんですが……」
「僕は……」
「はい?」
――僕飲んでなくない!?
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