第772話 超ユグドラ汁 12年
ナナさんと一緒に、家の倉庫までやってきた。
そこでは横向きに寝かされた世界樹の樽が、木の台座に固定されていた。
「……というか、ごめんねナナさん。樽の管理とかも任せちゃって」
「いえいえ、それくらいはお安い御用です」
全部ナナさんに任せっきりで、僕がこうして樽の確認に来たのも、だいぶ久々のこととなる。今さらながらナナさんに申し訳なく感じる。
「でも結構大変なんじゃないの? どれくらいのペースで、どういう手入れをしているのかな?」
「そうですねぇ。――以前マスターに、樽の保存状況を確認していただきましたよね?」
「ああ、うん、あったね」
第六回世界旅行中にお酒の仕込みをお願いして、世界旅行から戻った後でナナさんと一緒に樽の確認をした。
あの世界旅行はすぐ終わってしまったため、そのとき確認した世界樹の酒も、仕込んでから一ヶ月も経っていない状態だと聞いた記憶があるが――
「私が樽を見に来たのも、そのとき以来になります」
「…………」
ナナさんも放ったらかしじゃないか……。
いや、まぁ僕が文句を言える立場ではないのだけれど、何をもって『それくらいはお安い御用です』などと宣ったのか。
「でも、だとするとお酒を仕込んでから二年間放置したわけでしょ? ……大丈夫なのかな?」
「仕込み自体は上手くいったはずなので、まぁ問題はないでしょう」
「そうなのかな……」
「一応開封パーティでお酒を振る舞うときは、ジスレア様にも待機していただきましょうか」
「……そうしようか」
集団食中毒なんて起こったら大変だからね。とりあえずジスレアさんがいてくれたら安心だ。食中毒患者が集団になる前に、順次治療していってくれるはずだ。
「で、その開封パーティだけど、どんな感じで開こうか?」
「そうですねぇ。パーティと言うからには、村の広場で大々的に開催したいですよね」
「うんうん、広場まで樽を運んで、そして樽から――ふむ。せっかくなら鏡開きとかやってみたいところだけれど」
樽を立てて、上部を小槌でぱかーんと割ってみたい。というか、単純に鏡開きというものを一度経験してみたい。
「でもさ、ワイン樽では鏡開きってやらないのかな?」
「あまりないかもしれません。日本酒とワインではお酒の性質が違いますから。それに世界樹の枝から作った樽ですし、割るのも相当大変なのでは?」
「それは確かに……」
巨大なハンマーを思いっきり何度も何度も樽に叩き付けることになるかもしれない。だいぶ荒々しい鏡開きである。
「ワイン樽の開封となると――やはり蛇口ですかね。まず樽に蛇口を取り付けます」
「ふむふむ。蛇口を……蛇口!?」
「はい? ええまぁ、蛇口ですが……?」
「となると、それはやっぱりヘズラト君の蛇口とか、父の蛇口を作った方が……?」
湯口のときと同様に、まずはその選考から始めないといけない……?
「あぁ、そういえばそんな湯口をマスターは作っているようですね……。しかし、ワイン樽の蛇口でそれをやるのはどうなのでしょう」
「むむ?」
「赤い液体を吐き続けるお祖父様というのはどうなのでしょう? そして、それをみんなに振る舞うというのもどうなのでしょう? 飲む側からすると、さすがに抵抗があるのでは?」
「なるほど、一理ある」
飲み物だしな。それは確かに抵抗がありそう。
「まぁ見た目的には面白そうですし、私としては賛成ですが」
「……いや、でも今回は村の人達も大勢参加するお祭りだし、みんな嫌がるならやめた方がいい気もする」
なので普通の蛇口だ。父には申し訳ないけど、やっぱり普通の一般的な蛇口になりそう。
「なにせ大勢の人が参加して…………参加してくれるのかな? それもちょっと読めないよね」
「どうでしょう。そもそも本当に大勢参加するとしたら、その準備も本当に大変になりそうですが」
「うん。準備も大変だし、この一樽だけでみんなにしっかり振る舞うことができるのかどうか……」
だいぶ大きめの樽ではあるけれど、なにせ一樽しかない。ほんのちょっぴりの試飲会になるんじゃないかってことは、前々から心配していたのだ。
「しかしマスター、どうやら一樽でも結構な量が出来るみたいですよ?」
「ん、そうなの?」
「このサイズの樽で、どれだけのワインが取れるか計算してみたところ――750mlのワインボトルで、300本ほど取れるそうです」
「え、300本?」
「300本です」
「そんなに?」
「そんなにです」
そんなにか……。そんなに取れるのか……。
「それを聞くと、みんなそれなりに満足できる量を飲んでもらえそうだ」
「ですね。であれば、ワインに合う軽食なんかも用意できたら良いですね」
「おー、良いね。それは良い。僕もだんだんパーティのイメージが掴めてきた」
うんうん。楽しいパーティになりそうだ。みんなにも存分に楽しんでもらおう。いろいろあったけど、ようやく完成した世界樹の酒なのだ。
この世界樹の酒を――
「世界樹の酒……今さらだけど、『世界樹の酒』っていう名前はどうなのかな」
「はい? 名前ですか?」
「お酒の名前って、格好良いのが多いじゃない? 『世界樹の酒』も悪くはないんだけれど、もっと良い名前があるんじゃないかって、ついそんなことを考えちゃうよね」
「それで何か新しい名前を考えると? マスターは何かと何かに名前を付けるのが好きですねぇ……」
それ前にも誰かに言われたな。やっぱりそうなのかな……。
でもほら、やっぱり名前は大切だと思うのよ。しっかりした名前があるだけで、何事もわかりやすくなると思うの。
「ちなみにワインの名前と言えば、作られた地方だったり村だったり畑だったり、あるいはぶどうの品種だったり、もしくは作った人の名前が由来となることが多い印象ですが」
「ほうほう。それで言うと、例えば今回のお酒は――」
「メイユ・カベルネ・ソーヴィニヨン」
「ほほう?」
メイユはメイユ村のことだよね。カベルネ・ソーヴィニヨンってのはなんだろう。なんか聞いたことがあるような気がする。
「カベルネ・ソーヴィニヨンって?」
「ぶどうの品種です」
「へー、今回使われたぶどうも、そのカベルネ・ソーヴィニヨンってやつなの?」
「知りません」
「…………」
なんなんだ。どういうことなんだナナさん。
じゃあダメでしょ。カベルネ・ソーヴィニヨンかわからんぶどうを使っているのに、カベルネ・ソーヴィニヨンって名前を付けたらダメでしょ。何を自信満々に提案してきているのか。
「それで、えぇと……村の名前とかぶどうの品種とか、あとは作った人の名前だっけ?」
「となると――私ですか? このワインの名は、ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田ということに――」
「待つんだナナさん。さすがに長い。それは長いよ」
「では、『山田』で」
「『山田』なのか……」
それもどうなのかな……。
「というか、それで言ったらユグドラシルさんじゃない? 作ったのはユグドラシルさんなのでは?」
「まぁそうとも言えますね。では、ユグドラシル様の名前をお借りするとして――そのまま『世界樹』とかも雰囲気があって良さそうな気がしますが」
「おー、良いね」
なんとなく日本酒っぽい雰囲気にも感じる。悪くない響きだ。
「あるいはそのまま――『ユグドラシル』」
「うん、それも悪くはないけど――」
「ユグドラ汁」
「うん?」
「超ユグドラ汁」
「そのシルって、汁の方じゃない……?」
だからその名前はダメだと……。
「ユグドラシル」
「言葉だけじゃわかんないけど、汁じゃない方に戻したのかな……? というか、普通の『ユグドラシル』も、名前を呼び捨てにするのはちょっと抵抗があるかな。不敬な気がする」
「ユグドラ」
「だからといって略すのは、さらに不敬では……?」
「ユグドラ2年」
「なんかウイスキーっぽい感じに……」
「超ユグドラ汁12年」
「何をサラッと10年増やしているのか……」
「真ユグドラ汁120年」
「それはだいぶ熟成したね……」
「熟ドラ汁」
「ユグドラシルさんに怒られそうだわ……」
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