第773話 世界樹の酒(仮)、開封パーティ
「えー、本日は世界樹の酒(仮)の開封パーティにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
ここまでいろいろあったけど、ついに世界樹の酒(仮)開封パーティが開催となった。村の広場には大勢の人達が集まってくれた。
ちなみに――世界樹の酒(仮)である。
新名称については僕も知恵を絞って考えてみたものの、結局良い案が思い浮かばなくて、ひとまずは仮称で進めることとした。
名前が決まらないままパーティ当日を迎えてしまったことについては残念だ。こういう名前付けには慣れているし、ちょっと自信もあったのにねぇ。
……まぁナナさんからは、『マスターは名付けるのが好きなだけで、正直ネーミングセンスがあるかは怪しいところです』などと失礼なことを言われたりもしたが。
「日頃お世話になっている皆様に感謝を込めて、この特別なお酒を、わずかばかりですがご用意させていただきました」
お酒が入った世界樹の樽を広場まで運んできて、それからテーブルをたくさん並べて、ワインに合いそうな軽食なんかも用意して……こうしてみると、だいぶ手間暇かかっているな。
というか、普通にすごくない? すごいよね? 頑張ったよね? 僕も頑張ったし、周りのみんなも頑張ってくれた。ここまで手伝ってくれたみんなにも感謝したい。みんなで協力して無事にパーティの開催を迎えられて、僕の胸にもじわじわと喜びがこみ上げてきた。
「前置きはこのくらいにしておきましょう。こういった挨拶は短ければ短いほど良いものです。やはりスピーチとスカートは――」
「アレク坊っちゃん!」
「――ハッ」
……危ないところだった。浮かれ気分で話を続けて、非常に危険な発言をするところであった。今の時代、この発言はハラスメント判定でアウト判定である。
すぐに察知して止めてくれたナナさんに感謝だ。あのまま続けていたら、後々に謝罪と撤回をすることになり、しかしそれでもマスコミに袋叩きにされ、息子の不祥事ということで村長の父が退陣に追い込まれる危険性すらあった……。
「えー、そういうわけでして、挨拶はこのあたりで切り上げさせていただき――ではこれより、世界樹の酒(仮)開封パーティを開催いたします。今日は大いに楽しんでいってください」
そう言葉を締めると、広場のみんなから温かい拍手を送ってもらえた。
よしよし。途中危ういところもあったけれど、ナナさんのフォローもあって、なんとか無事に切り抜けることができた。
そして僕が人心地ついていると、そのナナさんがすすすっと近くに寄ってきたので、小声で言葉を交わす。
「それでナナさん、次の段取りは?」
「はい、これから樽に蛇口の取り付けですね」
「――蛇口!?」
「それはもういいです。取り付けるのは至って普通の蛇口です」
「あぁ、そうか。そういえばそうだったね……」
父ではなかった。普通のやつだ。至って普通の蛇口をナナさんから手渡された。
台座に横たわっている樽の頭の部分――鏡板の部分だね。そこに蛇口を取り付けるらしい。
「その穴です。今は塞がっている穴にお願いします」
「あー、これか。樽を作るとき、ジェレパパさんに指導してもらったんだよね。ワイン樽ならそこに穴を空けておくものだって」
さすがジェレパパさん。ありがとうジェレパパさん。
ちなみに、当然そのままでは穴からワインが漏れてきてしまうため、そこにはずっとニスで封をしていた。
「では、このまま蛇口を押し込んでしまいましょうか」
「押し込む? え、ニスごと蛇口を押し込んじゃうの? そうしたらニスが樽の中に落ちちゃうけど?」
「それでいいらしいですよ? それなら取り付ける際に外に漏れるワインの量も少なくなるでしょうし」
「へー、そういうもんなんだ」
「なので蛇口をハンマーでガツンと押し込んで――まぁこれも鏡開きと似たようなものです。景気良くお願いします」
「よしきた」
というわけで、渡された蛇口とハンマーを手に、再び観衆へと向き直って声を掛けた。
「ではこれより、世界樹の樽に普通の蛇口を打ち付け、これをもって開封の儀とさせていただきます。いいですか? いきますよ? せーの――よいしょー」
穴を塞いでいるニスの部分に蛇口を添えて、景気の良い掛け声と共に、景気良くハンマーを打ち付けて――
――ニスに弾き返された!
「…………」
「……ニスを解除してから、蛇口を差し込んだ方が良さそうですね」
「……そうしよう」
さすがの『ニス塗布』であった。世界樹の枝にしっかり固定された『ニス塗布』のニスを突破することなど、僕の力では到底不可能であった。
「――はい、では今の要領で蛇口を打ち込みますので、私と一緒に掛け声を合わせていただけたら幸いでございます」
一度目の失敗で会場がざわついていたので、さっきのはリハーサルということにしてみた。
そしてもう一度ニスの部分に蛇口を添えて、ハンマーを構えて、『ニス塗布』の呪文を唱えてニスを解除すると同時に――
「せーの――よいしょー」
お、いけた。打ち込めた。ガッチリ蛇口がハマった。ワインも――うん、大丈夫そう。漏れてない。
「ハマりましたよー! やりましたよー! ありがとうございます! 皆様ありがとうございます!」
再び拍手をいただけた。うんうん。良い感じだ。なんだかんだで鏡開きっぽくなった気がする。おめでたい雰囲気になった気がする。
「さてナナさん、これであとはもう蛇口のレバーを捻るだけだね?」
「そうです。そうなのですが――そのままワインを注ぐのは、少々問題があったりします」
「え、そうなの?」
「樽の中のワインには、澱が溜まっているのですよ」
「澱?」
「発酵を終えた酵母だったり、ぶどうのカスだったり、そういった不純物です」
「へー、そうなんだ」
「なので本来はワインの熟成中に、澱を除いた中の液体だけを別の樽に移す『澱引き』という作業を行うのですが――しかし今回は澱引きをしておりませんので」
「…………」
それはナナさんがサボっただけで……。
あ、でもそうか。世界樹の樽はひとつだけだから、別の樽に移すってのは無理なのか。
「ってことは、このままワインを出したら、その澱も一緒に出てきちゃうってこと?」
「そうなります。なのでその対策として――蛇口にフィルターを取り付けたいのです」
「ほうほう。フィルターか。それで、そのフィルターは?」
「坊っちゃんが用意してください」
「……は?」
なにそれ。
何も聞いてない。そんなことを急に言われても――
「坊っちゃんの『ポケットティッシュ』能力で、それっぽい物を出せませんか?」
「あー、ポケットティッシュか。うん、たぶんそれっぽいフィルターくらいだったら……」
「しかしですね。あまりにも目が細かすぎるフィルターだと、ワインに含まれる旨味や香りすらも濾し取ってしまう可能性がありますので、そこは注意していただけると」
「なんて難しい注文を……」
結構な無理難題……。まぁ自由が利く能力だし、できないこともないのかもしれないけど……。
「うん? 濾過? そうか、そこまで濾過できるのなら、あるいは……?」
そこでふと、僕のポケットティッシュをもってすれば、『たとえどれだけ汚れた水でも濾過することで、綺麗な飲料水にできるのでは?』なんてことを思ったりもしたのだけれど、その直後に『まぁ水魔法で良いよね』っていう結論にも達した。
「偉大な発明かと思ったのに……」
「急になんですか? それよりほら、早いとこちょうどいいフィルターを出してください」
「お、おう……」
ナナさんに急かされて、うんうん悩みながらポケットからフィルターを取り出した。そしてフィルターをナナさんに確認してもらう。
「ほう。なかなか良さそうじゃないですか。では取り付けます」
「うん、たぶん大丈夫だと思うんだけど……」
いや、わからんけどね。とりあえず『澱だけ除いて、旨味と香りは保ってほしい』と願いながらフィルターを生み出してみた。それで実際にどんなフィルターができたのか詳細は僕にもわからん。これで本当にちょうどいいフィルターが出来たかどうかもわからん。
でもまぁ、一応出来たことは出来たので、蛇口にフィルターを被せて、しっかり固定したところで――
「これで準備は終わりかな?」
「大丈夫です。始めてください」
「ありがとうナナさん」
そしてナナさんはすすすっと離れていった。
なんだか今日はずっと影のアシスタントっぽいことをしてくれているな。ナナさんがいなければパーティも開催できなかっただろう。ありがとうナナさん。
「――大変お待たせしました。ではこれより世界樹の酒(仮)をお注ぎします。ご持参いただいたコップをお手元にご用意の上、列に並んでお待ちください。もしもコップをお忘れの方は、私にお声がけください。いくつか予備をご用意しております」
というわけで、コップだけは自分で持ってくるようにお願いした。さすがに全員分のコップをこっちで準備するのは大変だからね。
「では最初の方、どうぞ」
「こんにちはー」
「おや、ローデットさん」
ローデットさんだ。記念すべき一人目は、まさかのローデットさん。
いや、まさかってこともないのかな? 実はローデットさん、結構なお酒好きっていう噂もあるくらいで……。僕が貢いでいるお金の大部分は、お酒代に消えているという噂も……。
「お越しいただき、ありがとうございます。コップはお持ちですか?」
「持ってきましたー」
そう言ってローデットさんが――でかいジョッキを取り出した。
あー、うん、やっぱりお酒自体は好きなのかな……。でも本当にお酒好きなら、ワインをジョッキで飲もうとはしない気もするけど……。
「……えぇと、小さめのコップを用意してほしいと事前にお願いしたはずなのですが」
「これしかなかったんですー」
嘘をつけ嘘を。
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