第771話 熟れたユグドラシルさん
「少々よろしいですかマスター」
「ふむ?」
ナナさんが部屋にやってきたかと思ったら、何やら妙に真剣な顔で話を切り出してきた。
何がなんだかわからんけども、とりあえず僕もヘズラト君人形を作る手を止め、ナナさんの話を聞く。
「えっと、どうしたのナナさん」
「例のリストを、見せてもらってもよろしいでしょうか」
「リスト?」
例のリスト? 例のリストというと――
「ユグドラシルさんごめんなさいリストのこと?」
「違います」
「違うのか」
リストと言われ、まず最初に思い浮かんだのがそれだったもので……。
「まぁ見せていただけるのであれば、確かにそちらも見たいような気もしますが」
「いや、違うなら見せないけど……」
そもそもあんまり人に見せるようなリストではない。本当にろくでもないリストなのだ。本当に僕はろくでもないということが証明されてしまうリストなのだ。
「それ以外のリストと言うと――ああ、もしかして次回予告リストかな?」
「そうです。よろしいでしょうか?」
「いいよ? ちょっと待ってて」
あれはあれで僕の秘密が存分に詰まったリストだったりするのだけれど、相手がナナさんなら隠し事なんて何もない。見たいと言うならいくらでも見て構わないとも。
というわけで、アイテムボックスに手を伸ばして――「チッ」――何やらアイテムボックスを使うことができないナナさんから舌打ちをされつつも、次回予告リストを取り出し、ナナさんに手渡した。
ちなみに、現在のリストは――
『父へのお土産』――完了
『ミコトさんディースさん顕現』――完了
『世界樹様の迷宮、新エリア視察』――完了
『アイテムボックス検証』――進行中
『鑑定』――進行中
『温泉エリア改築』――進行中
『セルジャンパン』――進行中
『20倍大シマリス像』――進行中
『ぶら下がり大シマリス』――進行中
『世界樹の酒、開封パーティ』
『新人力車』
『世界樹様の迷宮、大改装』
『牧場エリア改築』
『次の魔法スキル修行』
『第九回世界旅行』
『ミコトさんに喜んでもらえること』
――こんな感じである。
「おや。項目の順番を入れ替えましたか?」
「うん、すでに完了した項目が途中に挟まっていても見づらいからね。『完了』と『進行中』と『未進行』で段落ごとに分けてみたんだ」
それで言うと、完了項目は削除してもいい気がするけれど……でも消しちゃうのも寂しいよねぇ。ここまで僕が頑張ってきた成果なのだ。ここまで僕が頑張ってきたことの証明なのだ。やはり削除は忍びない。
なんならナナさんにも、『よく頑張って終わらせましたね』と褒めてもらいたいくらいだ。
「このリストを見てもわかるように、やはり進行ペースに難ありですね」
「…………」
褒められるどころか、むしろ軽く注意されてしまった。
「まぁ完了項目は良しとして、進行中の項目も――まぁ良しとしましょう」
「ふむ」
「問題は――未進行の項目です」
「ふむ?」
「この中に、一刻も早く進めなければならない項目があると、マスターは気付いていらっしゃいますか?」
というナナさんからの指摘。
急にそんなことを言われても、とりあえず何も気付いていない僕なのだけど……。
とりあえずリストの未進行項目を眺めてみる。
未進行は、『世界樹の酒、開封パーティ』、『新人力車』、『世界樹様の迷宮、大改装』、『牧場エリア改築』、『次の魔法スキル修行』、『第九回世界旅行』、『ミコトさんに喜んでもらえること』――この中で、一刻も早く進めなければならないものがあるらしい。
「――あ、そっか。確かにそうだね。これは最優先事項だ」
「お、マスターも気付きましたか」
「うん、気付いたよナナさん――じゃあさ、一緒にせーので言ってみようか」
「ええ、構いませんよ? やってみましょう」
というわけで、二人でせーのとタイミングを合わせてから、その項目を口にした。
僕がすぐに早く進めなければならない項目、それは――
「世界樹の酒」
「新人力車――世界樹の酒」
世界樹の酒だ。僕が今やらなければいけないのは、世界樹の酒の開封なのだ。
「……何か違うことを言いませんでしたか?」
「言っていないとも」
「自信満々で『新人力車』と口にしたと思ったのですが?」
「そうかな? 気の所為じゃないかな?」
「ええまぁ、別にいいんですけどね……」
なんというか、新人力車も優先すべき項目ではあると思うんだ……。特にパレード用の人力車とか、事前に準備しておかないと、いざパレードが始まってからでは遅いしさ……。
「さておき、最優先は世界樹の酒です。そもそもこのお酒は、『エルフの掟を達成して世界旅行から戻ってきたときの記念に飲む』という目的で造り始めたものですよね? すでに旅から戻って結構な月日が流れ、いろいろと今さらではありますが、それでも当初の目的を蔑ろにするのもどうかと思います」
「ふーむ。確かにねぇ」
そのために長いこと準備してきたんだ。ちょっとタイミングを逃したからやめるってのも、それは少しもったいないよねぇ。
「それから付け加えると……これは個人的なことなのですが、世界樹の酒の仕込みは私が担当したこともあり、いつまでも開封されないことについてヤキモキしていたのです」
「あ、そうか。そういえば全部任せちゃったんだよね。……それなのに放置というのは、それは悪いことをしちゃったね」
「ヤキモキヤキモキ」
「おぉ……。ごめんねナナさん……」
ナナさんがすごいヤキモキしてる……。
そういえばそうだった。あれは確か――第六回世界旅行のときかな? 急に世界旅行が決まって、計画していた世界樹の酒の仕込みをすべてナナさんに丸投げして、そのまま旅に出てしまったんだ。
「あれ? でもそうなると、お酒を仕込んでから今までで――」
「年数ですか? もうすぐ二年近く経とうとしています」
「もうそんなに経つのか……」
……なるほど、そういう意味でもそろそろ開封しておきたいな。
むしろお酒造りは毎年恒例にしようと思っていたのに、いきなり一年飛ばしてしまった。
「仕込んでから二年近く経過して、お酒の方も十分に熟成したと思われます」
「うん、たぶんそうだよね」
「マスターも旅から帰ってきて、二十歳を迎えて、世界樹の酒も熟して――機は熟したと考えております」
「ほう。上手いことを言うねナナさん」
「そうでしょう? つまりはそういうことなのです。いろいろと熟しているのです。熟れているのです」
「うんうん、そうだね」
「熟れた世界樹の酒なのです」
「そうだね」
「熟れたユグドラシル様なのです」
「それは違う」
世界樹の酒が熟れているだけで、世界樹様が熟れているわけではない。
「実際ユグドラシル様も自らの手でお酒を仕込んで――いや、足ですか。自らの素足でお酒を仕込んだわけですから、いつ開封するのかとヤキモキしているかもしれません」
「そういえばユグドラシルさんも、『どんな出来に仕上がったか気になるのじゃ』って言ってたなぁ……」
「やはりそうですか。では早いところ開封の準備を進めていきましょう。――熟れたユグドラシル様が焦れているかもしれません」
「だからユグドラシルさんが熟れているわけでは……」
いや、まぁあれでユグドラシルさんも悠久の時を生きる人っぽいし、熟れていると言っても過言ではないのかもしれないけど……。
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