第770話 無限大シマリス地獄
「うん? はーい、開いてるよー」
部屋をノックする音が聞こえたので、僕が返事をすると――
「遊びに来たよお兄ちゃん」
――レリーナちゃんだった。開けられた扉の向こうには、レリーナちゃんの姿が見えた。
「……え?」
「……何?」
「あ、いや、違うんだよレリーナちゃん」
別に遊びに来てくれたこと自体を疑問に思っているわけじゃないんだ。そこはもう僕としても大歓迎なんだ。
……というか、ちょっと驚いた素振りを見せただけで、そんなプレッシャーを掛けてくるのはやめてくれないかな。
「えぇと、なんというかレリーナちゃんは、気が付いたらすぐ側にいるイメージだったから、普通にノックして部屋に来るのは、ちょっと珍しい気がして……」
レリーナちゃんの訪問シーンと言えば、隠密状態でいつの間にか部屋にいて驚かされることが恒例になっていたから……。それが今回はあまりにも普通の訪問シーンで、むしろ逆に驚いてしまった。
「気が付いたらすぐ側に? そっかそっか。そうだね、つまり私とお兄ちゃんはいつも一緒ってことだよね」
「あー、うん、そうなるのかな」
なんとなく良いふうに言っているけど、よくよく考えると、やっぱり怖いことを言っている気がしないでもない。
「でも、驚かせてごめんねお兄ちゃん」
「ううん、いいんだよレリーナちゃん。ゆっくりしていって」
「ありがとうお兄ちゃん」
確かに驚いたけど、いつもはもっと驚いているからね。これからはいつもの隠密訪問ではなく、こっちの普通の訪問を基本にしてほしいと切に願う。
「ところで、お兄ちゃんは何をしていたのかな? 今日はどんな木工をしているのかな?」
「あー、今日かー、今日はねぇ……」
まるで僕が年がら年中木工作業しかしていないような言い回しであるが、でもまぁ実際その通りである。
「今日はヘズラト君だね。ヘズラト君の湯口を作っていたんだ」
「湯口? ああ、そういえばどんな湯口にするか悩んでいたよね? ヘズラト君に決まったんだ?」
「うん。いろいろと候補はあったけど、その中からくじ引きで選んでみたんだ」
「あー、くじ引きかー。お兄ちゃんのためなら、私がモデルになってもよかったんだけど、私はくじで選ばれなかったかー」
「うん?」
「うん?」
「……あ、うん、くじ引きでね。くじ引きで決まったから」
そもそもレリーナちゃんはくじの中に入っていなかったんだけど、とりあえずそのことは言わない方が良さそう。
「そっかー。でもまぁ、良かったんじゃないかな? 順当というか妥当というか、ヘズラト君の湯口ならみんなも喜びそう」
「だよね。僕もそう思う」
しっかりヘズラト君を引き当ててくれたフルールさんに感謝だな。父や僕が口からお湯を吐く湯口にならなくてよかった。
……まぁそう考えると、そもそも何故そんな湯口を候補に入れていたのかという話でもあるのだが。
「それでヘズラト君の湯口を作っているとして――そっちは? そっちに並んでいるのは?」
そう言ってレリーナちゃんが、テーブルの隅っこを指さした。
テーブルの中央――僕の手元には湯口になる予定の作りかけヘズラト君が置かれているわけだが、テーブルの隅っこには――小さなヘズラト君が数体並んでいた。
「それってもしかして、これ?」
「……そうだね。それだね」
レリーナちゃんが自分のマジックバッグを僕に見せてきた。レリーナちゃんのマジックバッグには――小さなヘズラト君がぶら下がっている。
いわゆるキーホルダーだ。紐に繋がった小さなヘズラト君が、バッグに取り付けられている。
以前に10分の1倍ヘズラト君を作って、いろんな人にプレゼントしたことがあったが、そこでふと気付いたのだ。
『これって、キーホルダーにちょうどいいんじゃない?』――そんなことに、ふと気付いてしまった。
そしていくつか作ってみた。そしていくつかプレゼントしてみた。そうしたところ、マジックバッグに取り付ける人が現れた。レリーナちゃんもそのうちの一人だ。
そしてマジックバッグのヘズラト君を多くの人が目にすることとなり――その人達もヘズラト君のキーホルダーを欲しがった。そして僕も追加で生産して、一応は販売という形を取らせてもらった。
そしてさらに多くの人がヘズラト君をマジックバッグにぶら下げて、そしてさらにそれを見た人がヘズラト君を欲しがって――そして流行った。ブームが巻き起こった。
――そして無限大シマリス地獄が始まった。
「でもこれは……正直結構大変かもしれない。なんと言ってもヘズラト君の人形は他の人に頼めないから……」
僕が一番ヘズラト君を可愛らしく作れるという自負がある。他の人には任せられないという矜持がある。
なので僕が一人で全部作らなければいけない。さすがにパチモンヘズラト君を生み出すわけにはいかないのだ。
……でもなぁ、やっぱり大変なんだよね。
欲しがってもらえること自体は嬉しいし、早くみんなに届けたい気持ちはあるんだけれど、それでも一人ではさすがに限界が……。
「そうなんだ……。でもお兄ちゃんはえらいよね。すごく大変そうなのに、こういうときに投げ出さず、みんなのために頑張って作るお兄ちゃんはえらいと思う」
「おぉ……。わかってくれるかいレリーナちゃん……」
「うん。わかるよ……。私はお兄ちゃんのことならなんでも知っているから……」
レリーナちゃんが優しい言葉を掛けてくれた。
温かく優しい言葉――のはずなのに、微妙に不穏な空気も内包しているのはどういうことなのだろう。
「そういえばお父さんが、お兄ちゃんをすごい褒めてたよ」
「ん? レリパパさんが?」
「置物としてのヘズラト君も良かったけど、ぶら下がる飾りにした発想がすごいって」
「そっか……。うん、ありがとうって伝えておいて……」
「それで、もしも広く売り出すなら協力するって」
「うん、そこは丁重にお断りを入れておいてもらえるかな……」
とりあえずそのつもりはない。なんならもっと狭くこじんまり売っていきたいくらいなのだ。
「それで、湯口ヘズラト君とぶら下がりヘズラト君があって――そっちの紙は? その紙にもヘズラト君が書かれているけど?」
「あぁ、これは設計図だね」
「設計図?」
「20倍の大きさのヘズラト君を建てる予定だから、その設計図なんだ」
なにせ20倍なので、しっかり計画を立てて作らないとまずい。20倍ヘズラト君がうっかり倒壊なんかしたら、洒落にならん事故になってしまう。
――そんな感じで、現在テーブルの上にはたくさんのヘズラト君の計画が進行中だ。
これから僕は20倍ヘズラト君と、ヘズラト君湯口と、ぶら下がりヘズラト君を作っていく予定である。大中小のヘズラト君を作ることとなる。
「なんだかすごいね……。すごくたくさんのヘズラト君を作る予定なんだね……」
「そうだねぇ……」
湯口はさておき、ぶら下がりヘズラト君はあといくつ作ればいいのか……。20倍ヘズラト君はいつ完成することになるのか……。
これから何年ヘズラト君を作り続けることになるのか、今から少し不安な僕である……。
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