第766話 檜風呂は良いらしいぞ
「それはそうと、アレクシスさんはどうしました? ただ温泉に入りに来たわけではないようですが」
「お、わかりますか?」
さすがは敏腕商人のレリパパさんだ。洞察力にも優れている。僕に入浴以外の目的があると、あっさり見抜いたらしい。
「……ええまぁ、なにせ服を着たままですし」
「…………」
そういえばそうだった。それは見抜くわ。一目で見抜ける。
むしろ何故今まで突っ込んでくれなかったのか。服を着たまま温泉に突っ込んでくる奴がいたら、そのときの第一声は『どうかしたのですか……?』であるべきだろうに。こんなにもおかしな様子を見せているのに、何を平然と会話を始めているのか。何を平然と受け入れているのか……。
「アレクシスさん?」
「おっと、失礼しました。確かに今日は別の用事がありまして、実は今日は――温泉の改築作業に来たのです」
「ほう、改築ですか? そんな予定があったとは、それは知りませんでした」
まぁ誰にも言ってないので……というか、事前に言っておけばよかったね。今日の午前中は改築作業で温泉を利用できないと、前々から告知しておけばよかった。
「なるほど、温泉の改築で――おや? ということは、今は私がアレクシスさんの作業を止めてしまっていることに……? それは申し訳ないことを……」
「いえいえ、お気になさらず」
今の今まで何も聞かされていなかったわけで、レリパパさんに悪いとこなんてひとつもない。レリパパさんが気に病む必要はない。
それで言うなら、いろいろと気にしなければいけないのは僕の方かもしれない。なんか流れでレリパパさんと話し込んでしまったけど、よくよく考えると今ってフルールさんを待たせている状態だからね。そろそろそこを気に病んだ方がよさそう。
「とはいえ、このままのんびり入浴というわけにもいきませんよね。さすがにそれは気まずいですし……」
ふむ。それはやっぱり気まずいし居づらいか。なんというか、家電の修理で業者さんが家に来たときの手持ち無沙汰感に近いのかもしれない。あの場面って、何をするのが正解なんだろうね。
「温泉の改築にも興味がありますし、見学したい気もするのですが……」
作業にはフルールさんも来るので、いろいろとそれどころじゃないような気もする。
「――いえ、やはり出ましょう。もう温泉は十分に堪能しましたし、温泉に浸かった状態でアレクシスさんの真面目な作業を眺めるというのは、少々おかしな行為に思えます」
なるほど、やはりそうなるか。さすがはレリパパさん、冷静な判断だ。
家電修理の例えで言うなら、お風呂修理の業者さんが来ているのに、自分は入浴中みたいなものだ。それはさすがに風呂から出るだろう。出なきゃおかしい。頭がおかしい。少々どころではすまないくらいにおかしな行為だと僕も思う。
◇
なんやかんやあって、温泉から出るレリパパさんを見送った後で、僕の方はフルールさんの元へと戻ってきた。
「すみませんフルールさん、ずいぶんお待たせしてしまいました」
「いいよー」
まずは謝罪だ。待たせてしまったフルールさんに謝らなければならない。
人を待たせるのはよくない。何かと人を待たせがちな僕だからこそ、そのことを肝に銘じなければならない。
「じゃあ行こうか。いよいよ改築だ」
「そうですね、行きましょう」
というわけで、二人で温泉へと向かって歩き始める。
「それにしても、立派な施設ですよね。……これを全部フルールさん一人で作ったということで、だいぶ大変だったんじゃないですか?」
「そう。そうなの。大変だった。アレクがいないから大変だったんだよー」
そう言って、僕の腕のあたりをフルールさんがテシテシ叩いてくる。
「ちょうど世界旅行中でしたからね……。もしも僕がいたら、微力ながらお手伝いできたかと思うのですが……」
世界旅行中だから仕方ないと言えば仕方ないのだけど、世界旅行中に温泉エリアの作製を決めたのも他ならぬ僕だからねぇ……。そう考えると、やっぱりフルールさんには申し訳ない。
「実際のところ、アレクから見てどうなのかな?」
「はい? どう、とは?」
「何か気になるところとかあったりする? 変なとこがあったりしない?」
「いやいや、素晴らしい出来だと思いますよ? どこもかしこも綺麗ですし、すごく考えられていて使いやすいです。文句のつけようがないです。今も大勢の人が温泉を楽しんでいますが、そのすべてはフルールさんの頑張りがあってのものだと思います」
「そう? そうかな。さすがにそこまでじゃないと思うけど――でも、ありがとうアレク!」
僕の言葉に照れながら、やっぱりフルールさんがテシテシ叩いてくる。
「でもね、本当に私だけじゃないの。中の造りも、前にアレクと一緒に作った更衣室を参考にさせてもらったし――あとは、ナナさんからもたくさんアドバイスを貰ったかな。施設の構造とか、設備の配置とかもいろいろ」
「へぇ? ナナさんですか」
なるほど。確かにナナさんなら温泉のこともよくわかっているだろうし、きっと的確なアドバイスができたのだろう。
……しかし、その話は初めて聞いたな。温泉マークのアドバイスをしたということは聞いていたけど、温泉施設自体へのアドバイスもしていたとは初耳だ。意外とそういう話は僕にしないのだな。その功績を僕に誇るようなことはしなかった。妙なところで慎み深いなナナさん。
「そんなわけで、僕から見てもこの温泉施設は完璧ですし、直すところなんてひとつもないのですが――それでも、今からでも、僕でも何か協力できることがあるんじゃないかと、そう考えていたわけです」
そこだけは知っておいてほしい。完璧に完成した温泉施設に対し、後から上から目線でえらそうに口出ししたいわけじゃないんだ。完璧な温泉だと認めた上で、建築時に協力できなかったことも踏まえて、今から少しだけでもお手伝いさせていただけないかと、下からお願いしたい立場なのだ。
「それで、僕の考えた改築案というのが――檜風呂です」
「ヒノキ?」
「ヒノキです。そういう木の名前です。そのヒノキで作った浴槽を、檜風呂と呼びます」
檜風呂。やはり温泉と言えばこれだろう。檜風呂というだけで、なんかもう高級感とかすごい。格式とかもぐーんと上がるような気がする。
「ヒノキ……。ヒノキってのは知らないな。どんな木なの?」
「なるほど」
「うん。……うん?」
『ヒノキとは、どんな木なのか』この質問に対する僕の答えは、『なるほど』であった。あんまり質問には答えられていない気もする。フルールさんも困惑している。
いやでも、実は僕もよく知らなくて、どんな木と聞かれても答えようがなくて……。
「すみません。正直僕も詳しくはなくて……。『檜風呂は良いらしいぞ』と聞いたことがあるだけだったりするんですよね……」
「へー? 誰から?」
「はい?」
「私も知らなかったくらいだし、木材についてずいぶん詳しい人みたい。誰なのかなって」
「……なるほど」
誰がっていうか……。なんだろう。テレビとか? 旅番組の温泉レポとかで、そこが檜風呂だったらアピールしてくるよね?
とはいえ、そんなことを言っても余計に混乱させるだけで……。
「もしかして――世界樹様?」
「え?」
「さっきの『檜風呂は良いらしいぞ』って口調も世界樹様っぽいし、世界樹様なら木にも詳しいだろうし、世界樹様なんじゃない?」
「あ、いや、それは……」
別にそういうわけじゃなくて……。その口調というのも、別にユグドラシルさんを意識したわけではなくて……。確かにユグドラシルさんっぽくはあるけど……。
というか、ユグドラシルさんがいきなり『檜風呂は良いらしいぞ』とか言い出したら、それはかなり面白いのだけど……。
「どうなのかな? 違うのかな? やっぱり世界樹様?」
「あ、いや、それは……」
「それは?」
「――そうです。世界樹様が言ってました」
「あ、やっぱりそうなんだ! さすが世界樹様!」
さすがユグドラシルさん。困ったときのユグドラシルさん。ありがとうユグドラシルさん。ごめんなさいユグドラシルさん。
なんか本当にユグドラシルさんが『檜風呂は良いらしいぞ』と言い出したことになってしまって、そこは本当にごめんなさいユグドラシルさん。また後でユグドラシルさんごめんなさいリストに追加しておきます。
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