第765話 アレクシスと小さい大シマリスとバラエティに富んだ父
フルールさんと共にダンジョンの温泉エリアまでやってきた僕であったが、まずは一人で男湯を訪れ、誰か入っていないか確認することとなった。
誰かいたら作業もできないからね。今回の目的は、フルールさんと二人で温泉エリアの改築作業なのである。
そんな目的であり、つまりは――温泉旅行なのだ。その目的でありながら温泉旅行と呼ぶことに、もしかしたら違和感を覚える人もいるかもしれないけれど、たぶん作業後に温泉に入ったら、それはもう温泉旅行と呼んで差し支えないと思うんだ。審議中ではあるが、きっとそれは温泉旅行。
さておき、そんな感じで男湯に向かったところ、そこではレリパパさんが入浴中だったため、軽く挨拶を交わした。
「こんにちは――というより、まだおはようございますの時間ですかね。早いですねレリパパさん」
「おはようございますアレクシスさん。ええまぁ、実は出張に出ていまして、ちょうど今朝方戻ってきたところなんです。その旅の疲れを、こうして温泉で癒やしておりました」
「ほう、そうだったんですね」
なるほどなぁ。朝から優雅に温泉かと思いきや、むしろ実態は真逆で、忙しい日々の合間に束の間の休息をとっていたらしい。
そうした休息のために温泉を使ってもらえたことに、やっぱり僕としては嬉しさを感じる。
「しかしレリパパさんは、相変わらずお忙しいようで」
「いえいえ、それで言ったら――アレクシスさんも中々にお忙しいのでは?」
「はい? 僕ですか?」
僕か。僕なぁ。まぁやっぱり忙しいと言えば忙しいのかな。今はゆっくりをテーマに活動しているんだけどねぇ。
「なんでも最近は、とても可愛らしいヘズラトさんの人形を作っているとか」
「あー、そういえばちょこちょこ作っていますね。レリーナちゃんにもプレゼントさせていただきました」
以前話題に挙がった、10分の1倍大シマリス像のことだ。
一応発案者はユグドラシルさんってことになるのかな。ユグドラシルさんが欲しいと言っていたのでいくつか作ってみたところ、やはり大変可愛らしい人形が完成したため、ユグドラシルさんやレリーナちゃんやヘズラト君本人など、いろんな人にプレゼントしてみた。
「娘も大層喜んでいました。ありがとうございます」
「そうですかそうですか、それは何よりです」
「娘から『小さい大シマリス像』と聞かされたときは、『それはただのリスなのでは……?』なんてことも思ったわけですが……」
「…………」
……確かにそうだ。改めて考えると、それは確かにただのリスだった。盲点だったな。
「実物を見てみると、ヘズラトさんの魅力が凝縮された大変素晴らしい作品であると私も感じました」
「お、そうですか。そこまで褒められると僕も嬉しいですねぇ」
「ええもう、これはもう――売れますよ?」
「…………」
キラリとレリパパさんの目が光った。商機を逃さぬ敏腕商人の目をしている……。
「というわけで、何か私にお手伝いできることはありませんか? 協力しますよ?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。特に売るつもりもないですし……」
実際可愛らしくて欲しがる人も多そうで、人気も出そうで売れそうで……すでに地獄の門が開きかけている気はしたのだ。取り返しがつかなくなる前に、その門はなんとしても封じておかねばならん。
「もしよろしければ、専門の工房を動かしますが?」
「あー、それもどうなんですかねぇ……」
工房で働くプロの職人さん達に依頼したらどうかというレリパパさんからの提案だが……それもちょっとなぁ。なにせヘズラト君だものねぇ。
「決して職人さん達の腕を疑っているわけではないのですが、なんと言ってもヘズラト君の像ですからね。それを他の人の手に委ねるというのは、僕としては少し……」
「なるほど……。そうですね、申し訳ありません。アレクシスさんのお気持ちを蔑ろにするような、思慮に欠ける発言でした」
「いえいえ、とんでもない」
「では、アレクシスさんがすべて手ずから製作するということで?」
そういうことではない。それも違う。
……いやまぁ、確かに手ずから作るつもりではあるけれど、別に一人で大量生産して、一人で大量の需要に立ち向かうつもりもない。
「あと最近は、赤ちゃんグッズの開発にも精力的だとか」
「それは……」
またしてもレリパパさんの鋭い眼光が……。またしても敏腕商人の眼差しが……。
「えぇと、妹のためにいろいろ作ったのは間違いないですが、やはりこれも工房の職人さん達にお願いするのは難しくて……」
「そうなのですか……。ちなみに、その理由をお伺いしても?」
「それはもちろん――父のためです」
「……はい? セルジャンさんの?」
「そうです。父です」
「セルジャンさんと言うと……あぁ、そういうシリーズなのですね」
途中で悟ったらしい。僕の作る赤ちゃんグッズがすべてセルジャンシリーズだと、話の流れで敏感に悟ったらしい。さすがは敏腕商人のレリパパさん。
「しかしそれは、その……例えば一旦セルジャンさんを抜きにして作るのはどうです? なんと言いますか、ここはあえてセルジャンさんの姿を含まない形で生産するというのは? それともセルジャンさんは――」
「必須です」
「そうですか……」
それを外すなんてとんでもない。
でも実際のところ、父が担う役目は大きいと思うのよ。父がいるからこそ妹も大喜びしているのだと思う。父がいなければ僕の赤ちゃんグッズは成り立たないと思うわけよ。
「というわけで、赤ちゃんグッズの販売は難しいですね。ヘズラト君と同じ理由です。なにせ父ですし、それを他の人の手に委ねるというのは、さすがに……」
「やはり任せられませんか……」
「ええまぁ、さすがに任せるわけには……。そんなことは…………いや?」
「はい?」
「いや、あるいは逆に……?」
……案外面白いかもしれないな。
いろんな職人さんに父を作ってもらって、結構似ている父とか、似てるけどなんか違う父とか、明らかにパチモンの父とか、バラエティに富んだ父がたくさん出てきたら、それはちょっと面白いかも……。
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