第764話 アレクシスと温泉旅行
「よし、それじゃあ行こうかアレク!」
「ええはい、アレクです――アレクシスです」
――アレクシスである。僕の名前はアレクシス。
普段は愛称でアレクと呼ばれているけれど、フルネームはアレクシスなのだ。
「……え? どうしたの?」
「ああ、すみませんフルールさん。つい先日鑑定して、そこでアレクシスの名前に注目する機会があったもので」
「そうなんだ……」
三倍の鑑定代を払って、名前だけをじっくり見る羽目になったからな……。
「……私もアレクシスって呼んだ方がいい?」
「あ、いえ、アレクで大丈夫です」
まぁ別にフルネームで呼ばれたい願望があるわけでもない。そもそも僕のことをフルネームで呼ぶ人なんてほぼいないし、そんなふうに呼ばれたら戸惑ってしまう。
「すみません。なんだか横槍を入れてしまいましたね。行きましょうか」
「うん、行こうかアレク!」
「はい!」
というわけで、これからフルールさんと一緒にお出かけである。
これから僕達の向かう先が――
「まずはダンジョンへ向かい、そして温泉エリアですね」
そんな予定だ。村を出発し、二人で温泉エリアへ赴く予定。
とはいえ、別に温泉に入ることが目的ではない。二人で温泉旅行というわけでもなくて――
「……そっちの方がよかったな」
「うん?」
フルールさんと二人で温泉旅行。なんて心惹かれる文言だろうか。普通にそっちの方がよかった。
しかし実際に行われるのは――温泉エリアの改築作業だ。いろいろとアイデアも溜まったので、実際に温泉エリアを作り上げたフルールさんと一緒にエリア改築していこうという、そんな計画である。
つまりはただの仕事。温泉旅行とは真逆で、ただ二人で仕事をするってだけの予定。
「アレク?」
「むーん……」
「アレクシス?」
「あ、いえ、アレクで大丈夫です」
……うん、まぁ切り替えていこう。
それにほら、二人で温泉エリアまで移動して、二人で協力して作業をするわけで、それってつまり――二人で温泉旅行と言えるんじゃない?
そうだよね? 温泉旅行と呼んでも差し支えないはず。そう呼んでいいはずで……違うかな? さすがに違うか? ……うん、まぁ、ちょっとだけ審議かな。
◇
――で、とりあえずダンジョンの温泉エリアまでやってきた。
さてさて、これからどう動いたものか。ここはちょっと悩みどころだ。
「温泉エリアに到着したら、まずは荷物預かり所へ向かい、ゴーレム君に荷物を預けるのが定石ですが――温泉に入るわけでもないので、荷物を預ける必要はないんですよね」
「そだねぇ」
すまないなゴーレム君。残念ながら今日はゴーレム君の出番はないようだ。
……あ、でも作業後にひとっ風呂浴びてから帰るってことはあるのかな?
――前言撤回だゴーレム君。もしかしたら訪ねることになるかもしれない。そのときはよろしく頼むよゴーレム君。
「さて、それじゃあこのまま温泉へと向かいましょうか」
男湯と女湯。二つのうちの、どちらかの温泉で改築作業を――
男湯か女湯で改築作業を――
「……まずは男湯からでいいですか?」
どっちも着手することにはなると思うんだけど、やっぱり女湯は少し身構えてしまうので、できたら男湯から始めたい気持ちがあって……。
「いいよ? じゃあ男湯の方は、これからちょっと止めさせてもらう感じかな」
「そうですね。ひとまず入口に『改築中』の張り紙を貼っておきましょう」
「うん、それであとは、今温泉に入っている人がいるかどうかだけど……」
「まぁこの時間帯ならあんまり人もいないと思います。今からちょっと見てきますね」
「よろしくアレク!」
「あいあい」
◇
元気良く返事をしてから、一旦フルールさんと別れて、僕は一人で男湯へと向かった。
そして脱衣所を抜けて、温泉への扉を抜けると――
――お、いるね。一人温泉に入っている人がいた。
まぁ人がいると作業ができないわけだけど、誰もいなくて人気がないのも困りものなわけで――やっぱりどっちかっていうと、朝から温泉を利用してくれる人がいて嬉しい気持ちの方が大きいかもしれないね。
そんな感じで、ちょっぴり感謝しながら入浴中の人の様子を伺っていると――
「うん? というか――レリーナパパさん?」
お、やっぱりそうだ。レリパパさんだ。レリパパさんがのんびり湯船に浸かっている。声を掛けてみよう。
「こんにちは、レリパパさん」
「おや、アレクシスさんですか」
「……あ」
「はい?」
「あぁ、いえ、なんでもないです」
――アレクシスである。僕の名前はアレクシス。
普段は愛称でアレクと呼ばれているけれど、フルネームはアレクシスなのだ。
……いたんだねぇ。僕のことをフルネームで呼ぶ人がここにいた。
そうなのだ。レリパパさんは僕のことを『アレクシスさん』とフルネームにさん付けで呼ぶんだ。そんな丁寧な人だった。
――いや、忘れてない。忘れていたわけではない。
ちゃんと僕は、『フルネームで呼ぶ人なんてほぼいない』と言った。『ほぼ』と言ったんだ。『ほとんどいないけど、レリパパさんだけはフルネームにさん付けだよねぇ』と、そういう考えは僕の頭の中にあったとも。本当だとも。
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